14.ジュリアスの奇行
朝、公爵家の執務室に出勤したミケルは、昨日までは無かった物体を目にして固まった。
最近のジュリアスの様子から、何かやるだろうと危惧していたものの、想像の遥か斜め上をいく事態となっていて思考回路が完全にショートした。
(マジで何なんだよ、あいつ)
本来執務室に必要ないはずの祭壇のようなものが作られていたのだ。「ようなもの」なので神を祀っているわけではない。
「おはよう。」
「うっわ…………………」
恍惚とした表情で微笑むジュリアスの視線の先は、ミケルではなく祭壇であった。
荘厳な作りの祭壇の中にクッションが置かれており、その上に可愛くラッピングされた1枚のクッキーが鎮座している。
「俺は何も見てねぇ、何も知らねぇ。意地でもつっこんでやらねぇからな。」
「朝から何をわけの分からないことを。さっさと仕事しろ。」
「お前が一番わけわかんねぇよ。」
ああああ!と頭をかくミケルに冷ややかな視線を向けたジュリアス。
その後、自ら紅茶を淹れ始め、二つのティーカップに注いだ。
(なんだ可愛いところあるじゃん。)
自分の分を受け取ろうと手を伸ばしたミケルだったが、ジュリアスの用意した紅茶は祭壇の前に運ばれてしまった。
それはまるで神に納める供物かのように、仰々しくクッキーに捧げられていた。
「……お前、人として大事なものを失ってるぞ。」
変態に何を言っても無駄だと思ったが、あまりに酷い惨状につっこまずにはいられなかったのだった。
***
「またダメだったわ。なんでこんなにも上手くいかないのよ。ラブロマンス小説の王道フルコースだっていうのに!」
アレナはまたもや作戦が失敗してしまい、追い詰められていた。
(それは、拗らせたお相手が悉く邪魔をしてくるせいですね。)
言うに言えず、レネは代わりに甘い菓子と紅茶を用意した。
婚姻まで残り2ヶ月を切っており、作戦もあと一つだけだ。時間的にも手札的にも追い詰められているアレナ。もう最後の一手に掛けるしか無かった。
(今回ばかりは元凶を消すわけにもいかず、対処に困りますね…)
甘いもので機嫌を取り戻している主人を目の前に、レネの頭の中には物騒な考えが過っていた。
「うん、でももうやるしかないわよね。自分で決めたことだもの。最後までとことんやってやるわ!」
元々切り替えが早いアレナは、すっかり元の調子を取り戻していた。そしてすぐさま例のノートを取り出して開く。
『異性と婚約者への贈り物を買いに行き、それを目撃させてヤキモチ焼かせちゃおう!』
これが予定していた最後の作戦だ。
「また随分と命知らずなことをなさいますね。」
「え?何かあればハンクもいるし、暗器と手軽な毒薬も忍ばせるから何も心配ないわよ。ただの買い物よ?」
不思議そうに首を傾げるアレナ。
レネの心配はもちろん身内だ。彼の嫉妬心を煽った結果、余計な闇を掘り起こしてそのままアレナが攫われるのではないかと本気で心配しているのだ。
夫という立場で彼女のことを公爵邸に監禁されてしまっては簡単には手が出せない。
「彼の常套手段を逆手に取るのも良いかもしれませんね。」
「ん?何か言ったかしら?」
「いえ何も。」
ひとつの案を思い付いたレネは、その晩の定例報告の際に早速ディックに伝えた。それは二つ返事で承諾されたのだった。
「これで俗にいう、監禁エンドという最悪の事態は避けられそうですね。」
ディックが去った夜の中庭で、レネはひとり安堵の息をついていた。
***
「そういえば、次の作戦の当て馬役はどなたにされるのですか?お嬢様、異性のお知り合いなんていませんよね?」
「そこなのよね…」
アレナはレネの質問に即答できず、グラスに差したストローでくるくるとアイスティーをかき混ぜている。
二人は最後の作戦を成功させるため、また王都のカフェにやってきていた。細かい点を話しながら懸念点を潰していく。
「仕方ないから、お兄様にお願いしようかなと思って。」
「え゛」
最も扱いづらい予測不能の相手の名前が出てきて、レネの顔面が引き攣る。
「きっと大丈夫よ!ウィッグ被ってもらって髪色変えるし、少し遠くから見かけるくらいなら誰もお兄様だって気付かないわ。」
レネが目を細めて思案し、ダンヒュールに邪魔されないための最適解を導き出す。
(当日は、緊急の仕事が入るよう調整しますか。)
答えは驚くほどシンプルであった。
「レネ?」
「いえ。そうですね。ダンヒュール様にご協力頂いて今度こそ成功させましょう。」
「ええ!そして私はヒロインみたいな激甘溺愛生活を送るのよ!!」
アレナは軽くグラスを持ち上げ、自分自身に勢いづける。そして、物語のヒロインのようなハッピーエンドを想像して頬を緩めた。
この頃はまだ、彼の溺愛がどれほどのものなのか想像すらしていなかったのだった。




