【第5話】閉ざされた坑道と癒しの光
鉱山村“ベルナ鉱脈”を舞台にした、初めての出張施療回です。
晴貴とティナの“癒しの欠片”は、現場でどこまで通用するのか。
拒絶、葛藤、そして……信頼の芽生え。
重傷者への“複合錬成”という新たな挑戦にもご注目ください。
三日後。晴貴とティナを乗せた馬車は、ベルナ鉱脈の麓にある集落に到着した。
高い岩壁に囲まれたその村は、朝からすでに埃っぽく、空気も薄い。
遠くで鉱夫たちの鍛冶音が響き、山肌には作業中の人影が見える。
「……ここが、ベルナ鉱脈か」
晴貴が地図と照らし合わせて確認すると、ティナが隣でゴクリと喉を鳴らした。
「すごい……こんな場所、初めてです。まるで、山の中に街があるみたい」
「呼吸が重いな。湿度も高い。長居はできない環境だ」
ふたりが荷物を降ろしていると、作業服姿の男たちがこちらを見て集まってくる。
その中から、ひときわ体格のいい男が前に出てきた。額には汗、腕には古傷が走っている。
「お前らが“錬成術師”ってやつか?」
「はい。ご依頼の件で。怪我人の施療を……」
「ふん、そんな石ころで治るもんかよ。こちとら命張って掘ってんだ」
男の一言に、まわりの鉱夫たちがどっと笑った。
「治癒魔法でも痛みが抜けねぇってのによ、錬成? 冗談だろ」
ティナが何か言おうとしたが、晴貴がそれを制した。
「……まずは、見せる。言葉じゃなくて、結果で」
二人は、鉱山の裏手にある仮設診療所へと案内された。
そこで待っていたのは、足を包帯でぐるぐる巻きにした中年男性だった。
「捻挫と裂傷があるとのことですが、よろしければ癒しの欠片を――」
だが、男性は顔をしかめて首を振った。
「いらねぇよ。どうせ気休めだろ。触るな」
ティナが思わず後ずさる。
「……す、すみません……」
晴貴は静かに欠片を手に取り、言った。
「いつでも気が変わったら声をかけてくれ。それまで、俺たちは待ってる」
初日。誰ひとり施療を受けてくれなかった。
夜。宿舎の一室で、ティナが落ち込んだ様子で口を開いた。
「……思ってたのと、違いますね。私、また“何もできない”って言われるのが怖い……」
晴貴はそんな彼女に、黙って湯の入ったカップを差し出した。
「焦るな。時間が必要なんだ。癒しってのは、技術だけじゃ届かないものだからな」
そのとき、戸口がノックされた。
開けると、小さな男の子が怯えた様子で立っていた。
「……お兄ちゃん、助けてくれるって……お母さん、熱が下がらないの……」
男の子に案内されて向かったのは、鉱山村の外れにある小さな住居だった。
木の扉を開けると、そこには痩せた女性が布団に横たわっていた。額には汗が滲み、顔は真っ青だった。
「お母さん……」
男の子が駆け寄ると、女性がか細い声で返す。
「だいじょうぶよ……カイル……」
ティナは急いで膝をつき、脈を取りながら晴貴に目配せした。
「熱と、脱水症状もあります。たぶん、鉱山での粉塵が原因かも……!」
晴貴はすぐに“清浄化”と“回復促進”を兼ねた癒しの欠片を取り出した。
「……いくぞ」
欠片を女性の額に近づけると、淡い光が灯り、室内の空気が微かに澄んでいく。
女性の眉間が緩み、肩の力が抜ける。
「……ありがとう……」
男の子が、目に涙を浮かべて顔を上げた。
「ほんとに……お母さん、少し楽そう……」
晴貴は欠片の反応を確認しながら、そっと言った。
「誰かを癒したいって気持ちは、こんなふうに届いていくんだ。時間がかかってもな」
ティナが、ゆっくりと頷いた。
「私、まだ怖いけど……でも、続けます。ちゃんと、癒し手として……」
その翌朝。
小屋の前に立っていた鉱夫のひとりが、晴貴たちの前に帽子を取って言った。
「昨日、あの女房が助かったって……カイルが言ってた。すまなかった。今度、俺の脚も診てもらえねぇか」
翌朝。鉱夫の一人が宿舎の前で帽子を握りしめ、晴貴に頭を下げた。
「……頼む。右脚の膝がもう限界でな。魔法じゃ治らねぇし、放っておくと仕事にならねぇ」
晴貴は頷き、用意していた“関節緩和と炎症抑制”の欠片を取り出した。
「横になってください。少し冷たいけど、怖くはありません」
男が簡易ベッドに腰を下ろすと、晴貴は丁寧に欠片を膝に当てる。
――カン……。
青白い光が瞬き、欠片がじんわりと輝く。
「……お?」
男が眉をひそめた後、驚いたように目を見開いた。
「痛みが……抜けてきた……? 関節も……楽だ……」
周囲で見守っていた鉱夫たちがざわつく。
「本当に……効いてるのか?」
「治癒魔法でもダメだったのに……」
その空気を感じ取ってか、ティナが一歩前に出た。
「軽い切り傷や、打撲なら、私でもできます! もし、試してみたい方がいたら……!」
年配の鉱夫が腕をまくりながら、渋々と出てきた。
「じゃあ、ここの擦り傷、頼んでみるか」
ティナは緊張しながらも欠片を取り出し、手順通りに光を灯す。
数秒後、擦り傷の赤みが和らぎ、男が小さくうなった。
「……おう、沁みねぇな。冷たくて気持ちいい。悪くねぇ」
「よかった……!」
ティナの顔に安堵の笑みが浮かんだ。
その日、ふたりのもとには次々と施療希望者が訪れた。
指の腱を痛めた若者、腰を痛めた年配の鉱夫、頭痛を訴える女性作業員――
晴貴とティナは、休む間もなく癒しの欠片を使い続けた。
夜、宿に戻るころには、広場ではこんな声が聞こえるようになっていた。
「錬成術、バカにできねぇぞ」
「石が光るたびに、痛みが引くんだ……あれは本物だ」
その日、診療が終わるころには、仮設診療所の外に列ができていた。
ティナは額に汗をにじませながらも、欠片を丁寧に扱い、患者一人ひとりに声をかけていた。
「大丈夫です、少し冷たいだけですから……痛くしません」
「……これで楽になれたら、明日の仕事に出られます」
「ありがとう、姉ちゃん」
年配の男が深々と頭を下げる。
その光景に、集まっていた子どもたちが目を丸くして囁きあう。
「お姉ちゃん、魔法使いなの?」「ちがうよ、“石使い”だって!」
ティナは苦笑しながら、「癒しの欠片ですよ」と優しく訂正した。
夕方、陽が傾き始めたころ、村の責任者らしき男が静かに診療所へ入ってきた。
「……俺は、あんたたちのこと、半信半疑だった」
「それは当然です」
晴貴が立ち上がると、男は手を差し出した。
「だが、あんたらの“癒し”は本物だ。助かった者が大勢いる。……ありがとうよ」
がっしりとした握手を交わすと、晴貴は静かに頷いた。
「これが、俺たちのやり方です。戦えなくても、守れるものはある」
夜、焚き火を囲んで休むティナが、ふと空を見上げた。
「……こうやって、ひとりずつ届いていくんですね、癒しって」
「そうだな。だから焦らずに進もう」
「はい、先生」
月の光が、二人の足元を優しく照らしていた。
だがその頃――
鉱山の奥深くでは、別の問題が進行していた。
坑道のさらに奥、隔離された区域で、重傷者が出ているという報せが……
まだ、ふたりには届いていない。
翌朝、仮設診療所の扉が勢いよく開かれた。
「大変だ! 坑道の奥で崩落事故があった、何人も下敷きになってる!」
報せに反応して、村中が騒然となる。
晴貴とティナも、鉱夫たちとともに慌ただしく坑道へと走った。
坑道の入り口では、既に数名の負傷者が運び出されていた。
だが、最も奥にいるという重傷者二人が、まだ救出できずにいるらしい。
「空気が薄くなる。急がないと危ないぞ!」
救助班の声に押されながら、晴貴とティナはランプと医療道具を抱えて暗い坑道の奥へ進んだ。
やがて、土埃と汗の混じった空間に、呻き声が響く。
岩の隙間に片脚を挟まれた青年と、落盤で頭を打った壮年の男――
どちらも、普通の治癒魔法では回復せず、応急手当しか施せていないという。
「くそっ、血が止まらねぇ……!」
「頼む、早くしてくれ……このままじゃ……」
ティナは膝をつき、震える手で欠片を取り出した。
「先生、私……私……」
「大丈夫だ、ティナ。君ならできる。今までの全部を思い出せ」
まず、晴貴が青年の足を固定し、“癒しの欠片・止血型”を患部に当てた。
淡い光が血管を閉じ、徐々に出血が収まっていく。
だが、ダメージが深く、骨の損傷までは追いつかない。
「……駄目だ、回復が間に合わない」
ティナが涙を滲ませながら訴える。
「どうしたら……!」
晴貴は即座に判断した。
「“複合錬成”だ。素材を重ねて、一度に二つの力を宿す……今、やるしかない!」
ティナは頷き、薬草の小袋と晴貴の持つ欠片を重ねる。
晴貴が全神経を集中し、両手で錬成を開始する。
坑道の中で、静かな光が膨らんだ。
やがて――
青年の顔色が少し戻り、苦しそうな息遣いが落ち着いてくる。
「……助かった、のか……?」
「油断するな。しばらく安静に!」
晴貴は呼吸を整えながら、もう一人の男に向き直る。
頭部外傷、意識が混濁し、微熱がある。
ティナが必死に支え、晴貴は“鎮静+再生”の複合型を試みた。
そして、数分後――
「……お父さん!」
奥から駆け寄った少年の声が、坑道に響いた。
男はゆっくりと目を開き、力なく微笑んだ。
「……大丈夫だ。お前のおかげで、生きて帰れた」
救助が終わった後、坑道の出口で朝日が差し込み、村人たちが涙ぐんで出迎えた。
「錬成術師……ありがとう!」
ティナは力尽きて座り込みながらも、静かに微笑んだ。
晴貴は彼女の背をそっと叩いた。
「よくやったな、ティナ」
「……はい、先生」
ふたりは、坑道の奥深くで確かに“命をつなぐ癒し”を成し遂げた。
鉱山の事故から二日後。
晴貴とティナは、村人たちに見送られながらベルナ鉱脈をあとにしていた。
「先生……私、まだ信じられません。あんなに拒絶されてたのに……」
「人の心は変わる。癒しは、その“きっかけ”になるんだ」
馬車の窓から見える坑道の入り口には、村の少年カイルが小さく手を振っていた。
彼の母も、今では元気を取り戻して野菜の仕分けをしているという。
ティナが、ぽつりと口にした。
「……“錬成術師”って、かっこいいなぁ」
晴貴がからかうように眉を上げる。
「“石使い”じゃなかったのか?」
「どっちも好きです!」
ティナが屈託なく笑い、晴貴もつられて吹き出した。
数日後、教会に戻ったふたりは、診療記録や錬成レポートを提出するため、図書室に籠もっていた。
「重傷者には“複合錬成”が必要。改良型の開発も急務ですね」
「うん……次の現場がもっと過酷だったら、同じ方法じゃ通用しないかもしれない」
ティナが真剣な表情でペンを走らせる姿に、晴貴は静かに頷いた。
「そのための“記録”だ。現場で積み上げた経験を、未来につなげる」
その日の夕方、教会の神父がふたりを呼び出した。
「ふたりとも、ご苦労だったな。村の代表から礼状が届いている」
差し出された封筒には、丁寧な筆跡でこう書かれていた。
『“癒しの欠片”が、我々に希望をもたらした。
晴貴様、ティナ様――あなた方に深く感謝を申し上げます』
ティナが、そっとその手紙を胸に抱いた。
「……私、やっぱりこの道を選んでよかった」
晴貴は空を見上げ、夕焼けに染まる空を見つめた。
「俺たちが癒すのは、身体だけじゃない。“生きよう”とする心だ」
教会の鐘が鳴る――
新たな依頼の気配を、静かに告げるように。
帰路の途中、ティナはふと、荷物の中から折れた癒しの欠片を取り出した。
「この欠片……坑道で使い切ったやつですね」
表面がすり減り、輝きを失ったその小さな石を見つめながら、ティナは小さく呟いた。
「誰かの痛みを吸い取って、その分だけ軽くなって、でも……消えていく。
まるで、人の想いみたいですね」
晴貴はその言葉に、少し驚いたように笑った。
「そうかもな。だから、あの石たちには“想い”を込める意味があるんだ」
馬車の窓から差し込む光が、欠片の名残にわずかな輝きを灯していた。
教会に戻って数日後――
神父からの依頼で、晴貴とティナは街の小規模な施療所に向かうこととなった。
そこでは、長く寝たきりの老婦人が、魔法でも癒せない慢性的な痛みに苦しんでいるという。
「また……誰かを癒せるかもしれませんね」
「次の現場は、力じゃなく“寄り添う気持ち”が求められるかもな」
ティナは頷き、小さな癒しの欠片をポーチにしまった。
「もう怖くありません。“何もできない”自分じゃないって……信じられるようになりました」
さらに数日後、診療記録をもとにした“複合錬成”の改良案が教会の研究班で検討されはじめた。
晴貴が提出した新しい欠片設計図にはこう記されていた。
《目的:深部損傷への適応。複合反応の制御強化。副作用なし》
その下には、ティナの名前が共同研究補助者として加えられていた。
「次は……もっと、多くの命を救えるものを作りたい」
ティナの視線は、未来をまっすぐに見つめていた。
夕暮れの鐘が、静かにエルフリーデの街に響く。
ふたりの物語は、まだ始まったばかりだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
ティナの成長と晴貴の信念が、現場で形になった一章でした。
「癒しは、技術だけじゃなく想いから届く」――
その言葉の重みを、少しでも伝えられていたら嬉しいです。
次回は街へ戻り、新たな依頼と研究パートへ。
ふたりの旅路はまだまだ続きます。ぜひ引き続きよろしくお願いします!
もし少しでも楽しんでいただけましたら、ポイント・ブックマーク・リアクション・感想・レビューなどいただけると、今後の励みになります。
皆さまの応援が、この物語を育ててくれます。どうぞよろしくお願いいたします!