第4話 手紙
――手紙の差出人を見る。
そこには、あの異邦人の少女の名前が書いてある。
(……あの子からの手紙か)
少し驚きながら扉を開け、部屋の中に入った。
そして荷物を置いて、手紙を早速開封する。……どういうわけか気が逸っている自分を自覚しながら。
「……」
中には複数枚の手紙があった。
量が多いことに少し驚きながら、一枚一枚丁寧に読み込んでいく。
手紙の内容は時候の挨拶から始まっていた。
教科書通りの冒頭から始まり、先日の一件についての感謝。そして近況の報告へと続いている。
異邦人として保護された先の施設でのこと。そこで出会った同じ境遇の人達のこと。友人が出来たこと。変わってしまった体のことに、健康診断で問題なかったこと。そして高校へ編入したことも書かれていて――。
「……今は、ここで元気に暮らしています、か」
――そして最後に。
そんな言葉と改めての感謝と謝罪が書かれていて、そこで手紙は終わっていた。
「……ふー」
思わず大きく息を吐きながら、手紙を机に置く。
そして天井を見上げて、そこにある電灯を見つめた。……少し眩しくて、目の奥が刺激される。
(……元気、か)
そうか、と思う。よかった、とも。
気が抜けたような気がして、胸を撫で下ろした。
「……しかし」
なんとなく、自覚する。
どうやら自分は彼女に思っていたよりも肩入れしていたらしい。あれから二週間。思えば彼女のことが常に頭の片隅にあった気がする。
(……本当は、少し不安に思っていた。あの子は今も元気にしているのか。もしかしたら酷い環境にいるんじゃないか。まともな支援を受けられていないんじゃないかと)
そう思ったのは、僕が異邦人のことをあまり知らないからだ。
異邦人。ニュースで見ない日は無いし、会社での世間話にも時折出てくる。しかし、身近ではなかった。だから、僕は彼らのことも置かれた状況も、報道以上には知らない。
だから、あれだけ苦しんでいた彼女が、それ以上に苦しんでいなければいい。
少しでも慰められるようなことがあれば、と。僕はずっと思っていた。
――あの日
『もう、帰れないことになるよ?』
『誰にも会えない。顔も見ることが出来ない』
そう、彼女は慟哭していた。
その言葉には、僕も思うところがあって。理解できて。だからこそ――。
「……まあ、そうは言っても彼女と僕は違うか」
――かつてを、思い出す。そして、比べる。
彼女と僕の差。昔の僕と、先日の彼女。彼女は転落者で、何も悪くなくて。でも僕は間違えた。
……ずっと後悔している。
なんで僕は。どうしてもう少し、と。
「……」
大学に行って、サークルにのめり込んで。年に一度しか家に帰ってこない息子。
そんな親不孝な息子が帰ってきたからと、家族総出で駅まで迎えに来る途中。事故が起こったのはそんなときだった。
大型トラックとの事故。信号無視。居眠り運転。
即死。潰れた車体。原形は残っていない。外も、中も。
『……見ないほうが良いでしょう。笑った姿を覚えていたいのなら』
顔を見るのは止められた。そう言われた。
僕はただ、三つの閉じた棺桶の前で呆然とすることしかできなくて。
――だから、ずっと、ずっと悔やんでいる。
「……もっと僕が家に帰ってきていれば」
そうしていれば、あの日全員で迎えには来なかったんじゃないか。
一人くらいは今も生きていたんじゃないのか。
「…………」
なんて、今更の話だった。
何度も何十回も何百回も重ねた後悔を、もう一度重ねただけ。
あの事故から十年近く経っている。
今の僕は大学も卒業して、就職して、一人で暮らしている。
……手元を見ると、そこには彼女から届いた手紙もあって。
「…………あぁ、そういえば返事、書かないと」
そうだ。手紙には返事を書く。そうした方がいい。
だから気を取り直して、便箋どこかにあったっけと歩き出す。
そういえば父の書斎にあったよなと探して、すぐに見つける。
定期的に掃除しているので、どこに何があるかは知っていた。
「……」
紙を机の上に広げて、ペンを取り出して。
……そして、返事の言葉を綴り始めた。
◆
――それから。
手紙は月に二、三通程度の頻度でやってきた。
最初は、教科書みたいなお堅い報告書じみた手紙。
しかしそれも回数を重ねていくうちに砕けてきて、話題も雑談じみたものに変わっていく。
状況の説明だけでない、日々の出来事とそれに伴う感情について。
つまり、嬉しかったことや、驚いたこと。意外だったことに、感動したこと。それらの様子が楽しそうに書かれていた。
クリスマスや正月にはサプライズのようなものもあって、ちょっとしたプレゼントや手書きの年賀状が送られてきた。
そういえばこんな季節行事を祝うなんて何年ぶりだろうか、なんて少し思いながら――。
「……?」
――しかし、そんな手紙を読んでいるとき。
ふと、不思議に思うことがあった。
時期は一月の終わり。彼女と出会ってから三カ月が経った頃。
いつもより少し分厚いような気がする手紙の中の一節だ。
学校での出来事の話。
こちらに落ちてきて臨時で編入した高校はもうすぐ卒業で、その後の進路について説明を受けたという話だ。
「就活?」
その中に、彼女が就職の面接の対策にマナー講習を受けた、なんてものがあった。『前の世界とは入室時のノックの回数が違います! 一体どういう基準で決まっているのでしょうか?』なんて、楽しそうに彼女は書いていたけれど。
「あの子、就職するのか? 確か――」
『受験も、あって。もうすぐで。父さんの母校なんだ。頑張って勉強もしてて』
――うろ覚えだけど、そう言ってたような。
もちろん、こちらに同じ大学は無いだろう。
でも頑張っていると言っていたのに。いいんだろうか。
(異邦人向けの進学支援もあった、よな?)
先日調べた中に、そういう情報もあった気がする。
返済不要な奨学金も充実していたような。その点だけは普通の大学生より恵まれていた。まあ、頼れる肉親がいないんだから、それくらいの支援は許されるべきだとは思うけれど。
……とにかく、そういうモノもあるので、その気になれば大学に行けるはずで。
(……なぜ?)
疑問があって――しかし僕が文句を言うことでもない。
なので、頭を掻きつつ手紙を読み進めていって。
「…………ん?」
……おや、と。また目が留まる。
それは、その手紙の最後。下書きの鉛筆を何度も消したような跡が見える場所があって、そこに――。
『三月の初め、高校の卒業式があります。
その後、ご迷惑でなければそちらへ伺ってもよろしいでしょうか?』
――少し震える文字で。
そう、書いてあった。