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024 クレマンスのイベント

 次の日の午後。オレたちはクレマンスの本屋へとやって来ていた。


 次のレシピ本を買うためのお金が集まったわけではない。クレマンスの様子を見に来たのだ。


「クレマンスさん、大丈夫かしら……」

「…………」


 オレとしては早くイベントが起きてほしいところだがな。まぁ、クレマンスを心配する気持ちがないわけじゃないけど。


「クレマンスさん、いるー?」

「あれ?」


 ドアを開けて薄暗い本屋の中を覗くと、いつもの番台にクレマンスの姿がなかった。店は開いてるんだが……。どこ行ったんだ?


「どこ行ったのかしら?」

「さあ……。ん?」


 その時、オレは床になにか落ちていることに気が付いた。


「何だこれ……お?」


 紫色の袋みたいだが、持ってみるとかなり重たく、ジャラジャラ音がする。まるでお金でも入って……ん? 思い出した。


「これって、クレマンスさんのいつも持ってる財布じゃね?」

「え? 何で財布だけ落ちて……あ!」


 リーズがまるでなにかに弾かれたように背伸びして番台の向こうを覗き込んだ。


「いた! 倒れてる!」

「倒れてる? ……クレマンスさんか!」


 急いで番台の裏に回ると、クレマンスが胸を掻き毟るような状態で倒れていた。目をきつく閉じ、意識はないように見える。一目で素人にはどうしようもない状態だとわかった。


 だが、オレは慌てない。むしろ、やっとイベントが起きたのかといった感じだ。


 そして、昨日のうちに情報を共有したリーズも取り乱したりはしていなかった。


「早く助けないと!」

「リーズ、治療だ。今朝調合した薬を」

「ええ!」


 リーズが薬の準備をしている間に、オレはクレマンスさんの上体を起こす。


「クレマンスさん、大丈夫? 意識はある?」


 大声で呼びかけると、瞼がピクピクと動いた。ゆっくりとその瞼が浅く開けられる。だが、それだけだった。単に声に反応しただけなのか、意識はあっても朦朧としているのかもしれない。


「準備できたわよ!」

「ああ。 クレマンスさん! 聞こえる? 今から薬を飲ませるから! リーズ、どうすればいい?」

「そのままクレマンスさんの体を立てておいて。その間にあたしが薬を飲ませるから!」

「わかった」


 リーズがクレマンスの口に漏斗のような器具を差し込んで、緑色に輝く薬を漏斗に垂らしていく。薬は蜂蜜のようにトロリとしていた。もしかしたら、リーズはこうなることを想定して飲みやすいように改良してくれたのかもしれない。


 それから数分、リーズがクレマンスに薬を飲ませると、これまで苦しそうだったクレマンスの顔が穏やかな表情を浮かべていた。


「もう大丈夫?」

「いったんはね。完治には時間をおいて何度か薬を飲ませないといけないの。とりあえず、教会に運んで診てもらいましょう」

「わかった。オレがクレマンスさんを背負って行くよ」


 オレとリーズはクレマンスを連れて教会の門を叩いた。


 修道士は意識のないクレマンスを診て、神聖魔法を唱える。まぁ、体力回復のための魔法で、病気自体は魔法では治せないけどね。そのための薬であり錬金術である。


「ねえ」

「ん?」


 クレマンスが目を覚ますまで待とうと教会の聖堂に置かれた長椅子に座ると、リーズが隣に座って話しかけてきた。


「本当にクレマンスさんが倒れてた。あなたの言う通りだったわ……」

「まぁ、今日倒れるまではわからなかったけどね。ちょっとできすぎかな」

「でも、あなたは知っていたんでしょう?」

「まあ、ね……」


 そりゃあ、オレは何度もゲームをプレイしたからすべてのイベントも覚えている。当然、クレマンスのイベントも覚えていた。


 オレの言葉を聞いて、リーズは考え込むように下を向いた。そして、しばらくすると、ゆっくりと顔を上げてオレを見る。その赤い瞳は真剣そのものだった。


「いいわ。あなたの言うこと、信じてあげる」

「いいの? オレがリーズを騙すかも……」

「本当に人を騙そうとする人はそんなこと言わないわよ」

「…………」


 たしかに、オレにはリーズを騙す理由もないけどさ。すぐに人を信じちゃうリーズに少しだけ不安を感じる。


「なんか心配だなぁ。そんなにすぐに人のことを信じちゃダメだよ?」

「赤の他人だったら信じてないかも。あなただから信じるのよ」

「そ、そう?」


 リーズがあまりにもまっすぐ言うものだから、オレはちょっと照れ臭くなった。


「そういえば……」

「どうしたの?」


 リーズが困ったような情けない顔を浮かべて口を開く。


「あたしはあなたのことなんて呼べばいいの? ギーじゃないのよね?」

「ああ……」


 そういえば、まだオレの名前を告げていなかったっけ。


「オレは巻野まきの義助ぎすけっていうんだ」

「マキノギスケ……?」

「巻野が名字で、義助が名前だね」

「苗字って家名のこと? 家名があるなんて、お貴族様だったの?」

「いや、普通の平民だよ。よかったら義助って呼んでよ」

「わかったわ。これからもよろしくね、ギスケ!」

「ああ……」


 これからも、か。どういう形になるかはわからないけど、たぶん、オレはギーを助けたらこうしてリーズと話せるようなこともないだろう。なんとなく、そんな気がした。

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