007 負けからの覚悟
「ごはッ⁉」
まるでゲロを吐く時のように食道を何かが這い上がってくる。吐けば、目の前が真っ赤になった。血だ。オレが吐いたのか? こんなにたくさんの血を?
「ぐッ⁉」
ホーンラビットの体当たりの衝撃に尻もちを着くと、また食道を込み上げてきたもの吐き出す。さっきよりも大量の血が出た。
吐いたことで丁度自分の腹を見下ろす形になった。
「う……ッ」
オレの腹には、ホーンラビットの鋭いツノが半分ほど埋まっていた。
ホーンラビットは、オレの腹からツノを引き抜こうとしているのか、それともオレの傷を広げようとしているのか、ジタバタと暴れている。
「うわあああああああああああ!」
オレは右手のダガーをホーンラビットに振り下ろす。
ホーンラビットを倒そうとしたわけじゃない。オレにあるのは恐怖の感情だけだった。恐怖に突き動かされて行動しただけだ。
ホーンラビットの背中から腹まで突き破ったダガー。次の瞬間、ホーンラビットはボフンッと白い煙となって消えた。
「たお、せた……? ぁ……」
ホーンラビットの姿が消えると、腹にぽっかり開いた傷口が見えた。そこからじわじわと血が溢れてくる。傷に対して出血は少ないかもしれないが、血が止まる気配がない。
「そうだ、ポーション……」
オレは背負っていたバックパックから一本の試験管を取り出すと、コルクを外して腹にぶちまける。
すると、淡い緑の光が発生し、腹の傷がギュッと縮まっていくように治っていく。
「はぁー……」
オレはそれをみて本当に安堵した。鉄臭い溜息を吐く。冗談ではなく、本気で死んでしまうと思ったんだ。
よかった。リーズが初級ポーションを持たせてくれて本当によかった。じゃなかったらオレ、死んでいたかもしれない。
「ぺっ。はぁー……」
真っ赤に染まった唾を吐き、まだ鉄臭い溜息を吐く。今度は失望の溜息だ。
そりゃ、オレだってモブに転生したし、自分を強いと思ったことはない。でも、まさか第一階層のホーンラビット相手にこんな情けない戦闘を繰り広げるとは思わなかった。
ゲームだったら、ホーンラビットの与えてくるダメージなんて二とか三くらいだよ? なんでいきなり死にかけてるんだよ……。
それに、ゲームなら待っていれば自然と自分のターンが回って来た。その時、コマンドを押せば、その通りの行動をキャラがしてくれた。
だが、この世界はゲームの世界のように見えて現実だ。
待っていても自分のターンなんて来ないし、当たり所が悪ければ簡単に致命傷になる。
それに、自分から動かなければ何も為せない。
オレはホーンラビットを怖がって、体が硬直してしまった。
これはギーがモブだからとか関係ない。オレの気持ちが負けたのだ。
こんなことでは、リーズを支えるどころか足を引っ張ってしまう。そんなのは嫌だ!
「このままじゃあ、ダメだよな……」
なんとかしたいけど、こればっかりはオレ自身が慣れるしかないよな……。
「やってやる……! オレはやってやるぞ……!」
リーズはこのままではオレを置いてどんどんと立派になっていくだろう。オレもサポートするつもりだ。
でも、サポートするだけじゃダメなんだ!
オレ自身がリーズの隣に立つに相応しい人間にならなきゃ意味がない!
モブだからとか、言い訳はもう止めだ。
推しなんだろ? 惚れた女だろ? だったら、自分の手で守ってみろよ、オレ!
「ふっ!」
オレは立ち上がる。服には穴も開いているし、血塗れでひどい格好だ。血が足りないのか、若干フラフラする。
だが、そんなことは関係ない。オレの決意に揺るぎはない。
「やってやる! 絶対にリーズを一人にしない!」
オレが、ゲームでは独りぼっちだったリーズを救ってみせる!
そのためには、オレはリーズの重荷になっていては意味がない。オレはリーズにとっての頼れる人になるのだ。
オレは背中の矢筒から矢を取り出すと、緩く弓につがえる。
まずはホーンラビットに勝てるようになろう。今までの練習を思い出せ。
「はー、ふぅー……」
オレは深呼吸して覚悟を決めると、白いダンジョンの通路を歩き出す。
そして、すぐに標的は見つかった。
額から鋭いツノを生やしたダンジョン最弱のモンスター。ホーンラビットだ。
オレは素早く矢を構える。それと同時に、微かな音に反応したのか、ホーンラビットがこちらに全速力で向かってきた。その距離、残り八メートルほど。
「ふぅー……ッ」
息を吐き出し、息を止める。そして、よーく狙いを定めて矢を放つ。
矢は吸い込まれるようにホーンラビットに直撃した。
矢が当たった瞬間、ホーンラビットが後方に吹っ飛んでいく。そして、ボフンッと白い煙となって消えた。
覚悟が固まったのがいいのか、一度死にかけて緊張が解れたのか、それからオレは八割を超える弓の命中率でホーンラビットを次々と倒していった。
矢を外した場合も、ちゃんとダガーで対応できている。まだ攻撃を受けて怪我をすることもあるが、それでも最初の時よりは断然マシになった。
少なくとも怖気づいて動けないというのはなくなった。
この調子で強くなってやる!
オレはホーンラビットのドロップアイテムである手の平大の毛皮を拾いながら何度も覚悟を固め、その信念を強固なものにしていくのだった。
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