03 宣言
そよ風を感じながら、小屋のそばに椅子を出して少しくつろぐ。今はあの村から家に帰ってきて寝た後、日の出後に起きてきてただゆっくりしている時間だ。
いつもは剣の鍛錬前で、ただ退屈を感じながら薪を割る時間だが、今日は少し気分がいい。
大量の兵士の見学を終えた後、おっさんの家で食べた飯はとにかく美味かった。
魔物ではあるが、ウサギ型ということでウサギとほぼ味は変わらない。それでも、調理の仕方は本当に良かった気がする。
狩人だからかはわからないが、肉の旨みを活かすような、そんな調理だった。おかげさまで、久しぶりに文化的な食事ができた気がする。
この頃食べていたものは、そのほとんどが干し肉と山で採った果実くらいで、到底文化的とはいえない。
キマイラの肉が小屋にかかっているが、どうも食べる気は起きない。
今後村まで降りる機会を増やしてみるか。そのうち、村の方で住むのもありかもしれないな。
そんな風にせっかくいい気分でいたところに、厄介ごとの予感がした。
山の中腹以上の森にかかっている霧は、俺が魔術でかけたものだ。その霧に、明らかにおかしい反応があった。
この霧は、魔物避けにも、何か異変があったらその大体が伝わってくる、自作の便利な魔術だが。今回はおかしい。
10000近くの人間が、尾根伝いに迷うことなく、俺の元まで向かってきている。
それだけの数が一度に動いているとすれば、思い当たるのは村に駐屯していた兵士たちしかない。それでも、村にいたのは5000ぐらいだったはずだ。
考えられるのは、どこかで分かれていたのと合流したかということだ。
村のおっさんが言っていたのは、勇者を惨殺した悪魔を討つ、だったか。
であれば、関係のない俺のところまでまっすぐ向かってきているのは、悪魔への経路の途中に俺の家があるということか。
こんなところに暮らしているのもあって怪しまれるだろうが、ここは手土産でも渡してそれ以上は関わらないでおこう。
それにしても、これだけの人数で森の中を移動したら、魔物を刺激して襲われると思うが、魔物よけの何かでもあるのだろうか。
なんにせよ、魔物を引き連れてこないことを願おう。
別にこの森の魔物如きに殺されるようなことは万が一にもないが、迷惑だからな。
「とにかく、何かしらの準備をしておくべきか」
兵士たちはもう少し、本当にもう少しでここに到着するだろうが、食糧を用意するべきか。今あるのがキマイラの肉のみでも、足しになればそれで問題ないはずだ。
「見つけた……絶対に、許さないッ!」
キマイラの肉を小山で取りに行こうと思った瞬間、後ろからそうブツブツと呟くのが聞こえた。
急に現れた人間に許さないと言われる原因はないはずだが。あるいは俺のことを悪魔だと勘違いしているのか。
「囲め!」
最初に出てきていた兵士の掛け声で、後から来た全員が、周りを囲んでいく。
まるで悪人として扱われているようで、とても不快だ。
俺を囲んで立ち止まると、そのまま剣先を全員が俺の方に向けてきている。せっかく人が気分良くなっていたというのに、厄介ごとの予感は的中か。
「あーー…なんとういうか、その剣を下ろしてくれないか? 何もしていないのに襲われる意味がわからない」
本当に意味がわからない。この目の前の兵士たちは何がしたいのか。
それに、そもそも俺のことは村で見ているはずだ。その上で剣先を向けてきているのなら、相応の理由を教えて欲しい。
「貴様……とぼける気か! 私の、我々の希望を奪っておいて……とぼけるとは、やはり魔族には誇りというものはないらしいな!」
今俺のことを魔族だと言ったのか。だとすれば見当違いもいいところだ。一度、老けないことに疑問を持って自分の体を隅々まで調べたが、人間であるのは確実だ。
本当に何が起こっているのかも、話の先も見えてこない。
だが、説得は無理だということはわかる。先頭で指揮している奴といい、俺に剣先を向けている奴といい、兜越しでも目が地走っていることがよくわかる。
もし万が一、俺が奪ったらしい希望がいたとして、今まで殺して来たのは全て正当防衛だ。何も責められるようなことはしていない。
一応最後に説得はしてみるが、それでも無理そうなら魔術を放って逃げるとしよう。
愛着はそこまでないとはいえ、1000年近く住んでいた場所を離れるのは心苦しいが。
「本当になんのことかわからない。もし今まで殺してきた中にお前らの言う希望がいたなら謝ろう。だが、全て正当防衛だ。まずは話を──」
「かかれッ!」
その掛け声で、周囲から一斉に剣の先が俺に向かって突撃してくる。それも、魔物が大量にいるこの山で暮らしてきた俺が、少し恐怖を感じるほどの顔で。
とにかく、これで俺の取る選択肢は一つに絞られた。
先に攻撃して来たのはこの兵士たちだ。正当防衛ではあるはずだ。
「せいっ」
手を薙ぎ払うようにしながら、踵を中心に一回転する。それと同時に風魔術を発動させ、そのまま全方位に向かって放つ。
これで出来た隙に、全速力で逃げる。それでもまだ追ってくるようなら考えものだが、今はこれでいい。
そう思ったが、魔術を発動した直後、あたりに金属音が響いた。
「マジか……」
思わず、驚愕の声が漏れた。
あたりには、首や胸から上、それとそれらがない胴体。つまるところの死体が大量に転がっていた。
あたり一面真っ赤な血の海なところは、まさに地獄絵図という感じだ。
いやそれよりも、魔術に対する耐性のある鎧だったはずだ。それだというのに、俺がただ魔術を発動させただけで、あたりの兵士は全滅していた。
行儀良く、丁寧に俺の周りを囲んでいたおかげで、一人残さず地面に突っ伏している。
これで逃げる必要は無くなった。
それにしても、1000年の鍛錬で思ったよりも魔術が上達したらしい。少し誇らしく感じるな。
とはいえ、襲ってきた理由は聞いておきたかった。
生きているのがいないか探してみると、いた。全体の指揮をしていた奴だ。死んだふりをしているのかはわからないが、動こうとしない。呼吸の音が殺せていないから、すぐわかるが。
「おい、頭を上げろ」
周りの惨状が惨状なこともあって、今後のための練習も兼ねて演技を交えてみようと思い、少し威圧的に話しかけてみた。
当然ではあるが、声もかけても頭を上げようとする気配はない。
そう思い兜を持ち上げてみると、ずっと隠れていた顔が見える。なかなかの美人であることに感心しかけたが、今はそれよりも聞かなければならないことがある。
「なんで俺を襲った。答えろ」
演技を交えようと思っていたが、思ったよりも素で威圧的な声が出る。
いきなり理由も告げられずに襲われた挙句、自分の住んでいる場所を汚されたんだ。怒るのは当然か。
「貴様が……貴様が魔王ではないのか……」
魔王、今魔王と言ったのか。頭の中が疑問で埋め尽くされる。
何を言っているのかがわからない。
「なぜ、俺が魔族だと思った」
なんとなく、人間だということは告げない方がいい気がした。なぜかはわからない。
「貴様の黒い魔力を見れば、誰でもわかる。魔王でないのならば、なぜ……」
黒い魔力と言われて、久しぶりに思い出した。ちょうど250年くらい生きたあたりからか、魔力が黒くなり始めた。
特に気にも留めていなかったが、それで魔族と判断されたのか。
角も翼もないが、魔力だけで判断されるとは。
「勇者を殺した貴様は世界の敵だ。逃れられると思うなよ……」
憎しみに満ちたような消えかけの声で告げてくる。勇者を殺したというのも、世界の敵になったというのも、全く身に覚えがないが。
しかし世界の敵か。いいな、それ。
10000もの数を使って殺しに来たということは、俺が世界の敵として、すでに多方面に認知されている可能性がある。
それに、逃れられると思うなよ、か。
送られてくる兵士なんかをその都度殺すこともできると思うが、面倒臭い。もちろん、魔術で姿を偽装すればなんとかなるかもしれないが、バレる可能性もある。
となれば、いっそ逃げる必要をなくしてしまうべきか。
世界の敵。すでに世界の敵として認識されているのなら、むしろ世界の敵として、世界を相手にしてみるのもいいかもしれない。
今まで剣と魔術を鍛錬して来たんだ。その成果の確認もしたい。
それに何より、ずっと暇で退屈していた俺にとって、いい刺激になるはずだ。世界を相手取る、きっと楽しいはずだ。
「そうか……」
世界の敵として、世界を相手にしながらできるところまでやる。もちろん目標は世界を滅ぼすことだ。
人族だけでなく、魔族も相手にしようか。世界の敵なんだ、それくらいはやる。
せっかく魔族として勘違いされているなら、その認識を少し借りよう。
「いいか、よく聞いておけ。俺は世界の敵だ。人族も魔族もどちらも滅ぼす偉大な大魔族だ。戻って伝えろ、俺が世界を滅ぼすと。猶予は……次の新月までだ」
ちょうど昨日が新月だ。猶予は1ヶ月。長い暇つぶしになりそうだから、こちらも多少の準備はしておきたい。
「何をしている、さっさと行け」
呆けているその兵士を追い出す。何かをブツブツ呟いていたが、大丈夫だろう。
しかし、世界を滅ぼすといってもどんなことをしようか。
そうだ、何をするにしても盛大な暇つぶしなんだ。とにかく楽しむことを第一にしていこう。
こうして、俺の世界を滅ぼす話は始まった。
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