11 閑話:アーレ
ずっと一人だった。十歳までは友達と呼べる子もいたかもしれないけど、自分で切り捨てた。
父は村のために、巨大な魔物を追い返した時に死んだ。
母は私のために、私を産んで、父の代わりに食べ物を確保するために頑張って死んだ。
兄も私のために、私がまだ母のお腹にいた頃、お腹を噛もうとしてきた犬に噛まれて死んだ。
家族はみんな、誰かのために死んだ。私もそうなりたかった。
そう思っていたのに、私はずっと一人で、村の隅の小屋に押し込まれていた。
大人は誰も話しかけてこようとせずに、虫の入った雑穀を小屋の前まで持ってきて、それを置いて戻っていく。
邪険にされているということは、物心ついた時にはわかっていた。
でも、私にはこの村を出ることもできなかった。
村の外には魔物が出る。到底子供一人で歩いて生きていくことはできない。
だからずっと、この村にいるしかなかった。
いつの間にか成人間際まで生き続けていた。それでも、村での扱いは変わらない。
そんなある日、勇者様が村に来た。みんなとは違って、私は小屋の窓から見るだけだった。
綺麗な金髪に、自信に満ち溢れたような顔。私が今まで、ずっとしてみたいと思っていた顔だった。連れているみんなも、自信に満ち溢れていた。
羨ましい、そう思った。色んな人に受け入れられて、歓迎されて、羨ましいと思った。
でも、そんな人も簡単に死んだ。村の依頼を受けて、死んだ。
何十年、何百年とこの村の近くの山に住み続けている大魔族。その討伐に向かって、首だけになって帰ってきた。
次に村に来たのは、一万もの騎士団だった。数は村の人が話しているのに聞き耳を立てただけだけど、見ただけでも数はとてつもなく多かった。
村の人たちはみんな、これで大魔族がいなくなると騒いでいたけど、私は無理だと思った。
案の定、騎士団の人たちは、一人だけになって帰ってきた。
噂を聞いただけだけど、御伽話の竜すらも殺した勇者を殺した大魔族を、人数だけの騎士団が殺せるとは思えなかった。
そして次に大魔族に送られることになったのは、私だった。
生贄。村の人たちのために、大魔族への生贄として送られることになった。
そのためとして、送られる三日前から磔にされて、石を投げられ続けた。
やっと家族と同じように、誰かのために死ねると思った。
村に人たちには、小さい時に育ててもらった恩義もある。その恩返しのためと思って、石を投げられるのを受け入れた。
送られるその日には、最後のご飯を食べた。とはいっても、今までと同じ虫の入った雑穀。それ以外のものは食べたことはない。
もっと色んなものを食べたかった。小さい時からそうとも思っていたけれど、無理だった。
牛に括り付けられて、そのまま山の奥まで運ばれた。ずっと水しか飲まず、考えることも何もなかった。
誰がみても酷いと思うようなことを何度もされてきたのに、村への復讐心はなかった。今まで育てられてきた恩義があるのだから、当然だった。
村から歩き続けて五回目の夜、とてつもないほどに濃く、そして不気味な瘴気に足を踏み入れた。
私は牛を曳いている人に引き返すように忠告したが、気分が昂っていたのか聞く耳を持たなかった。
ちなみに、牛を曳いていた人は初めて見る顔だった。村の隅の小屋から出たことがない上に、近くには誰も近寄ろうとしないからだ。
だから、どうせ死んでも関係ない。そう思った。
瘴気に足を踏み入れてちょうど30分が経った時、大きな魔物に襲われた。黒く艶の出ているとにかく綺麗な二本角の馬の魔物。美しいのに、それでいて禍々しい雰囲気を纏っている。
襲われた直後、牛を曳いていた人は戦おうとしたけど、一発で腕の骨を折られて帰って行った。
私にはすぐにわかった。これは山に住まう大魔族の迎えだと。ついに自分が人のために死ねる番が来るのだと。
そう思って目を瞑り、その馬に身を任せた。任せなくても、力が入らなくて動くことはできなかった。
その時なぜか、本当になぜだかわからないけども、落ちていた枝を拾っていた。そしてそれを強く、自分でも想像できないくらいに強く握っていた気がした。
その魔物の背に担がれて、1分経つか経たないくらいで、瘴気を抜けた。
抜けた先にあったのは、ごつごつした岩肌と、骨でできた薄明るい不気味な小屋だった。その小屋から出ているプレッシャーで、大魔族がそこにいるということはすぐにわかった。
そのまま、二本角の魔物に投げ飛ばされるように、地面に叩きつけられる。
しばらくして、小屋の中に入るように、指示が出た。でも、力尽きた私の体は動かない。
返事もできないでいると、小屋からその大魔族が出てきた。どんなに強くても気圧されるような、そんな圧に潰されそうになった。
大魔族は歩いて、私のすぐそばで止まった。
その瞬間、魔物に襲われた後に枝を掴んだ時と同じような感覚に襲われた。
そして気づいた時には、枝を大魔族の目に突き立てようとしていた。
完全に不意打ちの一撃だったはず。村の狩人でも対応できないような、そんな速さを出すことができた。
それでも、大魔族に攻撃は届かなかった。
そのまま力尽きて地面に倒れ込み、動けなくなった。
大魔族に殺されなくても、村のみんなから受けた傷で既に瀕死だった。このまま死ぬ、そう思った。
なのに、気づいた頃には傷が全て塞がっていた。その時大魔族が何を思ったのか、私は知らない。
死ねる機会を失った私は、命令されるがままに小屋に入り、村長に言われたことを大魔族に言った。それを言えば村のみんなが助かると、村長は言っていた。
しかし、大魔族は私の本心を聞いてきた。何度も、執拗に私を煽り立てながら。
そして私の中の何かが切れて、いろんな疑問が飛び出てくる。どうして私は村で生かされていたのか、どうして私は村のみんなに傷つけられたのか、どうして私は村に恩義を感じているのか、本当に恩義を感じているのか。
そんな疑問が、頭の中で暴れ回った。
その後のことはあまり覚えていない。勢いに任せて、怖いはずの大魔族に啖呵を切って、村を滅ぼすと誓ったこと。それくらいしか覚えていない。
でも、何よりも記憶に残っていることが一つあった。
大魔族の浮かべた、口角が少しずつ上がっていったあの笑み。
今まで見てきたどんな笑みの中で、一番人間らしいと思った。
似たような笑顔は、私を蔑む時の村の人たちがしていた気がする。それでも、それとは全くの別物だった。
人間らしい、欲望に忠実な顔。
その瞬間、初めてその大魔族と目があった。
村の人たちが言っていたものとは違い、角や翼はなく、ただ美しく輝く銀の髪と、一度だけ見たことのあるアメジストのような深い紫の眼。
目の前のそれは、大魔族ではなく人間だった。
目の前の不敵な笑みを見て、自然と恐怖が消えていった。
その人間が次にとった行動は、私に料理を出すことだった。
先ほどまで私のことを食べると言っていた存在が出した料理だったから、人肉が入っていないのか心配だった。
そうして食べないでいると、名前について聞かれた。
親からもらった名前は、村を出る前に名乗ることを許されなくなった。
そのまま黙っていると、その人間は口を開いた。
アーレ。それが新しい私の名前だった。
当然私に拒否権はなかったけど、その名前は気に入った。母が死んでから、初めて人間として認められた気がした。
そんな私の近くにあるのは、自分がすぐ前まで住んでいた村の人たちの死体だ。
切り傷や噛み跡のある身体、水のような断面の首。いろんな死体が積み重ねられ、朝日に照らされている。
今まで何度も私に憎悪の表情を浮かべていた顔が、今は全て絶望の表情から動かないでいる。
私が、私の手で殺した。
後悔はない。自分で選択したのだから、きっとこれが私の本心だったんだろう。
「ヴォルド、私少し向こうに行ってきてもいい?」
「あぁ、別にいいが早く戻ってこい。お前が戻ってきたらすぐに出発する。死臭のする場所で飯はあまり食べたくない」
ヴォルドにそう言われて軽くうなずいてから小走りで村の外れまで向かう。
数分走ってついたその場所は、森のすぐ手前にある大きな石の前、私の家族の墓だ。
もちろん、家族の骨を手に入れることも、弔ってあげることもできなかったから、花を供えているだけではあるけども。
それでも、この村を一度離れたら戻ってくることはできない。だから最後の墓参りになる。
「私……世界を滅ぼすって言っている人に付いて行くことになったよ。不安だし、お母さんとの約束を守れないかもしれないけど……私の人生を歩もうと思うんだ。だから、行ってきます」
そこまで言って、後ろから声がかかる。
「何してんだ」
「最後のお墓参り。これでも用事は済んだから……出発するの?」
「用が済んだならいい。さっさと行こう」
ヴォルドはそう言って朝日の方に向かっていく。西には大森林しかないから、人のいる街は東にしかない。
ヴォルドが今後世界を滅ぼすのなら、それについていく私はきっとヴォルドの手助けをして、人を殺すことになるかもしれない。
でも、私はヴォルドについていく。それしかできないし、何より私に生きる価値を与えてくれたヴォルドのために行きたい。
そう思いながら、ヴォルドの背中を追った。




