表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界労務局は魔王にも「今日ここまで」を言わせたい  作者: ひろボ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/50

十二話 王都に戻ったら、案の定仕事が増えていた

 灰の谷での会談が終わり、人間側の陣地に戻った頃には、空はすっかり赤く染まっていた。


 灰をかぶったような夕焼けだった。

 燃え尽きた森の名残りみたいな空の色を見上げながら、俺はようやく肩から力が抜けていくのを感じていた。


「……疲れた」


 思わず本音が口から漏れる。


「戦場より?」


 隣を歩いていたリシアが、意地悪そうに笑う。


「種類の違う疲れですね。こっちは、“言葉を間違えたら死ぬかもしれない”タイプのほう」


「前線のほうは、“間違える前に死ぬかもしれない”ですからね」


「どっちも嫌ですね?」


「どっちも嫌ですね」


 二人で同時にため息をついたところで、外務局のクラウスが振り返った。


「労務局代表、お疲れさまでした。

 正直、ここまで話が進むとは思っていなかった」


「僕もです。半分くらいは、“最低限の数字を読み上げて終わる”覚悟でしたから」


「“最低限”どころか、“作業時間六刻”と“見せしめ禁止”まで持っていけましたよ。

 こっちは軍務省に説明するのが大変そうですが」


 クラウスは苦笑し、目元だけで少し笑った。


「王都に戻ったら、“労務局が勝手に譲歩した”と言い出す者も出るでしょう。

 そのとき、“数字の面からの反論”を頼みます」


「そのために紙と札を山ほど持ってきたんですからね」


 荷馬車の中で出番を待っている紙束たちを思い浮かべて、肩が重くなった。


(……まあいい。どうせ仕事は増える)


 増えるなら、“意味のある増え方”をしてほしいと願うだけだ。


 *


 王都に戻る道のりは、行きと同じ二日だったはずなのに、体感時間は妙に短く感じた。


 灰の谷で握手した魔族――ギルゼンの顔が、何度も頭の中に浮かんでは消える。


(魔王軍にも、労務監査課がある、か)


 同業者が敵陣営にいるという事実は、奇妙な心強さと、同じくらいの気まずさを連れてくる。


 “あっちもあっちで苦労している”と知ってしまった以上、“こっちのサボり”をごまかしにくくなったからだ。


「難しい顔してますね」


 荷馬車の揺れに合わせて、ミーナが紙束をきちんと揃えながら言う。


「“魔王軍にも人事がいた”って報告書に書こうとしてる顔ですか?」


「そこまで直接的には書かない」


「でも、書きたいですよね?」


「……ちょっと書きたい」


 自分でも苦笑するしかない。


「“魔王軍統一兵站局労務監査課”って、響きが妙に格好良いんですよね」


「レオンさん、あまりそういうところで張り合わないでください」


 ミーナにたしなめられ、素直に反省する。


「……とにかく、まずは王都の報告からだな」


 魔王軍より先に、自分の上司と軍務省と王宮を納得させる必要がある。


 この順番だけは、間違えちゃいけない。


 *


 王都の労務局の庁舎に戻ると、さすがに今日は控えめな出迎えだった。


「お帰りなさい、レオンさん」


 ヨアナがいつもと変わらない落ち着いた調子で出迎え、ミーナがその横で両手を振っている。


「灰の谷はどうでした?」


「灰の谷は……灰の谷だった」


「意味わかんないですよ」


「行ったやつしか分からない感想ってあるでしょう?」


 肩をすくめつつ、俺はさっさと局長室へ向かった。


 扉を開けると――すでにバルドだけでなく、軍務省と外務局からの連絡官まで揃っている。


「おう。生きて帰ったか」


 バルドが一番最初に口を開いた。


「死なれても困るが、“何も持たずに帰ってくる”のも困るところだった」


「ちゃんと紙束を持って帰ってきましたよ。魔王軍の署名入りで」


 俺は鞄から、会談でまとめた“捕虜の最低基準”の写しを取り出して机に置いた。


 軍務省の連絡官が、それを食い入るように見る。


「……本当に、“戦闘への強制禁止”が入っている」


「“見せしめ行為の禁止”も、“六刻上限”もだな」


 バルドがぼそりと言った。


「外務局からも報告は受けたが、やはり“中身を作ったやつの口”から聞いておきたい。

 ――お前の目から見て、“これは守れると思うか?”」


「“全部”は、すぐには無理でしょう」


 俺は正直に答えた。


「魔王軍側も、我々側も。

 でも、“守れなかったときに突っ込める線”が出来たのは大きい」


 紙を軽く叩く。


「これまでは、“捕虜がひどい扱いを受けました”と言っても、“戦争だから”で終わりでした。

 これからは、“この条項に違反していますね?”と言える」


「“違反”という言葉が出るだけで、交渉の質は変わる……というわけか」


 バルドが顎を撫でる。


「向こうの労務監査課はどうだった?」


「まともでしたよ。うちと同じ顔してました」


「褒め言葉として受け取っておこう」


 局長が鼻を鳴らし、軍務省の連絡官が感心したように言う。


「“捕虜になっても、一日に六刻以上働かされない”というのは、兵士たちへの説明にも使えそうだ。

 “死ぬまで戦え”より、“どこかで線を引ける”と思えたほうが、持久戦には向いている」


「それを軍務省の口から聞けるとは思いませんでした」


「我々も、無駄死には減らしたいのだよ、レオン殿」


 連絡官は苦笑した。


「近く、各前線拠点の指揮官を王都に集める。“捕虜の最低基準”と“当直表の赤線”の件で、講習会をやることになっている」


「講習会?」


 聞き慣れた単語に、ちょっと胸騒ぎがした。


 バルドが、わざとらしく咳払いする。


「そうだ。軍務省と労務局の共催だ。“働かせ方を間違えると戦力が削れる”という話を、前線の連中に叩き込む」


「講師は……」


「もちろん、お前だ」


 ですよね、とは思っていた。


「“勇者に是正勧告を出して”“砦の当直表に線を引いて”“魔王軍とも条約を結んできた”監査官の話なら、多少は耳を傾けるだろう」


「肩書きだけ見ると、すごい経歴ですね」


「中身はただの元会計局の数字バカだがな」


「局長、それ本人の前で言う台詞じゃないです」


 ヨアナが茶を運びながら、さらりと突っ込む。


「でも、講習会の資料作りは早めに取りかかったほうがいいですよ。

 “紙で殴る仕事”がまた増えますから」


「もう増えてるよ」


 机の上に積み上がっていく紙束を見ながら、俺は小さく嘆息した。


 *


 講習会の日程が決まるまでのあいだにも、仕事はちらほらと増えていった。


 まず、王都近郊の捕虜収容所から、“新しい基準に基づいた運用報告”が届き始める。


「“作業時間を六刻以内に縮めましたが、その分、施設の補修が遅れています。人手の追加を要望します”」


 ミーナが一通の報告書を読み上げる。


「“ただし、捕虜の疲弊は目に見えて軽減され、脱走未遂も減少しています”」


「“人手を寄こせ”と同じ文面で、“やってみたら良かったです”って書いてきてるな」


 バルドが鼻を鳴らす。


「どうします?人手は――」


「ない」


 即答だった。


「ないが、“やったら良かった”という部分はしっかり拾う。

 “脱走未遂が減った”という数字を、軍務省に嬉々として報告してやれ。

 そうすれば、“労務局に人を回したほうが得だ”と、少しは思い始める」


「なるほど、“数字で餌付けする”戦法ですね」


「言い方が悪いぞ、レオン」


「局長が教えたんですよ?」


 そんなやり取りをしているところに、外務局からの使いが飛び込んできた。


「灰の谷から“続報”です」


 差し出された書簡を開くと、中には簡潔な報告が記されていた。


『――魔王軍側から、“捕虜交換に用いる収容所の一覧”が送られてきた。

 付記として、“労務監査課が巡回中の拠点には印を付した”とある』


「へえ」


 思わず声が漏れる。


「“向こうの監査課が回ってる捕虜収容所”まで教えてくれたんですね」


「ということは、“そこは最低限、基準を守るつもりでいる”と見ていいだろうな」


 バルドが地図を取り出す。


「こっちも捕虜収容所の位置を重ねておけ。“監査済み”と“これから行くべき場所”の優先順位をつける」


「……局長、まさか」


「当たり前だろう。“敵の中に監査官がいる”なら、“味方の中にももっと監査官を増やせ”って話だ」


 その言葉に、ミーナとヨアナが同時にため息をついた。


「人、要りますね」


「要るな」


 局長があっさり認める。


「会計局から、数字に強い奴を二、三人引き抜けないか検討中だ」


「また恨まれますよ」


「今さらだ。どうせあいつら、“自分たちだけで現場の数字を回してる”って思い込んでいる」


 バルドの言葉に、思わず苦笑する。


(……会計局時代、まさにそう思ってましたね、自分)


 自分がそうだったからこそ、今こうして“数字を現場に持っていく側”に回れたのかもしれない。


 *


 講習会当日。


 軍務省の大講堂には、各前線拠点から呼び集められた指揮官たちがずらりと並んでいた。


 肩章の数も、胸の勲章も、人によってばらつきがある。

 “若い頃は勇者の随行だった”なんて噂を持つ連中もいるらしい。


「緊張してます?」


 舞台裏で、リシアが尋ねる。


「まあ、魔王軍代表と話すよりはマシです」


「顔が言ってません」


「だから多分、魔王軍より怖いんですよ、ここのほうが」


 正直な感想だった。


 敵よりも、味方のほうが怖い場面はいくらでもある。

 特に、“今までのやり方に口を出される”と分かっている場では。


「――次、王立労務局監査官、レオン・グラハム殿」


 司会役の声が響く。


 深呼吸を一つだけして、俺は壇上に出た。


 ざわざわ、と小さなざわめきが起きる。


「“勇者に是正勧告出したやつだろ”“あれが”“思ったより普通だな”」


 勝手に耳に飛び込んでくる囁きに、内心で苦笑する。


「王立労務局監査官、レオン・グラハムです」


 いつもより少しだけ大きな声で名乗り、用意しておいた板を指し示した。


 そこには、“砦の当直表”と“灰の谷で結んだ基準”が、簡略化されて描かれている。


「本日は、“働かせ方を間違えるとどれだけ戦力が削れるか”という話をさせていただきます。

 むろん、“現場を知らない机上の空論”を語るつもりはありません」


 ホールの空気が、わずかに静まる。


「前線中継拠点で、三晩連続で夜明け前の見張りに立たされていた兵士がいました。

 ヘンリー伍長。彼は“夜目が利くから”という理由で、いつも同じ時間帯に当直表の名前を書かれていた」


 ざわ、と一段だけ大きなざわめき。


「その砦が襲撃されたとき、最初に狙われたのは、二晩連続で夜明け前当直に入っていた者たちでした。

 敵にとって、“動きの鈍い標的”は遠目にも分かりやすい」


 俺は、会場をぐるりと見渡した。


「“頼りになるやつから先に壊れる”。

 それは、戦場でも、会計局でも、王都の雑貨屋でも同じです」


 苦笑があちこちから漏れる。


「それを放置すれば、“いつかは全体が崩れる”。

 ――だから、“当直表に赤線を引いた”という話を、もう聞いておられる方もいるでしょう」


 夜明け前当直の連続禁止。

 夜勤後の勤務軽減。

 当直回数の見える化。


 砦でやったことを、細かい数字とともに説明していく。


(“甘い”と思う者もいるだろう)


 視線の中に、露骨に眉をひそめている指揮官の顔も見える。


 それでも構わない。


「――ここで一つ、魔王軍側の話もします」


 会場の空気が、ぴんと張り詰める。


「灰の谷での捕虜交換会談で、魔王軍統一兵站局労務監査課、ギルゼン・ヴァルナという男に会いました」


 その名前を出した瞬間、ざわめきがひときわ大きくなる。


「“魔王軍にも、労務監査課があるのか”と、皆さん思われたでしょう。

 あります。

 ――そして、“向こうも向こうで現場を守ろうとしている”」


 魔力炉勤務表の是正。

 別働隊の走らせ過ぎの反省。

 捕虜作業時間を六刻に揃える提案。


 ギルゼンとの話を、必要な範囲で簡潔に伝える。


「……敵の中にだって、“部下を消耗品扱いしたくない”と思っている指揮官がいます。

 “命を燃やし尽くして戦うことこそ栄誉だ”という声に、現場が踏みつぶされそうになっているのは、向こうも同じです」


 俺は言葉を区切って、続けた。


「だからこそ、“こっちが変わらなければ、向こうは変わらない”。

 “魔王軍がひどい働かせ方をしているから、自分たちはこのままでいい”という言い訳は、今日でやめませんか」


 自分でも、少し大胆な言い方だと思う。


 講堂の空気が重くなる。


 その中で、一人の中年の指揮官が手を挙げた。


「……質問してもよろしいか」


「どうぞ」


「“部下を守る働かせ方をしたほうが戦力が持つ”という理屈は、頭では分かる。

 だが、“目の前の戦い”で、“少し無理をさせれば勝てる”場面もある」


 指揮官は、まっすぐこちらを見た。


「お前は、“どこまでなら無理をさせていい”と言うつもりだ?」


 それは、ずっと自分でも考えていた問いだった。


(――どこまでなら、無理をさせていいのか)


 俺は少しだけ考え、答えを絞り出した。


「“自分がその下についたとして、従いたいと思える範囲まで、です”」


 会場が少しざわつく。


「“自分は絶対にやりたくないけれど、部下には命じる”ような無茶は、長い目で見れば必ず組織を壊します。

 逆に、“自分も同じ条件ならやる”と思える無理は、“戦場で必要な踏ん張り”かもしれません」


 ヘンリー伍長の顔が浮かぶ。

 ギルゼンの顔も浮かぶ。


「だから、労務局としては、“自分も同じ当直表で働けますか?”と尋ねます。

 “自分も同じ捕虜収容所に入れますか?”と聞きます。

 ――それが、“どこまでなら無理をさせていいか”を測る物差しです」


 しばしの沈黙。


 やがて、別の若い指揮官が、ぽつりと言った。


「……それ、王城にも貼りませんかね」


 講堂の空気が、一気に和らいだ。


「“自分も同じ当直表で働けますか?”って札を」


「王宮の当直表は、俺も一度見てみたいですね」


「それは俺もだ」


 バルドの声が後方から飛び、笑いが起きる。


 笑い声の中に、少しだけ前向きなものが混ざっている気がした。


 *


 講習会のあと、廊下で一人の指揮官に声をかけられた。


「おい、監査官殿」


 振り向くと、さっき一番最初にきつい質問をしてきた中年の男だった。


「さっきは、つい意地の悪いことを聞いてしまったな」


「構いません。ああいう質問をしてもらえるほうが、話しやすいです」


 男は少しだけ苦笑する。


「俺の砦でも、夜明け前当直が一人に偏っていた。

 “夜目の利く竜人”がいてな、“こいつは便利だ”とずっと使っていた」


「……今は?」


「今日帰ったら、“見える板”を作る」


 彼は短く言った。


「“魔王軍にも労務監査課がある”って話は、正直、腹立たしくもあるが……同時に、少しだけ安心した。

 “向こうも向こうで、現場を守ろうとしているやつがいる”なら、“こっちもやらんとな”と思った」


「それなら、灰の谷に行った甲斐がありました」


 男は、俺の肩を軽く叩いた。


「……お前が“魔王軍にも裁定できるのか”は知らんが、“王国には確実に裁定を入れてきている”」


「それは誉め言葉で受け取っておきます」


 苦笑しながら頭を下げる。


 廊下を歩きながら、ふと思う。


(――“魔王軍にも人事がいた”)


 リシアの一言が、耳の奥で反芻される。


 敵の中に同業者がいる。

 味方の中にはまだ、“働かせ方を変える必要を感じていない”者もいる。


 その両方に、これからも紙とペンで少しずつ線を引いていく。


 王立労務局監査官、レオン・グラハム。

 魔王軍統一兵站局労務監査課、ギルゼン・ヴァルナ。


 あの握手が作った一本の線は、思った以上に広がり始めているのかもしれない。


 ――次は、どこの当直表に赤線を引くことになるのか。


 そんなことを考えながら、俺は労務局の庁舎へと足を向けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ