032 オレの選択
きっとリーズも禁書を読んでそのことを知ったのだ。だからこんなに取り乱して悲しんでいる。
オレは震えるリーズにオレの考えを伝えようと思った。
「オレはね、リーズ。それでもいいと思っているんだ」
「ぇ……? だ、だって! このままだとギスケ、消えちゃうのよ!? 嫌よ! あたしはそんなの嫌!」
リーズは弾かれたようにオレの顔を見上げ、怒ったような顔でオレに叫ぶ。その目は涙で潤んでいて、リーズが本当にオレのことを心配しているんだということがわかった。
オレにはもうそれだけで十分だよ。
「でも、ギーの体は一つしかない。オレとギー、二人を助けるのは最初から無理なんだよ」
「そうだけど! でも!」
「リーズがこんなにもオレのことを心配してくれる。それだけで十分報われた気分だよ。嘘じゃないよ? オレはリーズのことが大好きなんだ」
「ッ!?」
しまった。言わなくてもいいことまで言っちゃった。
そりゃたしかにオレはリーズのこと大好きだよ? 愛していると言っても過言ではないね。人生で一番の推しなんだよ? 当たり前だね。
でも、もうすぐ消える奴からこんなことを言われてもリーズも迷惑だろう。
リーズにはギーがいるしね。
オレはゲームを通してリーズがいかにギーのことを想っているか知っているのだ。
オレは二人のために潔く身を引く覚悟である。
「その、なんだ……。とにかくリーズはギーのことを考えていればいいよ。オレの存在はそもそも異分子だからね。リーズはギーを助けることだけを考えるんだ。そのために必要な物はオレが用意する。用意するといえば、今日はすごいんだ。こっち来て」
「ギスケ? あ、ちょっと!?」
オレはリーズの手を取ると、食堂へと駆け出す。そこにはジルたちがいて、アイテムの山を見ていた。
「連れてきたよ」
「ちょっとギスケ、まだ話は――――え……?」
なにか言いかけていたリーズの視線がアイテムの山に釘付けになった。
「これ、ユミルの粘土? フェアリーの鱗粉にレッドアイ、マズルコウモリの羽、こっちには世界樹の苗まで!? すごい……」
さすがリーズだね。しっかり錬金術の勉強をしているみたいだ。このアイテムの価値もわかっている。
「希少な錬金術のアイテムばっかりだわ……。これ、どうしたのよ!? まさか、盗んできたの!?」
リーズはなにを思ったのか、オレの襟元を掴んでキュッと絞めるとそのまま前後に激しくゆすり始めた。息が苦しいし、視界がガクガクと揺れて非常に気持ち悪い。
「ちょ、ちょっと待って!? 出ちゃう! 出ちゃうから!」
「吐きなさいよ! どうしたのよ、このアイテムの山は!?」
「もら、貰ったんだ!」
「貰った!? くれる人なんているわけないでしょ! 全部売りさばけば、一生遊んで暮らせるお金になるのよ!?」
「へぶぅ……」
「ちょっと待てよ、リーズ。これは本当に貰ったんだ」
いよいよ吐いてしまうというところで、ジルがリーズの腕をとめてくれた。ありがとう、ジル。オレは初めてジルがパーティリーダーだったことに感謝しているよ。
「とりあえず、ギーを放してあげたら? そろそろ顔色がまずそうよ?」
「え? あ! 大丈夫!?」
イザベルの言葉でオレの顔を見たのか、リーズは慌てたようにオレの襟元から手を放した。
「げはッ、ごはッ、な、なんとか大丈夫……」
「ごめんなさい……。てっきりまた前に賭博場行ったみたいにあたしに内緒で泥棒でもしてきたのかと……」
「そんなことしないよ……。これは本当に貰ってきたんだ。リーズはゴーレム屋敷って知ってる?」
「ゴーレム屋敷? 街の外れにある遺跡よね? それがどうかしたの?」
「そこのゴーレムに貰ったんだ」
「え……。どういうこと?」
「嘘じゃないよ。ちゃんと証人もいる。な? ジル?」
「ああ! 嘘みたいだけどマジなんだ。ギーがあのでっけーゴーレムになにか言うと、屋敷からちっちぇーゴーレムが出てきてアイテムをくれるんだぜ」
「なにそれ……?」
ジルの話を聞いてもいまいち理解ができなかったのか、リーズはコテンと首をかしげていた。そんなリーズがかわいくてムズムズする。
「本当にどこかから盗んできたわけじゃないのね?」
「もちろんだよ」
力強く頷くと、リーズは全身から力が抜けたようにぺたんと座り込んでしまった。
「はぁー……。もー、心臓に悪いわよ……」
「ごめん、ごめん」
「話は終わったか? んじゃ、飯にするぞ!」
話が一段落したと思ったのだろう。ガエルさんが厨房から大きな寸胴鍋を持って食堂に現れた。
おいしそうな匂いがここまで漂ってくる。今夜も期待できそうだね。
「私たちはそろそろお暇しましょうか」
「あん? お前らも食ってけよ。うまいもんは大人数で食った方がうまいからな!」
「ですが……」
「あん? 俺の飯が食えねえってか?」
そんなことを言うガエルさんに押されるようにイザベルたちもテーブルに着いた。
この日の夕食は丹念に煮た子牛のスープだった。めちゃくちゃおいしかったよ。
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