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26 大魔族

 今エヴァニスから見えているだけでも、50近くの数がいるヘルハウンドの群れが、街へ一直線に向かっている。見えた瞬間に吹き飛ばしたとはいえ、全てとは行かなかった。


 ニルドらは、真っ向から向かっていき、そのまま入り乱れるように戦闘状態に入った。

 エヴァニスもそこに向かおうとする。現状、ニルドとエヴァニスが、この場での思考戦力であることには他ならないからだ。

 また、片腕を失い、街へ帰させた戦士の冒険者に足しては、増援を頼むように伝えたため、それなりに持ち堪えられる。そうエヴァニスは考えていた。


 今、交戦状態にある50ものヘルハウンドの群れは、Aランクの上位帯として扱われる。単体でBランク上位もあるのが集まっているのだから、当然である。

 その上、統率された動きをするヘルハウンドであると考えても、それ以上に統率された動きをしているのを見るに、竜を殺した大魔族が指揮していると考えられた。


 「エヴァニス! 今から十で全員離脱する! そのタイミングで爆裂術式を打ち込め!」


 ニルドが叫んだ。すでに声を上げてカウントを始めている。

 その意図を全て理解した上で術式の準備を始めるまでに2秒。残り8秒で、できうる最大の爆裂術式を発動させることは、エヴァニスにとってはそう難しいことではない。

 エヴァニスは残された少しの時間で、第6位階、規模にして街の一角を簡単に吹き飛ばせる威力の魔術の術式を組み上げる。


 あと三。術式はほぼ完成し、座標設定のみになる。


 あと二。座標設定も完了し、魔力を流し始める。ニルドたちは、すでに散開を始めた。


 あと一。魔力を流し終え、発動させるのみになる。


 「いくよ!」


 その掛け声と共に、エヴァニスは魔術を発動させた。森の裾の一帯が完全に吹き飛び、爆風が吹く。しかし、その魔術にはわずかな誤差が生じていた。

 戦闘が始まってから、エヴァニスが常に張っていた魔力感知の索敵半径の中に、ずっといた黒い魔力の塊、それが一気に増大したためである。


 「ゼアッ!」


 ニルドが、魔術では殺しきれなかった2体のヘルハウンドを切りつけた。

 なぜ、なぜ殲滅しきれなかったのか。エヴァニスは自分にそう問いただしたが、理由は元から知っている。だが、それよりも。


 「ニルド! まだ来てる! それも全部Aランク以上!」


 魔力感知の範囲内に、激流のように入っていく大きな魔力。速度、大きさ、量から、全てがAランク以上だと言うことはすぐにわかった。

 その中には、昨日エヴァニスたちが見たバジリスクや、キマイラなんかもいるだろう。

 ニルドたちの元まで1分もかからずにやってくるが、エヴァニスの視界の中に見える冒険者は、そのほとんどがBランクであり、尚且つ負傷している。


 エヴァニスは、ついさっき、持ち堪えられる、などと考えた自分を頭の中で殴ると同時に、次の選択肢を考え始めた。

 街にいる冒険者のほとんどがCランク以下、この場に増援としてやってきても、足手纏いになる可能性の方が高い。他の街から冒険者がやってきてくれていればと考えるが、そんな運のいいことはない。

 もしエヴァニスやニルドがこの場で死んだとしても、すぐに世界中からSランク冒険者が集められて、鎮圧はされる。しかし、街は地図から消える。

 エヴァニスに残っている選択肢は、戦い続ける以外残されていなかった。


 「聞いたなお前ら! 全員体制を整えろ! ここで俺たちが死んだら、俺たちの街は消えるぞ!」


 ニルドがそうして全体を鼓舞する。エヴァニスの言いたいことを綺麗に代弁していた。

 エヴァニスはすでに森の裾あたりを対象に、次元式の爆裂術式を組み終えたところだった。

 ちょうど、魔物の先頭が森から出てくるタイミングで炸裂する。

 第5位階の、ほとんどの魔物は爆散させられる威力のものだ。それを一瞬の間に、可能な限り組み終えていた。


 「いくぞ!」


 魔物の先頭が森から出てくる瞬前に、ニルドが全員に声をかける。

 次の瞬間、森の裾が完全に吹き飛んだ。急いで組んだ術式だったこともあり、二割は不発か、想定外の挙動をした。

 それでもエヴァニスの視界の隅には、肉の塊になったキマイラがいくつか宙を待っている。


 爆煙を抜けて、他の魔物が出てくる。全てがAランク。

 それらをニルドが叩き切って、殲滅していく。それで殺しきれなかったものは、後続のBランクの冒険者たちが対処する。効率的に、負傷を出さずに殲滅ができるやり方だ。

 これを続ければ、まだ堪えられる。エヴァニスにはそう思うことはできなかった。

 だが、堪えなければならない。今、事務担当の者が他の冒険者協会の支部に連絡しているはずだ。一日で増援が来る。それが、エヴァニスにとっての希望だった。すでに、自らをこの場を打開する光として、見ることができなくなっていた。


 「ウッ……ウェエッ!」


 そして、突如エヴァニスを堪えきれないほどの吐き気が襲った。


 四つん這いになるように地面と向かい合い、目の前には異臭を放つはずの自分の吐瀉物があった。

 それなのに、エヴァニスは匂いも、嫌悪も感じられなかった。正確に言えば、その吐瀉物に不快な匂いや嫌悪を抱けないほどに、他のものに気を取られていた。

 ただただ、エヴァニスの心は恐怖に支配され始めていた。


 「なんだ、あれ」


 フューズがそう呟いた。


 エヴァニスには、それがなんなのか見ずともわかった。つい先程まで遠くで見てい流だけであったが、今はすぐそばの、先ほど吹き飛ばされた森の裾の辺りからじっくりと観察してきている。

 それだけで人を殺せてしまえそうなほどの、そんな視線をエヴァニスは感じていた。

 その上に、街では飛び抜けているエヴァニスを遥かに上回る魔力量。

 その全てを威圧するようにエヴァニスたちへ向けていた。もはや生理現場のような嘔吐を引き起こすほどの、異質で不快で、そして膨大な魔力を。


 「クソがッ!」


 ニルドがそう叫びながら、とてつもない勢いで吹き飛ばされた。

 第魔族に気を取られ、魔力感知の報告を行った自分のせいだと、エヴァニスは責めた。

 今ニルドを吹き飛ばしたのは、ガープであった。エヴァニスやフューズも、街の資料でしか見たことがないような、神代の終わりと同時に生まれたとされる、始祖の72種のうちの一種だった。


 「おいエヴァニス! 魔術で合わせろ! じゃなきゃ全員死ぬ!」


 ニルドはすぐに起き上がると叫んだ。

 無理だ。エヴァニスはそう言いたかった。しかし、与えられている選択肢は一つしかないと言うことに、すぐに気付く。


 ニルドはすでにガープのそばまで間合いを詰め、いつも通りまずは右から薙ぎ払う。

 エヴァニスもそれに合わせ、逃げるのを押さえつけるように、大量の水を生成してガープの動きを鈍らせる。

 そこにニルドが下から大剣を振り上げ、その瞬間にはエヴァニスも、剣の抵抗にならないよう、生成した水を全て霧散させる。そのまま、ニルドの体験がガープの顔面を直撃した。


 「おお」


 エヴァニスの隣にいるフューズが唸る。


 無論、戦闘を放棄したのではなく、割り行っては邪魔になると踏んでその場に立ち止まっている。

 エヴァニスは、そのままガープのことに集中する。


 再度ニルドが間合いを詰める。ガープが後退するのに合わせて、土壁を生成、退路を塞ぐ。

 横に移動させる選択肢は、先ほどの顔面への直撃で右目を失っているため、左側に回避する。それを読んでいるニルドは、そのまま大剣を振り下ろす。

 ガープの右翼が落ちた。


 「いける」


 そう声が漏れた。

 そして、エヴァニスは自らがSランク冒険者であることを、ようやく思い出した。

 エヴァニスが動きの鈍ったガープの足に、小さな爆裂術式を打ち込み、吹き飛ばす。

 そのまま、移動手段を失ったガープに、ニルドが大剣を振り下ろした。


 「なんだ」


 エヴァニスが、Sランクの魔物を1体屠ったことで安堵しようとしたその時、そう声が聞こえた。

 魔族特有の、魔力の乗った声。


 その声は、今魔力感知を発動させているエヴァニスにしか聞こえていなかった。威圧的なその声は、低く、そして失望に満ちた声だった。


 「まぁ問題ないか」


 そう大魔族がそう言ったのを、エヴァニスは体全身で、はっきりと聞いていた。

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