22 鐘の音
スタンピード。魔物が何らかの原因によって暴走し、街や村を襲うことを指す。
神代においては、一つの山を簡単に滅ぼし、大陸の一部を完全に埋め尽くすほどのものすらあった。
魔物が少なかった古代においてもそれは度々起き、国を何度か滅ぼしている。だがそれでも、世界歩滅ぼすまでには至っていない。
魔物の暴走であるということは、すなわち72種の始祖をも含む。それでもなお、世界を滅ぼすには至らなかった。
古代の終結とともに弱い魔物は非活性化し、強い魔物は大森林へ移動した。
しかし、大森林が竜の棲み家であったがために、72種の始祖を含む強大な魔物は数を増やすことができないまま、大森林でひっそりと暮らすようになった。
とはいえ、冥界と天界を結ぶ経路の途中に大森林がある以上、絶えず魔物は沸き続ける。
そうして大森林には上から、竜、72種の始祖、その他の魔物という構図が生まれ、その他の魔物も、いずれとして強大なものが残った。
理由としては明解なことであり、大森林という広くも狭い地域に多くの魔物が集まり、その中で弱い魔物は強い魔物に淘汰されていったからである。
代表例として挙げられるのはキマイラ、マンティコラなどといった、72種の始祖の中でも下位に位置する魔物に勝つことができ得る魔物が多い。
そのようにして作られていった巫蠱は、稀に溢れ出ることがあったとはいえ、古代の終結から1000年という時を経て決壊しようとしていた。
その原因の一つとしては、その巫蠱の蓋を担っていた瘴気の霧の消失がある。
そうして圧縮されてきた魔物は、蓋が開いたことによって、大森林と人族の住む地域を区切る山脈を超えてきてた。
それも、街一つ程度は簡単に滅ぼせる勢いで。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「魔物の暴走? あぁ、スタンピードか。南では数十年に一度とかで起きるらしいが……それがどうかしたのか?」
衛兵の紹介してくれた店を出て、帰路につきつつ俺は衛兵に聞いてみた。そこまで精度の高い情報は期待していないが、噂話程度なら話せるだろう。
魔物の暴走に関して俺が聞きたいことはいくつかあるが、とりあえず今はどのようなものかさえ知ることができれば問題ない。
どうせこの街にいるのはせいぜいあと一週間だ。魔物にこの街を襲撃させ、壊滅させる。それと同時に何かできることを考えるためにも、今は情報収集が肝心というわけだ。
「いえ、その南のスタンピードはどれくらいの規模で起きたんですか?」
「そうだな……聞いた話じゃだいたい百年前に街が一つ潰されたとか。何でも、その時にいたのはSランクの魔物だったらしい」
「そのSランクの魔物は、どれくらいなんでしょうかね」
「いても2か、3だな。それ以上は街一つじゃ済まないだろうよ」
なるほど、Sランクの魔物が2で街一つといったん考えるか。
もしレッサードラゴンないし何かしらの竜種がいれば、その時点ですぐにわかるはずだから、その時にはいなかったんだろう。
とすれば、現状でもSランクが二体確認されていて、尚且つレッサードラゴンのいる今回は、街一つでは済まない可能性が高いな。
もちろん、その時にその街にいた冒険者や衛兵たちの練度が低かったという可能性は捨てきれないが。
とはいえ、今回はそれだけ街にとっては脅威になるんだな。それで支部長はあれだけ顔を引きつらせていたのか。
「それなら、竜が出てきたら国も滅んじゃいそうですね」
「ははは、そんなことがあるなら、さっさと逃げておかないとな」
それとなく匂わせてみたつもりだが、うまくいっているのかうまくいっていないのかわからない。
それにしても、仮にスタンピードが起こしたとして、俺にどんなメリットがあるかを考えるべきだな。
まず、少なくとも今後世界を滅ぼすにあたって障害になるであろう、冒険者協会の程度を知ることができる。あとは、人間の街が一つ消えるくらいだが、それでは何か一つ足りない気がする。
一つ何か、俺が確実に人族の社会に溶け込める何かを考えないとな。
「そうだ、さっき言った場所にはもう少しで着くぞ」
さっきというと、店を出た後に言っていた景色というやつか。今はそれよりも情報収集がしたい気分だが。
衛兵の後ろをついて歩いていれば、いつの間にか高台の頂上まで後少しの場所まで来ていた。
今は両脇を民家に囲まれていて見ることはできないが、これを抜けた先の景色を見せたいんだろうか。
一応、この街は来てからある程度散策したから、みたことがない景色というのは少ないはずだと思うんだけどな。
一歩、二歩、石で整備されている道を歩く、カツカツという音が通路を響かせている。
そしてまた一歩を踏み出すと、民家に遮られていた日光が顔を照らしてくる。
「どうだい、綺麗なもんだろう?」
眩しさで一度閉じた目を開けると、衛兵が眼下に広がる景色を指さして言った。
確かにこれは、なかなか美しく思える。
綺麗に並んだ民家が日光を照り返して、それを囲む壁の向こうには、果てしなく続く緑だ。これを美しいと言わないなら、俺の住んでいた場所なんかはただのゴミ溜め以下だな。
「俺は、この綺麗な街を守りたいんだ。だから……スタンピードなんかが起きても、俺は全力でこの街を守る。それが兄貴と交わした、たったひとつの約束だからな」
立派な理由ではあるな。正直、いきなり俺にこんな話をされたから、バレてしまったのかと思った。
今こうしてこんな人情に訴えてくるような文言を聞かされれば、アーレなんかは揺らぐだろうな。
だが、俺には全く響いてこなかった、というのが現状だ。もしかすると、1000年人と喋ることがないと、人は人情というもの失ってしまうのかもしれない。
いや、衛兵が何を言わんとしているかはわかるのだから、人情を理解することはまだできるんだな。それでも、共感はできない。
綺麗な街ではあるかもしれない、街に大切な人がいるかもしれない、そんな街を守りたいと思うのは勝手だが、俺なら自分が一番楽しく、生きる確率の高い方法を選ぶ。間違っても、実力に不相応に戦おうとは思わない。
だから、俺は人情について理解はできるが共感はできない。そんなところだろう。
全く、嫌な人間になってしまったように感じてしまうな。今後は下手に人の気を逆撫でしないように気を配るとしよう。
あと、今後の動向も少し人と関わることを避けるようにしよう。
この街に来て、冒険者のファルスとしては最低限顔を広められた上に、大金も手に入った。他にするべきことといえば、この街をスタンピードの被害に遭わせるくらいなものだ。
ついでに、せっかく見晴らしのいい場所に来たのだから、この街を出る前に行きたい場所を確認しておこう。まだ昼だし、このあと行けるかもしれないしな。
というか、本当にここからは街が一望できるな。俺たちがやってきた方角の門に、さっき食べた店のある路地裏、そして冒険者協会もだ。
「あれ?」
冒険者協会の方を見て少しの違和感を感じる。
「どうしたんだ? なんかあったのか」
冒険者協会の建物から数人の受付嬢が出て、一枚の紙を持って走っていく。
他に気になるものだと、建物の外についている階段を登っている受付嬢だろうか。
その登る先にあるのは、鐘。
まさか、まさかだが。
〔ゴォォォォォン、ゴォォォォォン〕
冒険者協会からかなり距離のある、この場所まで響く大きな鐘の音。
依頼の受注が完了して、今から遂行する時の合図だったか。面倒臭いが、仕方がないか。
「すみません、あそこに行かないといけないので。今日はありがとうございました」
「お、おう。また今度な」
また今度、それがあるかどうかは今から決まるが、ない可能性の方が高いだろうな。
そうだ、一ついいことを思いついたぞ。ちょうどこれを利用して、確実に大魔族との関係性を完全に隠し通すことができるかもしれない。
さらに運良くいけば、冒険者協会のもっと中枢にいる人間と関係を持つことができる可能性すらある。
まぁともかく、やればメリットしかなさそうではあるし、それで行こう。もし失敗しても、その場の流れに任せればいいか。
さっさと行こう。少しずつ楽しみになってきたな。
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