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【第4話】薬師の少女と癒しの欠片(挿絵あり)

癒しの力が、街の人々へと届きはじめた第四話です。

新キャラ・ティナの活躍に加え、初めての“施療活動”や、街の反応を描きました。

そして物語は、ついに“外の世界”――現場へと踏み出します。


ティナの成長、そして晴貴の覚悟。

次回からは、本格的な“現場の壁”に挑む展開が始まります。

エルフリーデの朝は、優しい鐘の音から始まる。


教会の中庭に射し込む光が、淡く霧を透かしていた。

晴貴はいつものように早く目を覚まし、図書室でノートに筆を走らせていた。


「昨日の第三型、やはり衝撃吸収が強い。だが持続性に課題あり。第四型の試作必要か……」


集中するうち、時間が経つのを忘れていた。


挿絵(By みてみん)

薬草師見習いのティナ


「……あのっ! “癒しの錬成士”さん、いらっしゃいますかっ!」


教会の扉が勢いよく開き、少女の声が響いた。


晴貴が顔を上げたとき、そこには背中に大きな薬草袋を背負った少女が立っていた。

年の頃は十五、六。茶色の三つ編みと、汚れたケープ。その目はまっすぐだった。


「突然すみませんっ! その、街の噂を聞いて……私、薬師を目指してるんです!」


少女は勢いのままに頭を下げた。


「お願いしますっ! 私を、弟子にしてくださいっ!」


 


リセが慌てて後ろから追いかけてくる。


「もうっ、勝手に入っちゃダメって言ったのに……」


「す、すみませんリセさん! でもどうしても会いたくて……!」


少女は真剣だった。その声に、晴貴の胸が不思議と騒いだ。


(薬師志望……この世界にも、そういう夢を持つ子がいるんだ)


ふと、かつて図書館でひたむきに勉強していた若い見習いたちの姿を思い出す。


(この子は、あの頃の“誰かになりたい”って気持ちを……今、ぶつけてきたんだ)


 


「名前は?」


「ティナって言います!」


「……じゃあ、まずは掃除と記録の整理から。実際の錬成は、それを見てからだ」


「はいっ!」


ティナの瞳がぱっと輝いた。


その光を見て、晴貴は小さく微笑む。


(俺も、もう“教える側”の立場か……)


新しい朝、新しい風。

癒しの力は、今度は“誰かの未来”をも照らそうとしていた。


 


その後、ティナは掃除道具を手に取り、図書室の床を一生懸命に磨き始めた。

薬草袋を隅に置いて、黙々と働く姿に、晴貴も自然と視線を向ける。


「なあ、どうして俺のところに来たんだ?」


掃除の合間、ふと問いかけると、ティナは顔を上げた。


「……母が昔、薬師だったんです。でも病気で亡くなって……。そのあと、私はずっと薬草を売りながら生きてきました」


「それで、癒しに興味を?」


「はい。街であなたが“石で人を癒した”って噂を聞いて……それなら、私でも何かできるかもしれないって思って」


素直な言葉だった。見栄も、飾り気もない。


晴貴は、小さく息をついた。


(誰かを救いたい、って気持ちは……俺も、そこから始まった)


「ありがとう。君の気持ちは、ちゃんと受け取ったよ」


ティナの顔がぱあっと明るくなった。


リセはやれやれと笑いながら、ティナの頭を軽く撫でた。


「とんでもない子が来たわね。でも、いいかも。賑やかになるし」


図書室に、穏やかな空気が流れた。


朝の光が、磨かれた床に反射して、ほんのりと暖かく輝いていた。


 


昼前になり、図書室の一角で、ティナは薬草袋を開いていた。


「これ……自分で集めたんです。全部。山奥に入って、傷だらけになりながら……」


彼女の手には、乾いた薬草や珍しい花の根が乗っている。

中には、晴貴ですら見たことのない草も混じっていた。


「……これ、“銀のひげ”か? 湿地帯にしか生えないって聞いたけど」


「はい、足を滑らせて全身泥だらけになりました。でも……母の薬箱にあったのと同じ匂いだったから、どうしても探したくて」


晴貴は感心して、ひとつずつ手に取った。


「……君のやる気、本物だな。素材の扱いも丁寧だし、観察もしてる」


「ほんとに!? わ、嬉しい……!」


頬を赤らめたティナの顔を見て、晴貴はふと肩の力が抜けるのを感じた。


「君の薬草と、俺の錬成。うまく組み合わせれば、もっといろんな癒しが作れるかもしれないな」


「それ……絶対すごいです! 試してみたい!」


図書室の窓から差し込む光が、ふたりの前に並べられた草を優しく照らしていた。


新しい出会い、新しい可能性。

癒しの力が、またひとつ芽を出した瞬間だった。

翌日、教会の裏庭に簡易な実験台が設けられた。


木の台に布を敷き、晴貴が用意した錬成素材と、ティナの薬草が整然と並んでいる。

二人は並んで座り、慎重に準備を進めていた。


「まずは“鎮痛用の欠片”と、君の持ってきた“銀のひげ”を組み合わせてみよう」


「はいっ!」


晴貴が素材を手に取り、ティナは慎重に刻んだ薬草を渡す。

二人の呼吸が揃い、手順どおりに錬成が始まった。


――カンッ。


青白い光が灯り、薬草の香りがふわりと立ち上る。


「……成功?」


「うん。反応は穏やかだけど、匂いが少し甘くなってる。鎮痛作用に加えて、リラックス効果が出てるかもしれない」


ティナの目がぱっと輝く。


「すごい! 錬成って……薬草の個性も、ちゃんと受け止めてくれるんですね!」


「そうだ。ただ石に力を宿すだけじゃない。素材の性質も、想いも、全部を形にする。だからこそ、慎重に扱わなきゃいけない」


その言葉に、ティナは真剣にうなずいた。


 


だがその直後、実験台の奥から「パチッ」という乾いた音が響いた。


「わっ……!」


小さな爆ぜる音と共に、別の欠片が弾け、テーブルの端に置いてあった瓶が倒れて液体がこぼれた。


「ティナ、下がって!」


晴貴が咄嗟にかばい、布で液を拭き取る。


「ごめんなさい! さっきの薬草、他の欠片の近くに置いてました……混ざっちゃったのかも……!」


「大丈夫。でも、これは教訓だ。錬成素材は、反応を知らないうちは絶対に分けておかないといけない」


ティナは深く反省した様子で頭を下げる。


「次は、絶対に気をつけます」


晴貴は肩をすくめて微笑んだ。


「失敗しない錬成士なんていないさ。俺も、何度爆発させたことか」


「……本当ですか?」


「本当だよ。図書室の机、ひとつ焦がしたまま……こっちの世界に来たんだからな」


ティナがきょとんと目を瞬かせた。


「……えっ? こっちって……どういう意味ですか?」


晴貴は一瞬言葉に詰まり、それから肩をすくめて笑った。


「まあ、ちょっと……遠く離れた場所から来たってだけさ。説明すると長くなるけど、今はもう、こっちの生活に慣れてる」


「ふーん……なんだか秘密っぽいですね。でも、そういう話、ちょっとワクワクします」


ティナはくすりと笑い、再び欠片に視線を戻した。


(異世界って言ったよね……でも、無理に聞かない方がいいかも)


そんな風に思ったのか、ティナはそれ以上追及しなかった。


 


太陽が高く昇り、風が薬草の香りを運んでくる。


癒しの力を探る二人の手は、まだまだ未熟だ。

けれどその手には、確かに“未来”が芽吹いていた。


 


午後、実験を終えた晴貴は、ティナと一緒に素材の整理をしていた。


「この草、香りが強いけど、さっきの欠片には向いてなかったみたいですね……」


「薬草は薬にも毒にもなる。錬成も同じ。向き不向きを見極めるのは、職人の第一歩だ」


ティナはうなずきながら、まだ使っていない草を並べる。


「……あの、これ。母がよく使っていたんです。痛み止めにも、眠れない夜にも効いて……」


差し出されたのは、淡い紫色の花びらだった。


晴貴はその香りを確かめ、小さく息を吸い込む。


「いい香りだな……これは、“落ち着かせる”癒しと相性がいいかもな」


「ほんとですか?」


「試してみよう。今度は俺が錬成する。ティナは見ててくれ」


素材を並べ、丁寧に気を込めて錬成を始める。


――カンッ。


柔らかい光とともに、生まれたのは小さな、半透明の淡紫の欠片だった。


ティナがそっと触れると、温かさと、ほんのり眠気を誘うような安心感が指先から伝わってくる。


「……やさしい」


「君の“想い”も入ってるからな」


「えっ、私……何もしてないのに?」


「錬成は一人じゃない。支えてくれる人の“気持ち”も、石に宿ることがあるんだ」


ティナは目を丸くし、やがて笑った。


「……やっぱり、私、ここに来てよかったです」


 


二人の前には、新しい“癒し”の形が、確かに生まれていた。

その翌日、晴貴とティナは街の広場へと向かっていた。


教会の許可を得て、新しく完成した“癒しの欠片”の試験的な施療を行うことになったのだ。

広場の一角には、簡素な布の屋根と木の机、長椅子が並べられている。

晴貴が現地に到着すると、すでに何人かの市民が周囲を囲んでいた。


「本当に治るのかしら?」「魔法と違うって聞いたけど……」


疑いの声も混じる中、ティナがきゅっと拳を握る。


「……大丈夫。やってみます」


 


最初の患者は、足を引きずる老婦人だった。

数日前に段差でつまずき、足首を捻ったという。


「お願いします。歩くのも辛くて……」


ティナは頷き、小さな淡紫の欠片を手に取ると、婦人の足元に膝をついた。


「少しひんやりしますが、怖くないですよ」


欠片が淡く光り、老婦人の表情が少しずつ和らいでいく。

その場にいた誰もが、息をのんで様子を見守った。


「……痛みが……引いてる……?」


「うまくいったな。冷却効果と鎮痛、どちらも効いてる」


晴貴の言葉に、周囲からざわめきが上がる。


「本当に治ったのか?」「今の光、魔法じゃないよな?」


「これは“錬成術”です。魔力ではなく、素材と技術、そして……“想い”を込めた技です」


ティナの説明に、人々は少し戸惑いながらも、じっと彼女の言葉を聞いていた。


 


その後も、施療を希望する人が次々と訪れた。

切り傷を負った少年、腰痛に悩む中年男性、農作業で手を痛めた老夫婦。

どの欠片も、晴貴が設計し、ティナが心を込めて使った。


夕暮れ時、テントの片付けをしながらティナはそっと呟いた。


「……初めてなんです。誰かに“ありがとう”って言ってもらえたの、こんなにたくさん」


晴貴は荷物をまとめながら答える。


「それは君の力だよ。欠片が光ったのは、君が“癒したい”って思ったからだ」


ティナは小さく首を振った。


「……そうかもしれません。でも、それを信じさせてくれたのは、先生です」


「先生、って……俺のことか?」


「はいっ、今日からそう呼びます!」


ティナの屈託のない笑顔に、晴貴は苦笑した。


 


その夜。教会の図書室で、晴貴はノートに“癒しの欠片・第五型”の試作設計図を描いていた。


そこには、こう記されている。


《用途:回復補助/長時間使用対応型。副作用なし。ティナの調合薬草使用予定》


そしてその下には、丁寧に小さな字で追記された文字。


《記録補助者:ティナ・アストレア》


晴貴はその名前を見て、ゆっくりとペンを置いた。


「……さて、次はどこを癒そうか」


外から、風に乗って鐘の音が聞こえた。


夜の教会に、小さな希望の灯が、静かにともっていた。


 


夜も更け、晴貴はふと窓の外を見た。

静かな星空の下、街は眠りに包まれている。


「……今日、俺は誰かをちゃんと癒せたんだな」


ぼそりと漏らした言葉に、自分自身が驚いた。

“癒し”とは、誰かのためにあるものだと思っていた。

だが、誰かの「ありがとう」は、確かに晴貴自身の心をも温めていた。


そのとき、図書室の扉がノックされた。


「……先生、まだ起きてますか?」


ティナが顔をのぞかせる。パジャマ姿のままで、手にはノートを持っていた。


「どうした?」


「これ……記録、つけておきたくて。今日の患者さんの名前と、欠片の反応……全部、ちゃんと書き留めておきたいんです」


晴貴は思わず笑った。


「熱心だな。でも、それはいい記録になる。次につながるしな」


「はい。明日からも、もっとちゃんと使いこなせるようにしたいんです」


晴貴は頷き、席を空ける。


ティナが隣に座り、ペンを走らせ始めると、図書室にはふたり分の静かな筆音が広がった。


今夜、この教会には――

確かに、未来へと続く癒しの火が灯っていた。

数日後の朝。


晴貴は教会の郵便受けに、厚みのある封筒が届いているのを見つけた。


「ん……? これは……?」


差出人は、エルフリーデ近郊の鉱山集落“ベルナ鉱脈”。

怪我人が続出しており、治療師の派遣を求める正式な依頼書だった。


「鉱山……労働事故か?」


封筒の中には、現地責任者の手書きのメモが同封されていた。


『魔力を使う治癒師では効果が薄いという者もおり、“錬成術師”に可能性を見出した。

鉱夫たちの信頼は得がたいが、力を貸してもらえないか。』


晴貴は書類を読みながら、顔を上げた。


「やるか……次は、あの現場だな」


 


その報せを聞いたティナも、すぐに準備に取りかかった。


「先生、持ち出し用の薬草はこれで全部です。あっ、それから日持ちする加工品も……」


「落ち着け。まずは状況確認が先だ」


「でも、私、行きますからね! 今回は助手じゃなくて……治療師見習いとして!」


ティナは背筋を伸ばし、まっすぐに言った。


晴貴はその成長ぶりに少し驚きつつも、頷いた。


「わかった。なら……“自分の足”で歩け」


「はいっ!」


 


その夜、二人は地図を広げ、ルートと所要時間、鉱山の標高や周辺の集落の有無を確認していた。

旅は片道三日、馬車を借りて移動する必要がある。


「街道沿いに宿が二箇所、補給もなんとか……うん、大丈夫そう」


「問題は現地の対応だな。俺たちの錬成が、どれだけ信じてもらえるか……」


晴貴は地図に目を落としたまま、静かに呟いた。


「癒しは、信頼があってこそ届く。力だけじゃ足りない……だから、ちゃんと伝える」


「伝えましょう、先生。癒しの欠片が、誰かの明日を変えるってこと……!」


ティナの声に、晴貴はそっと頷いた。


 


出発の前夜、ティナは荷物の最終確認を終えると、教会の裏庭に出た。

夜風が心地よく吹き、満天の星が空を覆っている。


「母さん……私、ちゃんと進めてるかな」


胸元の小さなペンダントにそっと触れながら、ティナはぽつりと呟いた。


この世界で、初めて見つけた自分の役目。

癒しの力と向き合う日々は、かつて夢にすら見なかったほど、充実していた。


「私、もっと誰かを癒せるようになりたい」


 


その頃、晴貴もまた、自室の机に広げた資料とにらめっこしていた。


「鉱山か……この前の試作第四型じゃ、たぶん追いつかないな」


湿度・粉塵・低酸素環境――特殊な現場での癒しには、新たな工夫が必要だった。


「フィールド用の耐振動加工……持続型結晶……」


思いついたアイデアを図にしながら、晴貴の表情は徐々に引き締まっていく。


 


その翌朝、空は快晴だった。


教会の門前に、馬車が一台止まっている。


「先生、地図と食糧、医療道具、全部確認済みです!」


「おう。あとは……腹をくくるだけだな」


ティナが勢いよくうなずく。


「行きましょう、ベルナ鉱脈へ!」


晴貴とティナを乗せた馬車は、石畳の道を静かに走り出した。


その背に、エルフリーデの鐘の音が、いつまでも響いていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

今回は癒しの実地テストから、次なる舞台“鉱山”への出発までを描きました。


晴貴とティナ、二人の関係にも少しずつ“師弟”らしさが出てきたかなと思います。

次話では、今までとは違う厳しい環境での試練と、現地での人間関係の葛藤がテーマです。

どうぞ引き続きお楽しみください!

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