表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界労務局は魔王にも「今日ここまで」を言わせたい  作者: ひろボ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/50

二十一話 有給休暇は誰が押しつけるのか

 軍監察総局による“労務局監査”が始まった、その一週間後。


 俺たちの午前は、相変わらず紙とインクと、そして新しく増えた“視線”でできていた。


「――はい、みなさん注目」


 まだ鐘も三つ目だというのに、ミーナがぱんぱんと手を叩く。


 入口の横、“残業回数表”と並んで新しく掛けられた板の前に、局の面々が集められていた。


 板には格子が引いてあり、名前の列と、“案件名”の行。


 砦、王城、暗部、ギルド、傭兵団、教会、灰の谷――そして最後に“その他(雑用)”。


 その中のひとつ、“灰の谷”の欄が、たいへん分かりやすく黒くなっていた。


「……レオンさん」


 ヨアナが、いつもより二割きつめの笑顔で振り返る。


「“灰の谷案件”、ここ一ヶ月で“外回り四回分”相当の黒さになってるんですが」


「紙は軽いけど、実際は外回りしてないからセーフでは?」


「セーフじゃありませんね」


 ミーナが、ぴしっと指さした。


「“外回り”って、“体が外に出てる時間”じゃなくて“頭が戦場と国境をさまよってる時間”も含むんですよ」


「新定義やめて」


 そこへ、追い打ちのように通信札がひらりと差し出される。


「軍監察総局からの、初回報告への返信です」


 ヨアナが読み上げる。


『――“王立労務局の案件別勤務表、興味深く拝見した。

 “レオン・グラハム”欄の偏りは、もはや“個人のやる気”の問題ではなく、“局としての放置”の疑いあり。


 “砦・王城・暗部等について、“連続勤務に上限を設ける”よう勧告している以上、

 “監査官自身にも“連続灰の谷案件”の上限を設けるべきではないか。


 ――“最低連続休暇日数の導入を検討せよ”』


「……“休みを取れ”って監査で言われる日が来るとは」


 俺は頭を抱えた。


「“連続灰の谷案件”って何ですか」


「“心が国境越えっぱなし”ってことじゃないですかね」


 ミーナが妙に楽しそうだ。


「はい、というわけで」


 ぱん、ともう一度手を叩く。


「“王立労務局初、有給休暇の押しつけ”を執行しまーす」


「執行って言い方やめて」


「対象者は――」


 くるりと板を指し示す。


「“灰の谷案件”欄が最も黒い、レオン・グラハム監査官」


「ですよね」


 リシアが、なぜか誇らしげに胸を張った。


「ということで、レオン。

 三日間の強制休暇、決定です」


「ちょっと待って、せめて二日半とか――」


「“最低三日”って、レオンが傭兵団と神官部隊に言ってましたよね」


 ヨアナの一撃が刺さる。


「“高危険度案件を連続でやった後は、最低三日休め”って」


「うちの言葉、どこからどう漏れてるんだほんとに」


「酒場とギルドと地下保全部」


 リシアが指折り数える。


「あと教会の説教」


「説教!?」


「“主も七日に一度は休まれた”説教のとき、“労務局の監査官がこう言っていた”ってマリアン司祭が」


「名前消しといてって言ったのに!」


「“名前は出してない”って笑ってましたよ?」


 まったく安心できない。


 *


「というわけで」


 バルド局長が、書類から顔を上げずに言う。


「三日間。灰の谷案件禁止、局への顔出し禁止、書類持ち帰り禁止」


「全部禁止……」


「“休暇”だからな」


 局長は、にやりともせずに続けた。


「“砦の中隊長にも”“傭兵団長にも”“神官にも”同じこと言ったんだろ。

 “誰がなんと言おうと、三日は休め”って」


「言いました」


「じゃあ、お前も三日は休め」


 理屈としては、これ以上なく正しい。


「ただし」


 バルドの目が、ちょっとだけ細くなる。


「三日のあとに机の上の山が二倍になっても、“何で片づいてないんですか”って言うなよ」


「言いません……言いたくはなるけど」


「それはお互い様だ」


 局長は、やっと少し笑った。


「“監査官にも監査官がいる”ってことは、“監査官にも誰かが線を引く”ってことだ。

 その線を越えたら、“お前の“最低限”も説得力を失う」


「……了解しました」


 こういうときだけ、軍監察総局と局長がきれいに足並み揃うのは、卑怯だと思う。


 *


 というわけで。


 三日間の有給休暇らしきものが、突然俺の前に転がり込んだ。


「で。何するんです?」


 局を出たところで、リシアが尋ねてきた。


「“休め”って言われても、急に時間渡されると困る顔してますね」


「砦の中隊長も同じ顔してたな」


 笑えない自覚がある。


「実家に顔出すとか?」


「実家は遠いしなぁ。馬車で行って戻ってきたら休暇終わる」


「じゃあ、“王都の中”で済ませましょう。

 レオン、休暇らしい休暇最近取ってないですよね」


「“らしい休暇”って何だ」


「“砦の勤務表見に行かない休暇”です」


「厳しい条件だなぁ」


 自分で言っていた条件とほぼ同じなのが腹立たしい。


「じゃあ、こうしましょう」


 リシアが、指を一本立てる。


「一日目。“何もしない休暇”。

 二日目。“王都を歩く休暇”。

 三日目。“好きな場所から局の仕事をちょっとだけ眺める休暇”」


「三日目だけ条件が怪しい」


「完全に切り離すと、逆に落ち着かないタイプでしょ」


 ぐうの音も出ない。


「“見える板”が壁一面にある部屋で育ってきた人種は、いきなり真っ白にされると不安で仕方ないんですよ」


「そんな部屋で育った記憶はないんだけど」


「“会計局”ってそういうところじゃなかったんです?」


「まあ、似たようなもんではある」


 *


 一日目。


 本当に、何もしなかった。


 いや、“しようとした”のだが、ミーナからしっかり釘を刺されている。


『――“休暇中に机の上を片づけておいたから”って言った瞬間に、“三日分の労働時間を机上で記録しますからね”』


 あいつ、昔の俺よりよっぽど会計局向きの性格してる。


 結果として、朝は遅く起き、昼は買ってきたパンをかじり、午後はひたすら本棚の読みかけの本を片づけた。


 読みかけが、思ったより多かった。


『砦における交代勤務の理想形』

『魔術的照明と夜勤体制』

『子どもの遊びと将来の職業選択』


 最後の一冊だけ毛色が違うな、と思ったら、ヨアナが勧めてくれた本だった。


『“子どもの頃、どんな遊び方をしていたか”で、“大人になってから燃え尽きやすいかどうか”が変わる――

 “遊び下手は燃え尽きやすい”ってやつです』


 それを読みながら、“レオンさん遊び下手ですよね”と真顔で言われた日のことを思い出す。


「……俺にも、遊んでいた時期くらいあったんだけどな」


 紙の城を積み上げて、数字の兵隊で遊んでいた幼少期の記憶は、あまり説得力がないかもしれない。


 *


 二日目。


 “王都を歩く休暇”。


 リシアが半ば強引に付き合う形になった。


「護衛兼“監視役”です」


「監査官の休暇に監視つけるのやめない?」


「“砦の中隊長と紅鷲隊長にやったこと”です。諦めてください」


 王都の中央通りは、いつもより少しだけ賑やかだった。


 紅鷲隊が全休を取った日から、まだ日が浅い。

 それでも、“戦時中だけど、何となく空気が軽い日”が、ときどきぽつぽつ現れ始めている。


 パン屋の前には、“夜勤明けの兵士割引”の札。

 酒場の前には、“徹夜明けの客お断り”の札。


「ほら」


 リシアが顎で示す。


 冒険者ギルドの前にある掲示板。


 “高危険度依頼の連続受注に関するお願い”。

 “迷宮から帰った日は、できるだけ宿へ戻ってください”。


 その脇に、小さな板。


 “受付嬢当番表”。


 夜勤印の列が、綺麗にばらけていた。


「リナ、頑張ってますね」


「今度差し入れでも持っていくか」


「“仕事の話をしない”って約束できるなら」


「それは……努力目標で」


「努力目標じゃダメですね」


 ギルドを素通りしてさらに歩くと、教会の前にも黒板が出ていた。


 “本日は沈黙の日。祈りは朝と夕のみ。昼は体を休め、家族と過ごしましょう”。


 扉の前で、若い侍祭が腰を伸ばして空を見上げていた。

 目の下の隈が、前より少しだけ薄い。


(……確かに、変わり始めてはいる)


 砦の当直表。

 暗部の階段の板。

 ギルドの出撃表。

 紅鷲隊の“隊長休め”表。

 大聖堂の“沈黙の日”。


 どれも、紙切れ一枚から始まった。


「レオン」


 考え込んでいたところに、リシアの声が落ちてきた。


「“歩きながら仕事の顔してる”って、今ミーナの声が聞こえました」


「空耳だろ」


「“どうせ三日目には局のほうから通信飛んできますよ”って顔してます」


「それは……まあ、ありえる」


 *


 実際、三日目の朝。


 予想どおり、通信水晶が鳴った。


 ただし、労務局ではなく、別のところから。


『――魔王軍統一兵站局労務監査課 ギルゼン・ヴァルナ』


 短い文。


『“三日間、何もしない休暇”というものを試した。

 初日で限界を感じた。


 二日目から“捕虜収容所の勤務表の読み直し”を始めたところ、“軍規監察院から“それは休暇ではない”と叱られた。


 ――そちらも似たような目に遭っていることを願う』


「だから願うなって」


 思わず苦笑してから、返事を書く。


『――こちらも同様だ。

 “何もしない”一日を何とか乗り切り、二日目は王都を歩いて“変わった板”を眺めて過ごした。


 三日目は、“好きな場所から局の仕事をちょっとだけ眺める日”ということになっている。

 ――“机の上の山を見に行かない”という条件付きで』


 少しだけ考えてから、一文足す。


『――“監査官に有給休暇を押しつけるのは誰か”という問いに対する答えは、“周りの誰か”だった。

 そちらも、そうであることを願う』


 これくらいなら、願ってもいいだろう。


 *


 三日目の午後。


 結局俺は、王都の外れの丘の上にある小さな茶屋に来ていた。


 王城と軍務省の塔と、大聖堂の尖塔、そして遠くに灰の谷の方向が見える場所。


 そこに、一枚だけ紙を持ってきていた。


 “労務局版・案件別勤務表”。


 入口に貼ってある板の写しだ。


 レオン・グラハム。

 砦、王城、暗部、ギルド、傭兵団、教会、灰の谷。


 こうして眺めてみると、自分でも苦笑するしかない偏り方をしていた。


「……まあ、よくも悪くも“今の世界の火の気の濃いところ”ばっかりだよな」


 逆に言えば。


 “まだ真っ白に近い欄”も、多い。


 商会。

 学校。

 農村。

 職人ギルド。


 “戦時だから”と後回しにされている場所。


 戦争が終わったあと、真っ先に火の粉が飛ぶ場所。


「欲張りだな、ほんとに」


 自分にそう言いながら、紙の端に小さく丸を付ける。


 “戦争が終わったら”の欄。


 そこに、“やりたいこと”を、ほんの少しだけ書き足した。


 “王都の学校に、“徹夜禁止”の板を。”

 “商会向けの“使用人の働き方”講習会。”

 “農村の収穫期だけの“臨時労務局支部”。”


 書いておいて、俺は頭をかいた。


「……戦争がいつ終わるかなんて、誰にも分からないのにな」


 それでも、“終わったあとの紙切れ”を準備しておきたくなる。


 性分だ。


 茶屋の婆さんが、湯気の立つ茶を運んできてくれた。


「珍しいねぇ、あんたが昼間からぼーっとしてるの」


「休暇中なんですよ。一応」


「“一応”ってつけるときは、だいたい休めてないときだよ」


「図星ですね」


 茶を一口すすると、少し肩の力が抜ける。


 丘の上から見える王都は、いつもと同じようで、少しだけ違って見えた。


 砦の当直表。

 暗部の階段の板。

 ギルドの掲示板。

 傭兵団の出撃表。

 大聖堂の祈りの板。

 労務局の案件表。


 そして、灰の谷の向こうで、同じように紙の山と格闘している誰か。


「……まあ、三日くらいなら、いいか」


 ぽつりとそう言って、紙をたたんだ。


 明日になれば、また机の上の山が待っている。

 “軍監察総局向けの報告”も、“灰の谷覚書第二号の相談”も、“砦の新しい当直表の相談”も。


 けれど、今日だけは。


 “世界を少しだけマシにする仕事”から、ほんの少しだけ離れて、

 “その世界がちゃんと回っているかどうか”を、丘の上から眺めていてもいい。


 王立労務局監査官、レオン・グラハム。


 有給休暇は、“自分で欲しがるもの”じゃなく、“周りから押しつけられるもの”なのかもしれない。


 ――そしてそれは、案外悪くない押しつけだと、三日目の夕焼けを見ながら思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ