035 出発
決戦前日。
オレは一人で常宿にしている『虎穴』の自分の部屋で机に向き合っていた。
順当にいけば、オレの命も明日で終わりである。今日が最後の余暇なのだが、オレは自分の知る限りのことを羊皮紙に書いてリーズに残そうとしていた。
羊皮紙やインクはめちゃ高かったが、背に腹は代えられない。買ったよ。
「こんなところかな?」
隠しアイテムの場所や隠しレシピ、エンディングが変わるような大きな選択肢やその結果などなど、だいたい大まかなところは書けた気がする。
「リーズへのメッセージは必要かな? ……まぁ、いいか」
書きたい気持ちはある。オレはリーズのことが大好きだからね。それこそ無限に書きたいことが出てきてどんな話題にするか悩んでしまうほどだ。
しかし……。
オレがずっとリーズの傍にいれるのならメッセージを書いただろう。だが、オレは明日いなくなる身だ。死者の言葉は時として非常に重たい。オレはそんなものをリーズに背負わせたくなかった。
本当なら今日はリーズと一緒にいたかったけど、彼女は今日も錬金術に忙しそうだったので遠慮した。
それでもリーズを遊びに誘いたい気持ちはある。最後の思い出作りじゃないけど、リーズにオレのことを覚えておいてほしいと思った。
でも、そんなのはオレの我儘なんだろうな。
オレは明日には消滅する。なら、リーズとこれ以上仲良くならない方がいい。リーズが悲しむのは、オレの本意じゃないんだ。
元々、オレたちは出会うことはありえない奇跡なのだし、オレは一人のオタクとして遠くからリーズの幸せを祈るだけである。
そんなわけで、オレは一人自室で悶々と時を過ごしている。
なんだか気分がくさくさしてくるな。こんなことなら、早く明日になってしまえばいいのに。
「はぁ……」
オレは立ち上がるとベッドにダイブして横になった。
「これでいい。これでいいんだ……」
そう自分に言い聞かせるように呟いていた。
◇
ついに訪れたソウルイーター討伐作戦当日。まだ早朝だというのに、街の南の広場には露店や屋台が並び活気があった。
行き交う人の姿も多く、時折馬車も走っている。表面上はまだソウルイーターによる影響は小さいように思えた。
まぁ、ゲームのシナリオに比べたら、だいぶ早い時期にソウルイーターを討伐しようとしているからね。そのせいだろう。
オレたちはそんな広場の片隅に集合していた。
「おはよう、みんな。来てくれてありがとう!」
集まった『狼の爪牙』のメンバーにリーズが声をかける。
今回は臨時でリーズがパーティのリーダーの代わりに指示を出すことになっている。
リーズが仲間たちを率いてソウルイーターを討伐しに行く。なんだかゲームの展開通りになってちょっと興奮する。
とはいえ、リーズはオレたちとは別行動で錬金術をしていたから、オレたちに比べるとレベルがまだ低い。それに、初めてのパーティリーダーに戸惑うこともあるだろう。
オレがしっかり支えないとな。
「みんなが集めてくれた素材で、『護魂符』を作れたわ。これが『護魂符』よ」
リーズが複雑な文様の描かれたお札のような物をみんなに配り始める。
「これがあれば、ソウルイーターに魂を奪われないはずよ。絶対になくさないでね?」
「ああ」
オレは受け取った『護魂符』を服の中に入れた。これなら落ちることもないだろう。
それを見ていたギュスターヴもオレのマネをして首元から服の中に入れていた。
「こんな紙っ切れ一枚で、本当にどうにかなるのか?」
疑わしそうな顔で受け取った『護魂符』を見るジル。
まぁ、気持ちはわからんでもないが、それを今言うのは空気が読めていないな。
オレは『護魂符』の効果をゲームを通して知っているから安心だが、普通は紙を一枚渡されて「大丈夫だ戦ってこい」と言われるのはやはり不安に感じるらしい。
「ジル、オレたちが散々お世話になってきたポーションだって見た目はただの色水だろ? リーズの錬金術を信じろ」
「お? おう。そうだな!」
ジル、キミが単純で助かったよ。
「ギスケ、ありがとう」
「いいよ」
オレは礼を言うリーズに軽く手を上げて応えた。
「みんな、やっぱり不安はあると思う。相手は魂を奪う恐ろしい魔物だし、その対策もこんな紙切れ一枚だし……」
しゃべっているうちに不安になったのか、リーズが俯いてしまった。
声をかけようとすると、リーズが勢いよく顔を上げる。
「でも! 今回だけはあたしを信じてほしいの! ソウルイーターのこともたくさん調べたし、ちゃんとアイテムもたくさん作ってきた! だから――――」
そこまで一気に言うと、リーズは大きく息を吸い込んだ。
「だから、みんなの命をあたしに預けて。絶対、全員無事に帰ってこよう!」
「「「「応!」」」」
やっぱりリーズには人の心を纏める才能がある。そう感じずにはいられないリーズの決意表明が終わり、オレたちは街の南門から森へと繰り出したのだった。
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