014 本屋さん
「そうだ! リーズ、本を買いに行こう!」
アルケミストリングを手に入れた日から数日。安宿『虎穴』の食堂で朝食を食べている時、オレはあるイベントを思い出した。
「本?」
コテンと首をかしげるリーズ。そのかわいさといったらもう宇宙だ。
「そう! 近くに本屋さんがあったろ? そこで錬金術の本を買おう」
本屋さんで錬金術の本を買うのは、もっとも手軽な錬金術のレシピを手に入れる方法だ。
今買えるのは、初級錬金術の本だ。そして、初級錬金術の本を買うと、次は下級錬金術の本が店に並び、その次は中級、上級……とどんどん錬金術のレシピ本を買っていくのだ。
そして、本屋さんの好感度を上げていき、最終的に店に封印されていた禁書を譲ってくれるようになるのである。
オレ自身はレシピをすべて覚えているけど、オレがそこまで錬金術に詳しかったらリーズも不審に思うだろうしね。なるべく普通の手段で錬金術のレシピを増やしていきたい。
……いつかはギーのことを打ち明けなくてはいけないけど、まだ決心がつかないんだよなぁ。このままじゃいけないとわかっているのだけど、リーズに嫌われるのがひどく怖いんだ。
「そうだけど、この前もお金をたくさん使っちゃったし……」
リーズが迷うような仕草を見せた。
ギーもリーズも孤児院の出身だ。お金の大事さは身に染みている。レシピ本は欲しいが、大事なお金を使うのに抵抗があるのだろう。
「大丈夫だって。リーズも初級ポーション作れるようになって稼げるようになったし」
冒険者のいっぱいいるダンジョン都市だからか、ポーション類はよく売れるんだ。冒険者ギルドで薬草を買って、ポーションを作って、冒険者ギルドに売るだけの簡単なお仕事である。
アルケミストリングのおかげか、リーズも錬金術の腕も上がってきたし、そろそろ本を買ってレシピを増やしてもいい頃だろう。
「リーズ、この前の防具を買ったのと同じだよ。いつか買う物だし、それなら早い方がいい。それに、自分への投資をためらっちゃいけないよ」
「投資?」
「そう、投資。今よりもっと良い未来を掴むために自分にお金を使うことだよ」
「投資……。今よりも良い未来……」
「そうそう。さっそく行こう。善は急げってね」
「あ、ギー!?」
オレは椅子から立ち上がると、リーズの手を引いて立ち上がらせ、その背中を押して『虎穴』を後にした。
◇
「もー。最近のギーは少し強引よ?」
「ごめん、ごめん。でも、そろそろリーズには必要になる頃だと思って」
そんなオレとリーズがやって来たのは、古びた外観の洋館だ。壁をびっしり蔦が覆っていて、緑の壁のようにも見える。ここがこの街唯一の本屋さんである。
「入ろう」
「ぁっ!」
オレはリーズの手を掴むと、さっそくとばかりに緑の壁にぽっかり浮かんだドアを開ける。
本屋さんの中は薄暗くてジメッとしていた。所狭しと本棚が置かれ、たくさんの本が並んでいるのが見える。
「えっと、店長はっと……」
「いらっしゃい」
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
本屋さんの店長を探した途端、真横から声をかけられてビックリしてしまった。視線をそちらに向ければ、薄暗い店内の中でネコのように瞳を輝かせた老婆がいた。
どうでもいいけど、リーズの悲鳴かわい過ぎんか? 惚れてまうやろ!
「イーヒヒッ。あたしはクレマンス、この書店の主さ。あんたら、金はあるのかい?」
よく見れば、クレマンスと名乗った老婆は黒いローブと三角の折れ曲がった帽子を被っている。まるで魔女のような格好だ。ゲームでも同じような格好をしていたのを覚えている。
「オレはギー、こっちは……」
「リーズです」
「リーズのための錬金術の本を探してるんだ。金ならある」
「イーヒヒッ! そうかい、そうかい! まずは金を見せな」
「ああ」
やっぱりゲーム通り、お金が大好きみたいだな。
オレは若干の呆れを感じながら、クレマンスに財布の革袋を渡した。
「ほお、重たいね。あんたら、なにか悪さでもしたのかい?」
ゲームの通りなんだけど、真っ先に犯罪を疑われるってかなり失礼なんじゃね?
そんな言葉を飲み込んで、オレは口を開く。
「賭博で当てたんだ。それで? 本は売ってくれるのか?」
「イーヒヒッ。金があるなら誰にでも売るよ。ここはそういう書店さ。錬金術の本だったね? ちょっと待ってな」
そう言って、クレマンスが書店の奥へと向かう。たぶん、本を取りに行ったのだろう。
しばらくすると、クレマンスが一冊の分厚い本を持って帰ってきた。
「ヒヒッ。これでいいね? お代は金貨三十枚だ」
「さんじゅッ!?」
あまりの金額にリーズが思わず叫んでしまったようだ。さすがリーズ、驚いた顔もかわいいなんてこっちが驚いてしまうよ。ぷりちー。
まぁ、おおよそになるけど日本円にして百二十万くらいだから驚くのも無理はないよね。
でもこれ、わりと適正価格だったりするんだよねぇ。
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