004 方針転換
「それよりリーズ、聞いてほしい話があるんだ」
「それよりって、もー。これも大事な話よ?」
リーズが溜息を吐きながら椅子に座った。その呆れた表情もかわいらしいとか、リーズは天使なのかな? いや、天使だね。そうに決まってる!
「リーズは今、初級ポーションを作ってるだろ?」
「え? そうだけど?」
リーズが首をかしげた。そんな素朴な行動までかわいい。リーズかわいいよリーズ。
だが、オレは今までのリーズの苦労を全否定するために口を開いた。
「それ、止めちゃおう。あんまり成功率よくないでしょ?」
「そうだけど……」
錬金術は、物を作るのに魔力(MP)を消費する。そして、成功した時しか経験値が入らない。錬金術を極めるには、如何に失敗なく物を作るかでだいぶ必要な時間が変わってくるのだ。
「だからまずは――――」
「でも私、ポーションを極めたいのよ!」
「ポーションを、極める?」
「ええ! あたしがもっと強力なポーションを作れたら、ギーも命の危険にさらされることもなかったから……」
「ふむ……?」
どうやらリーズは、オレが死にかけたことをかなり気にしているらしい。
しかも、ちょっと思い違いをしている。錬金術ではさまざまなアイテムが作れるが、ポーションばかり作っても、ポーションを極めることはできない。さまざまなアイテムを作り上げ、まずは錬金術の腕を上げるのが先決だ。
そうすれば、ハイクオリティなポーションが量産できる。このままポーションの製作に拘り続ければ、成長の機会を逃すばかりだ。なんでこんなゲームとは違う決意を固めているんだ? ――――あッ!
「これ、ヤバいんじゃね……?」
「ギー?」
そうだ。この世界では、オレは生きている。つまり、リーズはギーの喪失を経験していない。
リーズにとってまだ自覚はないかもしれないが、ギーはリーズにとって大切な人だ。だからギーを失った時、リーズはソウルイーターへの復讐を決意した。
ソウルイーターのことを調べ上げ、ソウルイーターに対抗するためにさまざまなアイテムを作ったのだ。
だが、この世界ではギーが生きている。だから今のリーズは、ギーを死なせないためにポーションの製作に拘っているんだ。
ゲームの時とリーズの進む方向性がズレている。このままでは、マズい。
リーズがソウルイーターへの対策アイテムを作らなければ、ソウルイーターを倒せない。もしかしたら倒す手段はあるのかもしれないが、ゲームの時のように少ない犠牲でソウルイーターを倒すことはできないだろう。
「まずはもっと簡単な、そうだなぁ、トウガラシ爆弾でも作ろうか」
初級ポーションを作るには、リーズの錬金術の技術がまだ足りていない。もっと簡単なレシピを回して、まずは錬金術の技術を上げないとな。
「トウガラシ、爆弾? でもあたし、そのトウガラシ爆弾のレシピを知らないわよ……?」
「大丈夫、大丈夫。オレが知ってるよ」
自慢じゃないが、オレほど『リーズのアトリエ~落魄の錬金術師と魂奪の魔王~』をプレイしたプレイヤーも少ないだろう。そんなオレは、錬金術で作るアイテムをすべて覚えている。もちろんアイテム制作に必要なアイテムも、完成ビジュアルも、フレーバーテキストも、すべてだ。その知識を使えば、レシピなんて簡単に想像できる。
それに、ゲームでは基本的にレシピは街の人たちとの交流を通して入手していく。人に教えてもらったり、錬金術の本を譲ってもらったり、まぁいろいろだ。
だが、実はもう一つ方法がある。錬金術アイテム制作画面で、知らないレシピでも正しいアイテムを選択すると、閃きで新しいレシピを覚えることがあるのだ。中にはこの閃きでしかレシピを覚えないアイテムも存在する。
「どうしてギーが……?」
「ちょっと小耳に挟んでね。そうだ。後で本屋さんに行って、欲しがってた錬金術の本を買ってこようか」
「えっ!? いいの!?」
リーズが目を見開いて驚いている。そんなリーズも素敵だ。
「お金はあるしね。買っちゃっていいんじゃない?」
「でも、これはギーのお金だし……」
「リーズがお金を貸してくれなければ賭けもできなかったからね。オレは十分貰ったから、あとはリーズに返すよ」
「こんな大金貰えないわよ!?」
あげると言うのだから貰っておけばいいのに。でも、そんな慎ましいリーズもいいね!
「じゃあ、こうしよう。これはオレたちパーティの資金にしよう」
「パーティの資金?」
「そう! パーティの活動に必要なお金をここから出せばいいよ。例えば、リーズの錬金術の研究費とか」
「でも……」
「大丈夫だって。オレも弓とかダガー買っちゃったしね。リーズも自由に使っちゃってよ。リーズの成長は、パーティにも必要なことだからね。リーズも早く強くなりたいでしょ?」
「それはそうだけど……。本当にいいの……?」
「いいの、いいの。はい、決定!」
「もー。今日のギーはどこか変よ……」
オレもちょっと強引だと思うけど、これぐらいはいいよね。ぶっちゃけ、主人公はオレではなく、リーズなのだし。オレよりもリーズの強化が最優先である。
「昼飯、できたぞー!」
その時、筋肉ムキムキな大男が食堂に顔を出した。この安宿『虎穴』の主人であるガエルさんだ。
「おう、ギーも帰ってきたか。昼飯、食うか?」
「はい! お願いします」
「ちょっと待ってろよー」
「あ! ガエルさん、卵ってどこで安く売ってる? 腐っててもいいんだけど」
「あん? 腐った卵なんてどうすんだよ?」
「卵の殻を錬金術で使うんだ。だから中身は腐っててもいいよ」
「ほーん。じゃあ、ニワトリ飼ってる奴らを後で教えてやるよ。まずは飯だ」
「はい!」
「ガエルさん、ありがとうございます」
リーズと一緒にガエルさんにお礼を言うと、ガエルさんがトレイにお皿を乗っけてやって来た。
「ほれ、シチューはおかわり自由だ。たらふく食えよ」
テーブルに置かれたのは、いつもの黒パンとクリームシチューだった。日本人の感性からすれば質素な食事かもしれないが、ギーの感覚ではご馳走である。
「いいの、ガエルさん?」
オレは思わず訊いてしまった。
食事代は一食銅貨三枚。それなのに他の店では銅貨三枚出しても食べられないようなクリームシチューが食べ放題。破格にもほどがある。
「気にすんな。ニワトリの肉が安かったし、母ちゃんが趣味で畑やってるからな」
このガエルさん、実はとある大商会の次男坊でかなりのボンボンなのである。この安宿も利益を求めず道楽で経営している状態らしい。
ガエルさんが孤児であるオレたちにこんなに優しくしてくれる理由もあるのだが、それはまぁ後ほどイベントがあるだろう。
とりあえず、今はガエルさんの道楽に乾杯だ。
「ありがとう、ガエルさん。さあ、食べようぜ」
「ええ。ガエルさん、ありがとうございます」
「いいってことよ」
黒パンはいつもどおり雑味がひどかったけど、クリームシチューは文句なくおいしかった。決しておいしくはない黒パンも、クリームシチューを付けて食べればご馳走に早変わりである。
やっぱガエルさんのご飯はうまいなぁ。見た目は筋肉タコ坊主みたいな人だけど、料理の腕はピカイチだ。
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