続・ヒヨコの都合(改)
「ヒヨコの都合」の続編です
疲れた・・・
仕事量は大したこともなく、体力は残っているはずなのに。
精神的な疲れだけで歩くこともままならなくなるなんて、はじめて知った。
従業員出口を出て、壁伝いにふらつきながら帰路につく僕の後ろから、車のライトが迫って来た。
なかなか追い越す気配がない。
いったい何が邪魔だというのか・・・なかばイラつきながら、僕はヨロヨロとできるだけ端に寄り、壁にもたれてやり過ごそうとした。
しかし、ライトは僕を通り越したが、車はそこでピタリと停まった。
黒い…大きな車。
車のことには興味がないので、その程度にしか見て取れないけれど、あまり近寄られたくないタイプ。
助手席の窓が開き、奥から眼鏡の男がこちらを覗いている。
誰なんだ・・・
「てーんちょ」
え?
「店長、メチャクチャ遅かったね。今日残業するような仕事あったっけ。
俺もう待ちくたびれて。寒いし」
「何で?桂木…?」
勝手に、しかも馴れ馴れしく喋り続ける相手に、僕は自信無くそう言った。
当たっていれば、今一番会いたくない相手だ。
「そーですよ。誰だと思ったんですか?」
僕の疲労の原因は、不満そうに口をとがらせた。
「ねえ、だから寒いって。早く乗ってくださいよ。腹減りすぎたよ俺」
何が何だか分からない。
疲れすぎて思考がうまく働かない。
それでも僕は異議を唱えようとしたのだが、後続車にクラクションを鳴らされ、しかもその運転手に「早く乗れよ!」とまで怒鳴られて、僕は慌てて助手席に転がり込んだ。
「こういうことするヤツだったんだな」
僕がようやく口を開いたのは、このガラの悪い黒い車が、さっき怒鳴った相手を追い回して数キロ程のところだった。
フッと加速が緩くなり、前の車はようやく解放されたらしい。テールランプがどんどん小さくなっていく。
「だって、腹がたったから」
君のせいだろう、と言いたかったが、やめた。
今聞くべきことはそれではない。
「で、なんで僕を乗せたの」
聞きながら、僕は無闇にドキドキしていた。
なのに・・・
「ご飯、一緒しようと思って」
まるで当たり前のように言ってくれる。
だが、今までそんなこと、話にさえ一度もなかったはずだ。
「だから…なんで」
僕は馬鹿みたいにその質問を繰り返す。
君はようやく真面目な表情を作り、しばらく沈黙した後
「あのまんまじゃ、ヤじゃない?」
と、いつもの低いトーンでため息交じりにそう言った。
「店長、俺のこと全然知らないでしょ。どの車に乗ってるのかも、運転する時に眼鏡かけてるのも、こういうことするヤツだってのも。まともに話したのだって、今日が初めてじゃん」
思いがけない話に、僕は驚いたが、確かにその通りには違いない。
「今まで見てくれたことなくて、興味も無いんだと思ってた。だけど、今日、違ったでしょ。それは認めるよね」
そこは自信がある、といった口調に反発したくもなるが、実際図星であるので否定しようがない。
無言を肯定と受け取ったのか、返事を待ってもいなかったのか、君は話を続ける。
「俺、自分でもびっくりするくらい嬉しかった。ていうかワクワクした。興奮しちゃったよ」
え?
だからそれはどういった意味でだ…と聞きたかったが、声にならない。
興奮て、それは僕もだけど、君のと同じ意味とは限らない。
むしろ、今だって僕は・・・
だから、うっかりしたことは言えない。
「なのに店長、スルーしろなんて言うし」
責めるような口調。
「君、それは拒否してたろう」
やっと口を挿めたと思ったら、ほぼ無視されたようだ。
「だけど出てきちゃったから、俺。間違えて」
間違えて?
何に対して何を間違ったというのか?
出て行ったこと。それとも出て行き方か。
その前に君が僕にしたことか?
現場を一気に思い出して、僕は赤面した。
「…そんで、表面だけ何にもなかったことにされてさ、明日になったら元通りなんて、俺はヤだった」
どうやらこれが〆らしい。
それにしたって・・・
「いまだによく分らん」
全く、何も見えて来ない。
「うん。実は俺もよく分かってないんだけど」
なんだと!
流石にここは怒ってもいいと思い、言うべき言葉を選んでいると
「でも、これは分からないまま無かったことにしたくない事、ってことは分かったから」
一旦言葉を切って、君はしっかりと視線を合わせるように僕を見て、言った。
「だから、今から色々確かめようと思います」
思いますって・・・そこだけ急にかしこまってくれてもなぁ。
それより一体この車はどこに向かっているのか。
怖くて聞けない僕の頭の中に「拉致」という単語が浮かんだ。
笑えなかったのは、ドキドキと興奮が、不安を凌駕していくのを認めてしまったから。
綺麗な顔が、今までになく真剣に反応を求めている。
「お願いだから前を向いて運転してくれないか」
言えたのはそれだけだった。
だってこれから起きることは何もかも、君の都合によるものだろう?
そして僕は生意気なヒヨコに、僕を丸ごと預けることになったのだ。
この先は年齢制限がかかりますので、別枠でまた後日お会いしましょう~