29 決着
一瞬の交錯の直後、ファルスは風魔術で吹き飛ばされる。そのまま地面に叩きつけられ、少なくとも肋の一本は折れていた。
Sランクの魔物を召喚するために大量の魔力を消費したが、まだエヴァニスの全快の時と同等の魔力が残っている。
とはいえ、魔石を破壊した以上、それより回復することはできない。その上、大魔族の今まで使っている魔術は、全て魔力の消費効率が悪い。このまま消耗線に持ち込めば、勝つことはできる。そうであるはずだった。
「……惜しかったな」
その手には魔石が一つ、握られていた。
何があったのか。エヴァニスはそれを考えようとするが、考えずとも、すぐにわかることであった。
ただ単に、大魔族はその交錯の寸前、腰につけてある魔石のうちの一つを取っただけだった。
不敵に笑いながらそれを握りしめると、一気に魔力が回復する。
「さて、今から俺は大魔術を行使させてもらおう。あぁ無論……君たちがそれを阻止しようとするのは当然だ。してくれて構わない」
上から、ただ弱者に告げるようにそう言った。
「魔力があまり残っていない以上、魔術を行使した後は退散するさ。もしその魔術で君たちが死ななかったのであれば、今日は君たちの勝ちで構わない」
言い終わると同時に、大魔族の魔力量が半減した。
エヴァニスの全快の時と同等以上の魔力量。それが一瞬で消えた。
〔ヴォォォォオオアアアア!〕
森の奥からの絶叫。
ありえない。その場にいる全ての冒険者がそう思った。
だが、森の奥から飛来し凄まじい速さで近づいてくるそれは、紛れもなく、竜であった。
死んだ存在を、完全に生き返らせることはほぼ不可能である。死んだその時に、魂は死者の都へと向かう。それを防ぐには、結界、それも神のみが作れるほどの結界で魂を逃さないようにすることが必要になる。
では、魂が完全に抜けた存在を、魂の抜け殻として蘇生することは可能か。可能である。
「嘘……だろ」
魂の抜け殻となった竜に魔力を与え、全ての傷を癒した。それにより今竜は、大魔族の命令を多少聞く、狂乱の竜と化している。それを確認した大魔族は術式の組み上げを始めた。
魔術の効果を決定する要素として、節と言うものがある。節は増えるほど対数関数的に増加する。そして、いくつもの節によって組み上げられる魔術は、大魔術と呼ばれる。
大魔術の威力は、エヴァニスの使う第6位階の魔術などが当てはまる。
だが、節が一定数を超えると、対数関数的に増加していた威力は、急に跳ね上がる。その一定を超えた魔術は、山を一つ吹き飛ばすことも、街を一つ地図の上から完全に消すこともできる。
もちろん、その魔術を発動させるには、膨大な魔力量と、長い構築時間が必要になる。神代で、神々が行使したとされていることから、そのような魔術は神代魔術として扱われる。
大魔族は、そんな魔術を発動させようとしていた。
「お前ら全員退がれ! 邪魔になる!」
ニルドがそう叫んだ。今この場にいる冒険者は、そのほとんどがベテランと言える。
瞬時にその言葉が事実であることを理解して、街に被害が出ないよう、門の近くまで向かう。
竜はすでに、ニルドたちの目の前まで来ていた。
「やるぞクソッ!」
ニルドが竜の足に斬り掛かる。腕力と、今日研いだ大剣の力で、竜の足はわずかに傷つく。
だがそれも、龍に対しては人が指先を少し切る程度のものにしかならない。
エヴァニスが竜と大魔族、両者の気を引きつけようと、魔術を叩き込む。が、どちらに対しても効果はない。
竜の鱗は、魔術を拡散させる。帝国の秘宝の中にあると言われる魔剣は、そんな竜の鱗で作られた対魔の剣である。
そんな相手に有効打を出す方法は、逆鱗の裏を突き刺すか、拡散できないほどに強い魔術を打ち込むかの二択だ。
しかし、後者はエヴァニスにとって不可能である。ここまでの連戦で何度も魔術を発動させたエヴァニスには、大魔術を行使できるほどの魔力が残っていない。
できることといえば、気を逸らす程度の魔術の連発と、それによるニルド、ファルスの前衛の援護のみ。
ファルスも、全力で剣を振るうが、剣が軽い上に腕力もニルドほどあるわけではない。そんな攻撃では、鱗にちょっとした傷を入れることが関の山だ。
竜に対してダメージを与えられるのはニルドだけという絶望的な状況。それを打破するには、大魔族を直接殺す以外、方法はなかった。
エヴァニスが魔術を発動した瞬間、竜の体が大きく回る。
「グウッ!!?」
大魔族を直接殺す、エヴァニスはフューズにそれを託していた。
そのために、たいして効果もない魔術を連発し、竜の気を少しでも自分の向けようとしていた。隠蔽魔術もかけ、完璧に近づいたはずだった。
それを竜は尾で軽く薙ぎ払い、その希望を潰した。
剣で少し受け流したようにも見えたが、今までのように戦うことは、今後はできないだろう。
「ああああぁぁぁぁああ!!」
残された手段は、もうない。それを受け入れまいと、狂気に満ちたように魔術を連発する。
大魔族の組み上げる術式は、あと半分ほどで完成する。その上、即座に魔術を発動できるよう、術式を構築した側から魔力を流している。
もしその魔術が行使されたのであれば、街にいる人は、一人残らず、跡形もなくなる。
たとえその後に増援としてやってきた冒険者がこの大魔族を倒したとしても、街は元に戻ることはできない。
街の建物どころか、人が誰もいないのだから。
ニルドもファルスも、いまだに竜への攻撃をやめようとはしない。
エヴァニスには、定められた運命に抗い無駄なことをしているように見えた。それは、エヴァニスも同じだった。
それに気付き、魔術の連発をやめると、ファルスが走ってきた。一瞬ではあるが、それをただ眺める。諦めるなとでも言うのだろうか、そう考えながら。
「土魔術で、一瞬でいいので竜を拘束することはできますか。その隙に、僕が仕留めます!」
それだけ言うと、再度竜の元まで向かっていく。
ファルスのその言葉に、エヴァニスの心は動かされない。動かされないはずだった。エヴァニスはもう、諦めようとしていたはずだった。
それでも、ファルスが最後の希望に見えていた。
気付けば、竜を拘束するべく、魔術を行使しようとしていた。魔力が枯渇しかけていることに気づき、いつも予備にと入れておいた魔石をポケットから取り出す。
大魔族の使っている魔石とは比べ物にならないが、多少の回復ができた。
拘束するのは首と足。それだけを決め、魔術を発動させる。
一瞬にして竜の足は岩に埋もれ、逆鱗から下の首は、その岩によって完全に拘束されていた。
「今日僕にできる最後の魔術だ」
ニルドとファルスがエヴァニスの方を振り返り、笑った。エヴァニスには、それだけで十分に思えた。
竜が拘束されたことを確認し、ファルスが竜の背中まで駆け上がる。
それを阻止するべく、竜の尾が背中に叩きつけらようとするが、その尾の経路には大魔族がいた。
尾の先が飛び、竜の頭に直撃する。
その隙に、ファルスはうなじまで駆け上がると竜の顎の下に出て、喉元にある逆鱗を攻撃しようとする。
しかし、そこには開かれた竜の口があった。
全ての竜が生まれ持ち、文字通り息をするように発動できる大魔術であるブレス。普通であれば、顎の下という超近距離をブレスで攻撃するようなことはないが、その竜は狂乱化していた。
だが、そのブレスはファルスを直撃することはなかった。その間に、ニルドが割って入った。とてつもない威力であるブレスを、大剣で受け、地面に叩きつけられる。
竜のブレスの直撃を免れたファルスが、逆鱗の裏に剣を突き刺していた。
逆鱗の裏を突き刺された竜は、人が首を切られたのと同じように、なすすべなく倒れ込む。
ファルスは、竜の頭が地面につく直前で剣を抜き取り、大魔族のところまで飛び上がる。
術式は組み終わっていない。ここで術式の構築を阻害すれば、最初からになり、今まで流した魔力は全て霧散する。
つまるところ、大魔族は魔術を発動できずに終わる。はずだった。
『轟け』
一言、そう呟いた。エヴァニスには、その意味が理解できた。
大魔族は術式が完成しないと判断し、術式の最後を、詠唱でもって組み換えたのである。
「伏せて!」
エヴァニスはそう叫ぶと、残る魔力を全て使い、結界を構築する。
魔術が発動しようとしている座標を囲み、大きな壁を作るように、魔術の発動までの時間にできうる限りの層を重ねた。
僅かの1秒程度。その時間で、12層もの結界が構築されていた。
その直後、爆音と共に衝撃波が伝わる。大魔族は、特大の炎球の術式の威力を衝撃波にするように術式に変更を加えていた。
術式の構築が終わらなかったとはいえ、大魔術を超える威力の衝撃波は、いとも簡単にエヴァニスの構築した結界を破壊した。
爆音が鳴り止み、エヴァニスが顔を上げる。
街は壁が崩れているが、奥の建物は無事に見える。ニルドもファルスも、そしてフューズも、重傷を負っているが、生きている。
そして、大魔族は姿を消していた。大量の魔力を消費した以上、活動をしないはずだ。
エヴァニスの心の中に、喜びが湧き上がる。
「っ!」
拳を握りしめて、天に突き上げる。
「終わった……」
エヴァニスはそう一言呟いた。
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