【番外編】看病イベント
「レネ、お願いよ!」
自室のソファーに座っているアレナは、片目を開けて反応を窺いつつ、必死の想いを込めて両手を握りしめた。
「私はやめた方が良いと思います。」
「そこをなんとかっ…。バレたら私のせいにしていいから!それなら良いでしょう?」
「はぁ…」
レネは隠すことなく、思い切りため息をついた。
こんなにも必死になってアレナが懇願しているのは、仮病の容認と協力だった。
結婚した今もどうしても看病イベントが諦めきれず、少しだけ体調の悪いフリをしてジュリアスに心配されたいと騒いでいるのだ。
「だって、ちっとも風邪を引かないんだもの。仕方ないでしょう?こんなことでラブロマンス小説の王道を外すわけにはいかないわ。」
「……どうなっても知りませんからね。」
自分の主人はこうなったらもう引かないと知っているレネは、諦めて傍観することにしたのだった。
迎えた決行日当日、混乱を避けるため他の使用人達には奥様の戯れだと周知させた上で、ジュリアスにだけアレナの指示通り、「奥様の体調が優れず、今日は早めに休んでいる」と伝えていた。
なお、心配性のレネはジュリアスが暴走しないよう、「医者からは何ら問題ないと言われたが、本当に念の為ベッドで休んでもらっている」といった主旨の一文を付け加えていた。
「アレナ、大丈夫かっ!?」
執務室に手紙を届けたレネが戻ってくる前に、額に汗を滲ませたジュリアスがアレナの自室に飛び込んできた。階段と廊下を全力疾走してきたらしい。
「ジュリアス様…お仕事中に申し訳ありません。少し休ませてもらいましたが、今はもう気分は悪くありませんわ。ご心配をおかけしました。」
アレナが身体を起こしながら話すと、ジュリアスはすぐさまクッションを手に取り、彼女の背中に当ててくれた。
「本当か…?頼むから無理だけはしないでくれ。君に何かあったら、俺は生きていけない。必ず後を追ってしまうだろう。」
寝台の側で床に膝をついたジュリアスが両手でアレナの手を握りしめ、不安に揺れる瞳で見つめてくる。僅かに開いた薄い唇が震えていた。
「この通り元気ですから大丈夫ですわ。」
(ジュリアス様、ごめんなさいっ)
想像の数百倍心配してくれるジュリアスに、罪悪感で胸が痛くなってきたアレナが必死に元気アピールをし始めた。
「アレナ、俺に気を使うことはない。妻の心配くらいさせてくれ。喉が乾いていないか?水飲むか?」
「……………ええ。」
不安そうな顔をしたまま、自分に出来ることを探して世話を焼こうとするジュリアス。元気アピールの効果はゼロだった。
ここはもう病人だと割り切って、大人しく世話を焼かれることにしたアレナ。
(でもやっぱり、好きな人に心配されて甲斐甲斐しくお世話をしてもらうのはちょっと嬉しいかも…ふふふ)
さっきまでの罪悪感は何処へやら、彼女はこれまで読んできたラブロマンス小説のワンシーンを思い返しながら、内心ニヤけていたのだった。
「え?」
頬にひんやりとした手が触れて我に返ると、彼女の両頬を包み込んでこちらを見つめるジュリアスと目が合った。
彼の口は不自然に膨らんでおり、サイドテーブルには水差しと半分だけ水の入ったグラスが置かれていた。
(これってまさか…口移し!!?)
ジュリアスの企みに気付いたアレナが、瞬時に反応して両手で彼の口を塞ぐ。
「じ、自分で飲めますわ!」
(きゃあああああっ!!これも良くあるシーンだけど、実際に自分がやるのは無理!!恥ずかし過ぎるわよ!これを黙って受け入れるヒロインって本当に何者なの!?)
とてつもなく不服そうな顔をしたジュリアスがごくりと口の中のものを飲み込んだ。が、アレナの頬に添えた手はそのままで、幼子に言い聞かせるように目を見てくる。
「アレナ?君は病人なんだから、大人しく俺の看病を受けて欲しい。極力余計な体力は使わず、病気を治すことだけに専念して。」
「で、でも、風邪が移ってしまいますわ!それはいけません!」
慌てて言い返したが、アレナの心拍数は上がりっぱなしで顔が真っ赤だ。もはやジュリアスのせいで本当に熱を出してしまいそうなほどだ。
「風邪は移した方が治ると聞くし…そうだな、深い口付けでも試してみるか。」
一人納得したジュリアスが瞳を閉じ、狙いを定めたアレナの唇に迫ってくる。
「し、しし、仕事!ジュリアス様が仕事に出られなくなってしまったら、皆様困ってしまいますわ!」
「ああそれなら心配しなくていい。1ヶ月休みにした。」
「何ですって…?」
思いがけない報告に、アレナの目が点になった。至近距離にあるジュリアスの瞳をじっと見返す。見つめられた彼は動揺に耐えきれず、耳を赤くしながらふっと視線を逸らした。
「自分の命よりも大切な妻が寝込んだんだ。看病のため仕事を休むのは当たり前だろう?そもそも、こんな時に仕事が手につくはずもない。」
「ええと…?」
「もちろん取り急ぎ1ヶ月の休みにしただけで、アレナの体調を見ながら延長するつもりだ。だからアレナは何も気にすることなく、ゆっくり療養して欲しい。俺もずっと側についているから。」
ジュリアスの声は物凄く真剣だった。
(なっ……こんな手厚い看病だなんて聞いてません!どの小説に出て来なかったんですけどー!!)
想定外の重さに内心叫びまくるアレナだが、仄暗い光を放つジュリアスの瞳は彼女を離さない。口元に笑みを浮かべながら迫ってくる。
「ご、ごめんなさい!」
唇が触れる直前、羞恥心と良心に耐えきれなくなったアレナが大きな声で謝罪の言葉を口にした。
「ジュリアス様の看病を受けてみたいな…なんて軽率なことを思って嘘をついてしまいましたっ…本当にごめんなさい!」
半分泣きそうになりながら必死に謝るアレナ。そんな彼女を見て、ジュリアスがアイスブルーの目を見開く。
「嬉しい…」
声を震わせたジュリアスは、嬉し涙で瞳を滲ませていた。
まさかの反応に彼の真意が読めず、アレナは瞳をパチクリさせている。
「俺もアレナのことを看病したかった。だから今晩はつきっきりでさせて?」
「い、いえ!病気は嘘でしたので、だからそのお気遣いは本当に不要でしてっ…」
「俺がしたいの。」
(この流れって………………………)
とびきり甘い声で囁くジュリアス。
アレナの中で警戒音が鳴り響く。
「まずは、俺がタオルで身体を清めて着替えさせよう。食事は手づから食べさせてあげる。飲み物はもちろん口移しで。病人のアレナは何もしなくて良いからね。俺の手に全てを委ねて大人しくしてて。」
「む、むむむ、無理ですわっ!!そもそもこれは仮病でして、今私は元気なので必要なくて…」
「そうか…アレナは元気なのか…」
「へ」
なぜかアレナを見るジュリアスの瞳に、仄暗さが増した。すでに至近距離にいるというのに、鼻先が触れそうになるほど顔を寄せてくる。
「じゃあ、朝まで愛し合っても問題ないな。」
「いやああああああああっ」
吐息が触れる距離で色気たっぷりに囁かれ、しっかりと陥落したアレナ。
結局、元気でも元気でなくても、ジュリアスの愛の手からは逃げられないのだった。
お読みいただきありがとうございました!
念願のイベント達成…とはならずでした笑
また気が向いたら番外編を書ければと思いますので、機会ありましたらよろしくお願いします!




