十七話 傭兵団に、有給休暇という単語はあるか
ギルドと共同で作った“危険度×連続日数”表の文言をまとめ、軍務省に説明し、半分納得、半分あきらめ顔でハンコをもらった翌週。
俺の机の上には、また新しい紙が積まれていた。
「――“王都近郊駐屯傭兵団の出撃状況報告”です」
ミーナが、どこか“また増えましたよ”という顔で紙束を置く。
「ギルドから回ってきました。“うちで線を引くなら、そっちにも話通しといて”だそうです」
「ギルマスめ……仕事の回し方がうまい」
思わず天井を仰ぐ。
冒険者ギルドと話が付いたことで、“非正規戦力の働かせ方”は、一気に“ギルド内だけの話”ではなくなった。
王都近郊には、王国に雇われて駐屯している傭兵団がいくつかある。
表向きは“契約単位で動く独立戦力”。
実際は、“兵士として雇ったほうが安く済んだんじゃないか”という顔ぶれも多い。
(ギルゼンからの通信にも、“傭兵団と遊撃隊”の話が出てたな)
魔王軍側でも、似たような問題を抱えている。
正規兵の当直表に赤線を引いたら、その外側で“契約だから”と無茶をする連中が出てくるのは、どこの陣営も同じらしい。
「というわけで」
バルド局長が、俺の机の紙束を指で叩いた。
「明日、王都近郊の傭兵団駐屯地に外回りだ。軍務省からの“ついで”も一つある」
「“ついで”ですか?」
「“傭兵団長が、“連続出撃で文句を言われるなら、その代わり割増報酬をくれ”と言っている」
「はい、出ました」
ミーナが、分かりやすくため息をつく。
「“働き方を変えるくらいなら、金で埋めてしまえ”理論ですね」
「それ自体は、間違いじゃない」
俺は肩をすくめた。
「ただ、“金で埋める前に、そもそもどれだけ穴が空いてるか”を見ないと、埋めようがない」
「それが、明日の“診断”ですね」
ヨアナが、出撃命令書を一枚差し出す。
「レオンさんとリシア、それと軍務省の連絡官が一人。
“王都近郊傭兵団・紅鷲隊”への聞き取りと勤務表の確認。
――“紅鷲隊”って、たしか……」
「“王都防衛戦で一番稼いだ傭兵団”ですね」
リシアが、どこか複雑な顔で言った。
「強い分、出撃回数も多くて、“死なないから余計に使われる”って噂の」
ヘンリー伍長の砦で聞いた、“夜目の利くやつは便利だから”の話が、そのまま当てはまりそうだった。
*
翌日。
王都から馬車で半刻ほど離れた丘陵地帯に、紅鷲隊の駐屯地はあった。
周囲を簡素な柵で囲まれたテント群。
入口には、赤い鷲の紋章をあしらった旗がはためいている。
「ここですね」
軍務省の連絡官――まだ若い中尉が、少し緊張した顔で言う。
「噂では、“王都の砦より怖い”って聞きましたけど」
「怖いところにほど、板が要りますから」
俺は、肩に下げた鞄を少し持ち直した。
駐屯地の中には、鎧を解いた傭兵たちが思い思いに時間を潰していた。
武器の手入れをする者。
焚き火の前で飯をかき込む者。
地面に寝転がってひたすら空を見ている者。
――そのどれもが、“戦場と日常”の境目に、無理やり椅子を置いて座っているような顔をしている。
「隊長は奥のテントです」
出迎えに出てきた男が、手短に言った。
その顔は、どこかで見覚えがあった。
「……前線砦で一度お会いしましたよね?」
「覚えていたか」
男は、片方の口角を上げた。
「中継砦北側の防衛線。夜明けの前に魔物の群れが来たとき、“当直表がどうのこうの”って言ってた役人だろう」
「役人の一生のうちで、“当直表がどうのこうの”と言われた回数なら、私が国内一位かもしれません」
男――紅鷲隊隊長のガルドは、がっはっはと豪快に笑った。
「ガルド・ヴォルクだ。紅鷲隊長やってる。好きに“ガルド隊長”でも“おっさん”でも呼べ」
「後ろの人たちが怖いので、ガルド隊長で」
背後から、“隊長をおっさん呼びしたの誰だ”という空気が微妙に漂っていた。
*
隊長のテントは、思っていたより質素だった。
机と椅子と、戦地の地図。
壁には、何本かの武器と、擦り切れた旗が掛けられている。
「で」
ガルドは、椅子に座るなり机の上に紙束をドンと置いた。
「これが、“軍務省に提出した出撃報告”だ。
“出撃回数が多すぎる”って文句が来たから、ここにいる」
「文句というか、“心配”というか」
軍務省の中尉が、恐る恐る口を挟む。
「“紅鷲隊が潰れたら、王都防衛の穴が大きすぎる”って話も出てまして」
「おう。その心配は分かる」
ガルドはあっさり頷いた。
「だから“その分金をくれ”って言ったら、“労務局のやつを一回通せ”って話になった」
「いつからうちは、“値切り交渉の前座”みたいな扱いになったんでしょうか」
俺が小声でぼやくと、リシアが肩を震わせる。
「いいじゃないですか。“金より命”を言える部署なんて、そうそうないですよ」
*
出撃報告書を一枚一枚めくる。
魔物討伐、街道警備、護衛任務、防衛線への増援。
日付の欄に、紅鷲隊の名前が何度も何度も登場する。
「今年に入ってから、出撃回数は――」
「数えてきたのか?」
「軍務省から事前に資料が来てました」
ヨアナが徹夜で数字をまとめてくれた表を思い出しながら、紙と札を照らし合わせる。
「……正規軍の一個中隊の出撃回数の、ざっと一・七倍ですね」
「ほう?」
ガルドが片眉を上げた。
「“一・七倍働いてるなら、一・七倍金をくれ”って理屈は、別に間違ってないと思うがな」
「それは、“出撃回数が同じなら”の話です」
別の紙を引っ張り出し、机に広げる。
「こちら、正規軍の“中隊出撃一回あたりの平均参加人数”。
こちらが、紅鷲隊の“一回あたりの平均参加人数”。」
正規軍は、一回あたり五十〜七十名。
紅鷲隊は、三十名前後。
「“少ない人数で多く出ている”ってことか」
「そうです。
しかも、“紅鷲隊が入るときは、だいたい危険度高め”」
報告書の欄外に記された危険度を指でなぞる。
「“危険度B以上”が、全体の六割を超えています」
軍務省中尉が、「我々としても誇らしい限りで」と付け足した。
「だが、“誇らしい”で片づけていい話じゃない、とも思っておりまして」
「そこが、“心配”の部分ですね」
俺は、出撃報告と一緒に送られてきた、もう一つの紙を取り出した。
「こちら、“紅鷲隊に所属する傭兵の、ここ三ヶ月の負傷・戦線離脱率”。
王都近郊の他傭兵団と比べて――正直、笑えない数字です」
捻挫、骨折、裂傷、魔法による疲弊。
“自発的な契約解除”と、“行方不明”。
「“稼げるときに稼ぎたい”って顔をしてるやつほど、こういう数字の中に埋まるんですよ」
ガルドが、わずかに顔をしかめる。
「だから“稼げるうちに稼がせてやりたい”と思って、出撃増やしてたんだがな」
「“稼がせたい”と“殺したくない”が、たまに真逆の方向を向くんで」
俺は肩をすくめた。
「――なので、一度、“紅鷲隊内の出撃当番表”を見せてもらえますか」
二拍ほどの沈黙。
「……当番表、ってほど立派なもんはないが」
ガルドは、テントの隅から板切れを引っ張り出してきた。
そこには、雑な字で名前と印が並んでいた。
「“次の出撃に出られるやつ”に丸。
“怪我してるやつ”に×。
“今金が欲しそうなやつ”に星印」
「最後の印すごいですね」
リシアが思わず吹き出す。
「でも、たぶん一番実情に合ってる」
俺は、板を覗き込みながら言った。
「“金が欲しそうなやつ”は、“休め”って言われても前に出ますから」
「そうだ。
だから、“出させてやったほうがいいんじゃないか”って思ってな」
「その結果が、さっきの数字です」
静かに、テーブルの上の負傷者一覧を叩く。
*
「結論から言います」
一通り板を見たあとで、俺は顔を上げた。
「“紅鷲隊は、正規軍より多く出ている”。
これは事実ですし、“その分の金を払うべきだ”という主張も理解できます」
「だろ?」
「ただ、“今の出し方を続けるなら”“金を増やしても数年以内に隊が先に潰れる”と思います」
ガルドが、口をつぐんだ。
軍務省中尉が、ごくりと喉を鳴らす。
「“潰れる”……」
「“腕のいいやつから抜けていく”“怪我が癖になる”“若いのが育つ前に古いのが倒れる”。
そういう“崩れ方”です」
俺は、板に指を走らせながら続けた。
「だから、“金の話”をする前に、“隊の出し方そのもの”に線を引く必要がある」
「線?」
「まず、“同じ奴を連続で出しすぎない”。
“危険度B以上の出撃は、同じ奴が三回連続で行ったら、一回休ませる”。
――これだけでも、だいぶ違うはずです」
「三回行ったら、次は別のやつを出せ、と?」
「はい。“出したいやつ”じゃなくて、“出せるやつ”を増やす方向に頭を切り替えてほしい」
傭兵団の当番表は、砦の当直表と違ってもっと雑で、“勢い”で回っている。
そこに、“しつこいくらいの数字”を持ち込むのが、俺の役目だ。
「それと、“隊全体としての休み”も決めましょう」
「“休み”?」
「“一ヶ月に一度、紅鷲隊全体として出撃を断る日”を作る」
その言葉に、ガルドだけでなく軍務省中尉も目を丸くした。
「……無茶言うな」
「無茶ですか?」
「うちが出ねえ日を決めたら、その日は“正規軍だけで回せ”って話になる。
軍務省がそんなの認めると思うか」
「認めざるを得ないように、数字を揃えるのがうちの仕事です」
俺は、鞄からもう一枚紙を取り出した。
「ここ三ヶ月の、“紅鷲隊が出ていない日”の一覧です」
紙には、ぽつぽつとしか日付が埋まっていない。
「見ての通り、“完全休み”の日は、ほとんどありません。
その中で、“たまたま紅鷲隊が出ていなかった日”の正規軍の出撃状況をまとめると――」
別の紙を広げる。
「“出撃回数は増えるが、致命的な穴は空いていない”。
“強行軍も増えるが、許容範囲内”。
――つまり、“紅鷲隊が一日抜けること自体は、致命傷にはならない”」
「致命傷にならない、ね」
ガルドが顎を撫でる。
「“穴は大きくなるが、埋められないほどではない”ってところか」
「その代わり、“その一日の分”は、ちゃんと正規軍に金を回してやってください」
軍務省中尉に視線を向ける。
「“紅鷲隊を休ませる代わりに”“その日の出撃手当は、正規軍側に上乗せ”――
そういう形なら、軍務省としても飲みやすいでしょう」
中尉は、額に汗をにじませながらも真剣に頷いた。
「……上には、“数字を添えて”報告してみます」
*
「で。肝心の俺たちには、どんな話になる?」
ガルドが、椅子の背にもたれて腕を組む。
「“連続出撃三回で一回休み”。
“月に一度、隊全体で丸一日休み”。
――それで、“今の金の何割増し”になる?」
「すぐ金の話に行く」
思わず笑ってしまう。
「そこは、軍務省と交渉してください。
ただ、“休みを認めさせる代わりに、報酬増を抑えよう”って発想のやつも、きっと出てきます」
「だろうな」
「だから、労務局からの立場としては、“これだけ休みを入れても、戦力としての総出力はむしろ維持・向上する”って数字を付けます」
負傷率の推移。
戦線離脱者の減少。
新規加入者の定着率。
「“今のまま使い潰した場合”と、“休みを入れた場合”の五年後を比べて、“どっちが高くつくか”を示します」
「五年後か」
ガルドは、少しだけ遠くを見るような目をした。
「傭兵団の隊長やってると、五年先なんざ考えねえ日も多いがな」
「だから、代わりにこっちが考えます」
言いながら、自分で自分の言葉に少し驚いた。
――会計局時代には、“来年の予算”ですら遠い話に思えたのに。
今は、“五年後の戦力”をどう守るかを考えている。
*
「隊長」
テントの外から、若い声がした。
顔を出したのは、まだ二十そこそこの青年だった。
鎧は新しいが、剣の柄にはすでに手垢が沁み込んでいる。
「そろそろ午後の出撃準備を――」
「あぁ」
ガルドが手を上げて止めた。
「今日の出撃、誰が行く予定だ?」
「えっと、“街道南の護衛任務”――
第一班四名、第二班三名、合わせて七名です」
「その中で、“ここ三日間連続で出てるやつ”は?」
「……二人、います」
青年は、少し戸惑ったように答えた。
当番表なんてなくても、現場のやつらはだいたい頭に入っている。
「その二人は、外せ」
ガルドが即座に言った。
「代わりに、昨日一日休んだやつを入れろ」
「えっ、でもあの二人、“金がないから行かせてくれ”って――」
「外せと言った」
隊長の声が、テントの外までよく通った。
「“金がないから死にかけてもいい”って理屈を、俺は今日捨てるって決めた。
――その分、“休ませたやつから長く稼げるようにする”」
青年は、目を丸くして、それから小さく笑った。
「……了解しました」
テントの外に消えていく背中を見送りながら、ガルドはふうと息を吐いた。
「見ての通り、“言ってる本人”が一番慣れてねえ」
「最初はそんなもんです」
俺は、鞄から板を一枚取り出した。
格子で区切られた、“見える板”。
「これ、“紅鷲隊版・出撃回数表”です」
名前と、出撃回数と、“危険度B以上に出た回数”。
「これを隊の食堂の前にでも貼っておいてください。
“誰がどれだけ出ているか”を、“隊長だけ”じゃなく、全員が見るように」
「……誰が一番出てるか、丸わかりだな」
「そうです。“隊長が一番出てる”って分かってもいい。
“だからこそ、隊長が休むべきだ”って、隊の中から言えるようにしておくんです」
ガルドは、しばらく板を眺めてから、にやりと笑った。
「“隊長が休め”って言われる日が来るのか」
「来るといいですね」
「来たら、“労務局に文句言いに行く休暇”でも取るか」
「それは、有給でお願いします」
リシアが横からちゃっかり付け足す。
“有給休暇”という単語に、ガルドはきょとんとした。
「何だそれは」
「“休んでるのに、少し金が出る休み”です」
「そんな夢みたいな休みがあるのか」
「王城の侍女棟には、少しだけ出来始めてますよ」
セリーヌが作った当番表を思い出す。
「“夜勤明けの日は、日中の仕事を軽くする”――
まだ“全休”じゃないですが、“給金はそのまま”です」
傭兵団に、いきなり“有給”の概念を持ち込むのは無理だろう。
それでも、“休んでも食いっぱぐれないようにする”仕組みを少しずつ入れていくことは、きっとできる。
「……五年後」
ガルドがぽつりと言った。
「五年後、この隊がまだここにあって、お前がまだ生きてたら――
“有給ってやつ、うちにもあるな”って言わせてやる」
「期待してます」
俺は素直に頷いた。
*
王都への帰り道。
馬車の揺れに身を任せながら、軍務省中尉がぽつりと言う。
「……正直、今日来るまでは、“傭兵団なんて自己責任だろう”と思っていました」
「多分、今でも半分くらいはそう思ってるでしょう?」
リシアが笑いながら言う。
「“全部守る”なんて無理ですしね」
「それは、まあ」
中尉は苦笑する。
「ただ、“死ななくていいやつが死んでいる”のは、やっぱり見たくないです」
「そこに線が引ければ十分ですよ」
俺は頷いた。
「“全部は無理”でも、“一番ひどいところから少しずつマシにする”。
それを繰り返していけば、いつか“有給休暇”って単語が、傭兵団にも自然に出てくるかもしれません」
「魔王軍の傭兵にも?」
「向こうの同業者が頑張れば、たぶん」
ギルゼンの通信札が、鞄の底で静かに光っている気がした。




