4.作戦会議
ジュリアスが外での仕事を終えて邸に戻って来たのは夜遅い時間帯であった。帰宅したその足で執務室に行くと幸いまだミケルの姿があった。
「ミケル、頼みがある。」
「報酬は?」
間髪入れずに己が利益を追求してくる姿勢に、ジュリアスはため息ついて片手を上げた。
「やっぱりいーー」
「嘘嘘!冗談だって。どうせアレナちゃん絡みのことだろう?人の恋路は楽しいから、無償で頼まれてくれるよ。ほら、何でも言えって。さぁさ!」
手のひらを手前に引く仕草に若干苛立ちを覚えつつも、今すぐ対応したい彼にとってはありがたいことであった。
彼の勘の鋭さに心の中だけで賛辞を述べ、ジュリアスは淡々と今日馬車の中であった出来事を話した。
「なるほどねぇ…それはちょっと無視できないな。」
「あまり荒立てたくはないが…彼女には、今晩から公爵家の監視をつけている。お前には身辺調査の再調査をお願いしたい。些細なことでもいいから情報を集めてこい。公爵家の人間は自由に使っていい。」
「へいへい。」
いつも軽口を叩いて失礼な態度ばかりとる男だが、ミケルの仕事は信用できる。
彼に依頼した時点で、ジュリアスの肩の荷が少し軽くなったような気がした。
(こちらに害をなすを判明した場合、いくら婚約者といえど厳罰を覚悟してもらわないとな。)
彼は証拠として持ち帰って来た小瓶を、執務机の鍵付きのキャビネットの中へと仕舞い込んだ。
***
翌日、アレナとレネの二人は王都にある行きつけのカフェに足を運んでいた。昨日宣言した通り、作戦会議を行うためだ。
店内ではなく、人通りのあるテラス席で堂々とあのマル秘ノートを広げている。
「お嬢様、内密な話なら私室の方が安全ではないですか?ここは人が多過ぎます。」
警戒のため、何気ない素振りで周囲に目を光らせながらレネが苦言を呈した。
「だって、私室でこんな話するの恥ずかしいじゃない。お父様に筒抜けになってしまうわ。」
「気付いていましたか……………」
つい憐れんだ目を向けてしまってレネ。
諜報一家の娘ということもあり、子息よりも狙われやすいアレナは普段から警備体制が厳重だ。それはプライベートな空間でも同様である。
(でも、それを「恥ずかしい」で済ませてしまうのですね)
育った環境か特殊だなと、レネは改めて主人の生い立ちを思った。
「で次は誘拐未遂を自作自演して助けてもらおうって計画よ。これもラブロマンス小説の王道だわ。まぁ、小説の中だとヒロインがガチで攫われるけど、それは私には無理だから。ごろつき2〜3人ならすぐ逃げられるし、何より私の守りが鉄壁過ぎて近づけないのよね…攫う方も大変ね。」
注文したトロピカルアイスティーを口に含むと、アレナが話を続けた。
「ひとまず、金に物を言わせてごろつき役を雇ってほしい。それと、ジュリアス様の外出予定の把握をお願い。彼がいる場で攫われそうになったら、きっと助けてくれるわ。そして彼に力強く抱きしめられて…んふふふ…」
「ええと…役割は承知しましたが、相変わらず杜撰な計画ですね。そう上手くいきますか…」
「大丈夫よ!今度こそ上手くいくわ。」
相変わらず何の根拠もない自信ででアレナが押し切った。
その後も今後の計画について、話し合いという名のアレナの一方的な語りが続き、レネは適当に相槌を打ち続けた。
一瞬相槌が止まり、レネが周囲に視線を巡らせる。
「ハンク」
レネが短く呼ぶと、いつの間にか一人の男が二人のそばに立っていた。
どこにでもいそうな印象の浅い姿形をしているこの男は、レネの部下でありアレナの影として仕えている者だ。
普段は姿を見せないが、こうして直接呼びつけると大概姿を現してくれる。
「少し離れるから、お嬢様の警護をお願いします。」
「あいよ。」
指示したレナは、瞬く間にどこかへと消えてしまった。
彼女の代わりにハンクが腰掛けた。こうやって姿を見せることでナンパ避けの役割も担っているらしい。
「レネは別のお仕事?」
アレナの問いかけに、ハンクが首を横に振る。
現役の諜報員でもある彼女は、アレナが安全圏にいる場合に限り、当主からの依頼のため別行動を取ることもあるのだ。
「視線が気になったんじゃね?」
ハンクはテーブルの上に並ぶ菓子を手に取って口に運ぶと、咀嚼しながら店員を呼んで紅茶を注文している。
普段気配を殺して潜んでいるため、こうやって姿を現す時に目一杯好きに振る舞うようにしているらしい。
「ああこれね。二人…いや三人くらいかしら?殺気は感じないから大丈夫だと思ったんだけど。レネは何か気になったのかしら?」
「……相変わらずお嬢の感覚は半端ないわ。」
ハンクはずずっと音を立てて紅茶を啜った。普段の生活の反動で、どうしても無駄に音を立てたくなってしまうらしい。向いに座るアレナにとっては迷惑極まりない。
「まぁ、すぐ戻ってくるって。」
そういう割に、ハンクは次々とケーキの類を追加注文しており、レネの代わりに長居する気満々であったのだった。