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異世界労務局は魔王にも「今日ここまで」を言わせたい  作者: ひろボ


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17/50

十七話 傭兵団に、有給休暇という単語はあるか

 ギルドと共同で作った“危険度×連続日数”表の文言をまとめ、軍務省に説明し、半分納得、半分あきらめ顔でハンコをもらった翌週。


 俺の机の上には、また新しい紙が積まれていた。


「――“王都近郊駐屯傭兵団の出撃状況報告”です」


 ミーナが、どこか“また増えましたよ”という顔で紙束を置く。


「ギルドから回ってきました。“うちで線を引くなら、そっちにも話通しといて”だそうです」


「ギルマスめ……仕事の回し方がうまい」


 思わず天井を仰ぐ。


 冒険者ギルドと話が付いたことで、“非正規戦力の働かせ方”は、一気に“ギルド内だけの話”ではなくなった。


 王都近郊には、王国に雇われて駐屯している傭兵団がいくつかある。

 表向きは“契約単位で動く独立戦力”。

 実際は、“兵士として雇ったほうが安く済んだんじゃないか”という顔ぶれも多い。


(ギルゼンからの通信にも、“傭兵団と遊撃隊”の話が出てたな)


 魔王軍側でも、似たような問題を抱えている。

 正規兵の当直表に赤線を引いたら、その外側で“契約だから”と無茶をする連中が出てくるのは、どこの陣営も同じらしい。


「というわけで」


 バルド局長が、俺の机の紙束を指で叩いた。


「明日、王都近郊の傭兵団駐屯地に外回りだ。軍務省からの“ついで”も一つある」


「“ついで”ですか?」


「“傭兵団長が、“連続出撃で文句を言われるなら、その代わり割増報酬をくれ”と言っている」


「はい、出ました」


 ミーナが、分かりやすくため息をつく。


「“働き方を変えるくらいなら、金で埋めてしまえ”理論ですね」


「それ自体は、間違いじゃない」


 俺は肩をすくめた。


「ただ、“金で埋める前に、そもそもどれだけ穴が空いてるか”を見ないと、埋めようがない」


「それが、明日の“診断”ですね」


 ヨアナが、出撃命令書を一枚差し出す。


「レオンさんとリシア、それと軍務省の連絡官が一人。

 “王都近郊傭兵団・紅鷲隊”への聞き取りと勤務表の確認。

 ――“紅鷲隊”って、たしか……」


「“王都防衛戦で一番稼いだ傭兵団”ですね」


 リシアが、どこか複雑な顔で言った。


「強い分、出撃回数も多くて、“死なないから余計に使われる”って噂の」


 ヘンリー伍長の砦で聞いた、“夜目の利くやつは便利だから”の話が、そのまま当てはまりそうだった。


 *


 翌日。


 王都から馬車で半刻ほど離れた丘陵地帯に、紅鷲隊の駐屯地はあった。


 周囲を簡素な柵で囲まれたテント群。

 入口には、赤い鷲の紋章をあしらった旗がはためいている。


「ここですね」


 軍務省の連絡官――まだ若い中尉が、少し緊張した顔で言う。


「噂では、“王都の砦より怖い”って聞きましたけど」


「怖いところにほど、板が要りますから」


 俺は、肩に下げた鞄を少し持ち直した。


 駐屯地の中には、鎧を解いた傭兵たちが思い思いに時間を潰していた。

 武器の手入れをする者。

 焚き火の前で飯をかき込む者。

 地面に寝転がってひたすら空を見ている者。


 ――そのどれもが、“戦場と日常”の境目に、無理やり椅子を置いて座っているような顔をしている。


「隊長は奥のテントです」


 出迎えに出てきた男が、手短に言った。


 その顔は、どこかで見覚えがあった。


「……前線砦で一度お会いしましたよね?」


「覚えていたか」


 男は、片方の口角を上げた。


「中継砦北側の防衛線。夜明けの前に魔物の群れが来たとき、“当直表がどうのこうの”って言ってた役人だろう」


「役人の一生のうちで、“当直表がどうのこうの”と言われた回数なら、私が国内一位かもしれません」


 男――紅鷲隊隊長のガルドは、がっはっはと豪快に笑った。


「ガルド・ヴォルクだ。紅鷲隊長やってる。好きに“ガルド隊長”でも“おっさん”でも呼べ」


「後ろの人たちが怖いので、ガルド隊長で」


 背後から、“隊長をおっさん呼びしたの誰だ”という空気が微妙に漂っていた。


 *


 隊長のテントは、思っていたより質素だった。


 机と椅子と、戦地の地図。

 壁には、何本かの武器と、擦り切れた旗が掛けられている。


「で」


 ガルドは、椅子に座るなり机の上に紙束をドンと置いた。


「これが、“軍務省に提出した出撃報告”だ。

 “出撃回数が多すぎる”って文句が来たから、ここにいる」


「文句というか、“心配”というか」


 軍務省の中尉が、恐る恐る口を挟む。


「“紅鷲隊が潰れたら、王都防衛の穴が大きすぎる”って話も出てまして」


「おう。その心配は分かる」


 ガルドはあっさり頷いた。


「だから“その分金をくれ”って言ったら、“労務局のやつを一回通せ”って話になった」


「いつからうちは、“値切り交渉の前座”みたいな扱いになったんでしょうか」


 俺が小声でぼやくと、リシアが肩を震わせる。


「いいじゃないですか。“金より命”を言える部署なんて、そうそうないですよ」


 *


 出撃報告書を一枚一枚めくる。


 魔物討伐、街道警備、護衛任務、防衛線への増援。


 日付の欄に、紅鷲隊の名前が何度も何度も登場する。


「今年に入ってから、出撃回数は――」


「数えてきたのか?」


「軍務省から事前に資料が来てました」


 ヨアナが徹夜で数字をまとめてくれた表を思い出しながら、紙と札を照らし合わせる。


「……正規軍の一個中隊の出撃回数の、ざっと一・七倍ですね」


「ほう?」


 ガルドが片眉を上げた。


「“一・七倍働いてるなら、一・七倍金をくれ”って理屈は、別に間違ってないと思うがな」


「それは、“出撃回数が同じなら”の話です」


 別の紙を引っ張り出し、机に広げる。


「こちら、正規軍の“中隊出撃一回あたりの平均参加人数”。

 こちらが、紅鷲隊の“一回あたりの平均参加人数”。」


 正規軍は、一回あたり五十〜七十名。

 紅鷲隊は、三十名前後。


「“少ない人数で多く出ている”ってことか」


「そうです。

 しかも、“紅鷲隊が入るときは、だいたい危険度高め”」


 報告書の欄外に記された危険度を指でなぞる。


「“危険度B以上”が、全体の六割を超えています」


 軍務省中尉が、「我々としても誇らしい限りで」と付け足した。


「だが、“誇らしい”で片づけていい話じゃない、とも思っておりまして」


「そこが、“心配”の部分ですね」


 俺は、出撃報告と一緒に送られてきた、もう一つの紙を取り出した。


「こちら、“紅鷲隊に所属する傭兵の、ここ三ヶ月の負傷・戦線離脱率”。

 王都近郊の他傭兵団と比べて――正直、笑えない数字です」


 捻挫、骨折、裂傷、魔法による疲弊。

 “自発的な契約解除”と、“行方不明”。


「“稼げるときに稼ぎたい”って顔をしてるやつほど、こういう数字の中に埋まるんですよ」


 ガルドが、わずかに顔をしかめる。


「だから“稼げるうちに稼がせてやりたい”と思って、出撃増やしてたんだがな」


「“稼がせたい”と“殺したくない”が、たまに真逆の方向を向くんで」


 俺は肩をすくめた。


「――なので、一度、“紅鷲隊内の出撃当番表”を見せてもらえますか」


 二拍ほどの沈黙。


「……当番表、ってほど立派なもんはないが」


 ガルドは、テントの隅から板切れを引っ張り出してきた。


 そこには、雑な字で名前と印が並んでいた。


「“次の出撃に出られるやつ”に丸。

 “怪我してるやつ”に×。

 “今金が欲しそうなやつ”に星印」


「最後の印すごいですね」


 リシアが思わず吹き出す。


「でも、たぶん一番実情に合ってる」


 俺は、板を覗き込みながら言った。


「“金が欲しそうなやつ”は、“休め”って言われても前に出ますから」


「そうだ。

 だから、“出させてやったほうがいいんじゃないか”って思ってな」


「その結果が、さっきの数字です」


 静かに、テーブルの上の負傷者一覧を叩く。


 *


「結論から言います」


 一通り板を見たあとで、俺は顔を上げた。


「“紅鷲隊は、正規軍より多く出ている”。

 これは事実ですし、“その分の金を払うべきだ”という主張も理解できます」


「だろ?」


「ただ、“今の出し方を続けるなら”“金を増やしても数年以内に隊が先に潰れる”と思います」


 ガルドが、口をつぐんだ。


 軍務省中尉が、ごくりと喉を鳴らす。


「“潰れる”……」


「“腕のいいやつから抜けていく”“怪我が癖になる”“若いのが育つ前に古いのが倒れる”。

 そういう“崩れ方”です」


 俺は、板に指を走らせながら続けた。


「だから、“金の話”をする前に、“隊の出し方そのもの”に線を引く必要がある」


「線?」


「まず、“同じ奴を連続で出しすぎない”。

 “危険度B以上の出撃は、同じ奴が三回連続で行ったら、一回休ませる”。

 ――これだけでも、だいぶ違うはずです」


「三回行ったら、次は別のやつを出せ、と?」


「はい。“出したいやつ”じゃなくて、“出せるやつ”を増やす方向に頭を切り替えてほしい」


 傭兵団の当番表は、砦の当直表と違ってもっと雑で、“勢い”で回っている。


 そこに、“しつこいくらいの数字”を持ち込むのが、俺の役目だ。


「それと、“隊全体としての休み”も決めましょう」


「“休み”?」


「“一ヶ月に一度、紅鷲隊全体として出撃を断る日”を作る」


 その言葉に、ガルドだけでなく軍務省中尉も目を丸くした。


「……無茶言うな」


「無茶ですか?」


「うちが出ねえ日を決めたら、その日は“正規軍だけで回せ”って話になる。

 軍務省がそんなの認めると思うか」


「認めざるを得ないように、数字を揃えるのがうちの仕事です」


 俺は、鞄からもう一枚紙を取り出した。


「ここ三ヶ月の、“紅鷲隊が出ていない日”の一覧です」


 紙には、ぽつぽつとしか日付が埋まっていない。


「見ての通り、“完全休み”の日は、ほとんどありません。

 その中で、“たまたま紅鷲隊が出ていなかった日”の正規軍の出撃状況をまとめると――」


 別の紙を広げる。


「“出撃回数は増えるが、致命的な穴は空いていない”。

 “強行軍も増えるが、許容範囲内”。

 ――つまり、“紅鷲隊が一日抜けること自体は、致命傷にはならない”」


「致命傷にならない、ね」


 ガルドが顎を撫でる。


「“穴は大きくなるが、埋められないほどではない”ってところか」


「その代わり、“その一日の分”は、ちゃんと正規軍に金を回してやってください」


 軍務省中尉に視線を向ける。


「“紅鷲隊を休ませる代わりに”“その日の出撃手当は、正規軍側に上乗せ”――

 そういう形なら、軍務省としても飲みやすいでしょう」


 中尉は、額に汗をにじませながらも真剣に頷いた。


「……上には、“数字を添えて”報告してみます」


 *


「で。肝心の俺たちには、どんな話になる?」


 ガルドが、椅子の背にもたれて腕を組む。


「“連続出撃三回で一回休み”。

 “月に一度、隊全体で丸一日休み”。

 ――それで、“今の金の何割増し”になる?」


「すぐ金の話に行く」


 思わず笑ってしまう。


「そこは、軍務省と交渉してください。

 ただ、“休みを認めさせる代わりに、報酬増を抑えよう”って発想のやつも、きっと出てきます」


「だろうな」


「だから、労務局からの立場としては、“これだけ休みを入れても、戦力としての総出力はむしろ維持・向上する”って数字を付けます」


 負傷率の推移。

 戦線離脱者の減少。

 新規加入者の定着率。


「“今のまま使い潰した場合”と、“休みを入れた場合”の五年後を比べて、“どっちが高くつくか”を示します」


「五年後か」


 ガルドは、少しだけ遠くを見るような目をした。


「傭兵団の隊長やってると、五年先なんざ考えねえ日も多いがな」


「だから、代わりにこっちが考えます」


 言いながら、自分で自分の言葉に少し驚いた。


 ――会計局時代には、“来年の予算”ですら遠い話に思えたのに。


 今は、“五年後の戦力”をどう守るかを考えている。


 *


「隊長」


 テントの外から、若い声がした。


 顔を出したのは、まだ二十そこそこの青年だった。

 鎧は新しいが、剣の柄にはすでに手垢が沁み込んでいる。


「そろそろ午後の出撃準備を――」


「あぁ」


 ガルドが手を上げて止めた。


「今日の出撃、誰が行く予定だ?」


「えっと、“街道南の護衛任務”――

 第一班四名、第二班三名、合わせて七名です」


「その中で、“ここ三日間連続で出てるやつ”は?」


「……二人、います」


 青年は、少し戸惑ったように答えた。


 当番表なんてなくても、現場のやつらはだいたい頭に入っている。


「その二人は、外せ」


 ガルドが即座に言った。


「代わりに、昨日一日休んだやつを入れろ」


「えっ、でもあの二人、“金がないから行かせてくれ”って――」


「外せと言った」


 隊長の声が、テントの外までよく通った。


「“金がないから死にかけてもいい”って理屈を、俺は今日捨てるって決めた。

 ――その分、“休ませたやつから長く稼げるようにする”」


 青年は、目を丸くして、それから小さく笑った。


「……了解しました」


 テントの外に消えていく背中を見送りながら、ガルドはふうと息を吐いた。


「見ての通り、“言ってる本人”が一番慣れてねえ」


「最初はそんなもんです」


 俺は、鞄から板を一枚取り出した。


 格子で区切られた、“見える板”。


「これ、“紅鷲隊版・出撃回数表”です」


 名前と、出撃回数と、“危険度B以上に出た回数”。


「これを隊の食堂の前にでも貼っておいてください。

 “誰がどれだけ出ているか”を、“隊長だけ”じゃなく、全員が見るように」


「……誰が一番出てるか、丸わかりだな」


「そうです。“隊長が一番出てる”って分かってもいい。

 “だからこそ、隊長が休むべきだ”って、隊の中から言えるようにしておくんです」


 ガルドは、しばらく板を眺めてから、にやりと笑った。


「“隊長が休め”って言われる日が来るのか」


「来るといいですね」


「来たら、“労務局に文句言いに行く休暇”でも取るか」


「それは、有給でお願いします」


 リシアが横からちゃっかり付け足す。


 “有給休暇”という単語に、ガルドはきょとんとした。


「何だそれは」


「“休んでるのに、少し金が出る休み”です」


「そんな夢みたいな休みがあるのか」


「王城の侍女棟には、少しだけ出来始めてますよ」


 セリーヌが作った当番表を思い出す。


「“夜勤明けの日は、日中の仕事を軽くする”――

 まだ“全休”じゃないですが、“給金はそのまま”です」


 傭兵団に、いきなり“有給”の概念を持ち込むのは無理だろう。

 それでも、“休んでも食いっぱぐれないようにする”仕組みを少しずつ入れていくことは、きっとできる。


「……五年後」


 ガルドがぽつりと言った。


「五年後、この隊がまだここにあって、お前がまだ生きてたら――

 “有給ってやつ、うちにもあるな”って言わせてやる」


「期待してます」


 俺は素直に頷いた。


 *


 王都への帰り道。


 馬車の揺れに身を任せながら、軍務省中尉がぽつりと言う。


「……正直、今日来るまでは、“傭兵団なんて自己責任だろう”と思っていました」


「多分、今でも半分くらいはそう思ってるでしょう?」


 リシアが笑いながら言う。


「“全部守る”なんて無理ですしね」


「それは、まあ」


 中尉は苦笑する。


「ただ、“死ななくていいやつが死んでいる”のは、やっぱり見たくないです」


「そこに線が引ければ十分ですよ」


 俺は頷いた。


「“全部は無理”でも、“一番ひどいところから少しずつマシにする”。

 それを繰り返していけば、いつか“有給休暇”って単語が、傭兵団にも自然に出てくるかもしれません」


「魔王軍の傭兵にも?」


「向こうの同業者が頑張れば、たぶん」


 ギルゼンの通信札が、鞄の底で静かに光っている気がした。


 

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