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25 戦闘開始

 「何が起こったの……?」


 街の周囲に広がる草原、広大なその緑の中に、胡椒のような小さい点が集まっていた。


 街の近くの依頼を受け、そこでリグナの魔術の鍛錬を見ていたエヴァニスのところまで、冒険者協会の受付嬢が馬を飛ばして二人のところまで来た。

 報告を受けてすぐに馬に乗り、街まで戻ってきたエヴァニスが見た光景は、受付嬢からの報告以上に受け入れ難いものだった。


 街の冒険者公開の支部長たるフューズ、それにBランクの冒険者パーティーが3組に、街の有名な元Aランクの初老の男。その全員が地面に伏している。

 エヴァニスには、なぜこのような状況のなっているのか、理解したくなくとも、理解できてしまった。


 フューズは、支部長という地位に就くに足る判断力と、危機管理能力がある。そんな者が竜の調査を強行したことには相応の理由がある、そう考えられた。

 ニルドもエヴァニスもいないという戦力不足の中、そのような決断をした以上、それなりの成果を期待するのは、エヴァニスにとっても当然のことである。

 しかし、今眼前に広がる惨状を目にして、何も文句を言わないということは難しいことだった。

 もちろん、その文句が今目の前にいる冒険者たちを悲しませることになると理解している。とはいえ、その冒険者の中には片腕を失っている者すらいる以上、フューズの独断専行が招いた最悪の惨状であることは変わらない。


 (それに、ファルスも──)


 エヴァニスがそう考えたところで、一つの重大なことに気がついた。


 「ファルスは、ファルスはどこに行ったの」


 エヴァニスが急いでリグナの方を見ると、そこまで慌てた様子はないものの、放心状態なのか、それとも兄であるファルスを信じているのか、エヴァニスにはわからなかった。


 「……あれは、お前らでも死ぬ」


 フューズがそう、言葉を捻り出しながら口を開いた。その根には罪悪感があるということをエヴァニスは理解しつつも、今にも怒り出しそうになっている。


 「ちゃんと説明してくれなきゃ、わからないよ」


 今にも殴り出しそうな拳を抑え、そう言った。


 「躓いたんだ。新人には荷が重かったかもしれない」


 フューズの紡ぐ言葉は、文面だけでは薄情に聞こえるが、声のトーンからは本当に後悔していることが伝わってくる。

 エヴァニスはその言葉だけ聞くと、ファルスの安否を確認するために森へ足を運ぼうとする。


 「ダメだ……少なくとも、ニルドが来るまでは行かせない」


 「なんでそこまで」


 「Aランクが複数体、Sランクが一体。おそらくだが、その他にも潜んでる」


 嘘だ。エヴァニスはそう言いたかったったが、フューズという男が嘘をつかないことを知っていた。

 仮にその言葉が本当であるならば、確かにエヴァニス一人で行くのは危険が伴う。もしSランクが複数いるのであれば、ニルドが一緒でも生きて帰られる保証はない。

 強いとはいえ、まだ新人であるファルスがそんな森に置き去りにされたなら、到底生きているとは思えなかった。


 だがそこまで考えた上で、エヴァニスが森に向かおうとした瞬間、森全体を、ありえないほどの強い瘴気が覆った。それと同時に、エヴァニスに、一つの魔力の塊が発散したということが伝わる。


 「うッ!」


 Bランク冒険者のティレイ、この街の冒険者の中では、エヴァニスに次ぐ魔術の発動の速さを誇る冒険者だ。

 そんな実力者である大の男には似つかわしくないような、みっともなく地面に這いつくばって、吐瀉物で顔を汚している。


 理由は魔術師であるエヴァニスにとっては明白だった、今森を覆った瘴気のプレッシャのせいである。

 Sランクの魔術師であるエヴァニスですら、今にも吐きそうなのを必死で堪えてやっと。それほどに強い瘴気が森を覆った。

 そして、その瘴気はエヴァニスにとって既知のものであった。


 勇者が死んだという噂のあった村。その時にいた大魔族の纏っていた瘴気のような魔力に酷似している。

 そしてエヴァニスは、その時に感じた恐怖を、肌で感じていた。

 なるほど確かに、あの時の魔力量であれば、竜を殺すことなど簡単だろう。そうエヴァニスに思わせられるほどの魔力。それが今、自身の近くにいるということが、何よりの恐怖であった。

 しかし、逃げ出そうとする足を、エヴァニスは押さえつける。故郷である自身の街を守るには、今その場を離れてはなしえないと理解しているからであった。


 「どうした、顔色が悪いぞ」


 エヴァニスがいろんなことを考え詰めていると、後ろから声と一緒に衝撃が飛んできた。もっとも、衝撃と言っても大きな手でったかれるようなものではあったが。


 「ニルド……」


 ニルドは、周囲の惨状を一瞥だけ理解する。エヴァニスにとって、そのような面はよく頼れることであった。


 「とりあえず、無事なやつはこっちに来い。状況確認をして、次のことを考える。フューズ、お前は怪我関係なくだ」


 「うるせぇな、今いくよ」


 呼ばれたフューズは、トレントの枝の貫通している右腿を庇いながら、笑って立ち上がる。先ほどの重たい雰囲気が多少和み、エヴァニスは胸を撫で下ろした。

 これから何が起こってしまうのか、エヴァニスは考えたくないことを考えさせられていた。


 「エヴァニス、お前もだ」


 「えっ……いいけど、何を話すのさ」


 「とにかく、現状の確認だ。フューズ、何があった」


 「竜の調査のため森に入った。とにかく早く情報が欲しかったんだ……お前らがいない時に行ったことは、反省している」


 早く先を言えとでもいうように、ニルドが少し睨みつける。


 「いいから続けろ」


 「あ、あぁ……最初にトレント一体と遭遇して、足だけ切り落とした。そのすぐ後にトレントの群れにぶつかった。単体はほとんどBかCランクだったが、あの群れはA以上だ。その群れに穴を開けて進んでからしばらくして、ティレイが前にいる魔物に気付いたんだ。Aランク複数体にSランクが一体」


 「Sランクがまた!?」


 「そうだ。こんなに頻繁に出るなら、他にもいると判断して、撤退を選んだ。その時、おそらくその時に……」


 「そこはさっき聞いたよ。ファルスなら生きてるさ」


 希望的観測でしかないが、エヴァニスはその言葉以外見つからなかった。

 兄を失うかもしれないリグナの方を見ると、ただ森の方を眺めているだけだった。それも、少し嬉しそうな顔で。


 「わかった……エヴァニス、お前の目から見て今の森はどうだ?」


 ニルドにそう言われ、エヴァニスは視線の先を渋々森の方に移す。

 エヴァニスにとって、今の森は見たくないものであったが、それでも見ざるをえない。


 「明らかにおかしい。それと、多分だけど竜は殺されたよ。それも、圧倒的な実力差のある相手に」


 その相手というのを、エヴァニスは知っている。


 「そうか、ならひとまず魔物が降りてくるまでは街の壁近くで待機だ。そこで備える」


 「それはいいが、ファルスはどうする。捜索は」


 フューズが、リグナの方を見ながらそう言う。

 それでも、エヴァニス含め、その場にいる者にできることなどない。

 直感でそれを理解できていても、根拠を理解できているのは、魔力をはっきりと視認できるエヴァニスだけである。ティレイですら、感覚的に恐ろしい瘴気が立ち込めている程度のことしかわかっていない。


 「ファルスはいい。生きている。そうだろう、エヴァニス?」


 ニルドがフューズにそう言う。

 その言葉を聞きながら、エヴァニスは今すぐにでも来るかもしれない大魔族への対抗する術を考えていた。

 圧倒的な力、圧倒的な数、それらを持った敵を相手にしなくてはならない。

 だとしても、彼ら冒険者は故郷である街を守るために成さなくてはならない。


 「あれ……来たッ! クソッ、来やがったッ!」


 元Aランクの初老の男が叫ぶ。エヴァニスはそれの名前を知らないが、実力者であると言うことは、立ち姿や武器を見ればわかっていた。

 そして、その声と共に向けられている指の方向には、ヘルハウンドの群れが森を駆け下りているのが見える。

 エヴァニスはそれを確認すると火魔術でその一帯を吹き飛ばした。


 「よくやったエヴァニス。このまま俺たちの街は、俺たちで守るぞ!」


 ニルドの掛け声で、今その場にいる行動可能な冒険者は全員、森から出てくる魔物に向かっていく。

 エヴァニスも、リグナに使う魔術の指示をしてから、ニルドの後を追った。


 決着までそれほど時間はかからない。エヴァニスにはそんな気がしていた。

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