第7話 思いがけのない好機。
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再び意識を取り戻して、視界が開けた同時に賊の醜悪な表情が目に入った。
そして、身体に纏わり付く変な違和感を感じ取り、直ぐに私は賊に身体を弄られている事に気が付いた。
「へへへ。良い身体してんなぁ。…リーダーは良いんスか?折角仕留めたってのに、エロい事しないなんて、大損ッスよ?」
私の身体をベタベタと揉み解している賊が、下品にニヤけた目を向けた先にオズワルトがいた。
ただオズワルトは私から剝いだカバンを漁っているようで、こっちには見向きもしなかった。
「…何もねぇな。はぁ…ガラクタばかりでゴミだなぁ。…コイツは一体、遺跡の奥で何をしていたんだ?宝探しって訳でもねえのなら、一体…」
何かをブツブツ呟くオズワルトはこちらが目を覚ました事には気付いていなかった。
目の前の賊も私に触ることに夢中のようで、既に回復した私に気付いていないようだ。
そして運良く、手の届く範囲に斧が落ちている事が確認できた。
不用心な事に武器をそのまま放置しているようだね。
「ひひひ。そろそろ本命と行こうか。コイツの第一回目はこの俺が貰うぜ!どんな顔で目覚めるんか、考えるだけでワクワクするぜ!」
品の無いとんでもない宣言をすると、賊の指先が私の身体をなぞって下半身を撫で始めた。
ゾワリと悪寒で鳥肌が立ち、私は貞操の危機を覚えた。
…そろそろ行動しないと危険だね。
すぐさま狸寝入りを辞めた私は、手を伸ばして斧を掴み取り、賊の首にその鈍い刃を押し当てた。
「なっ!?い…いつの間に…!た…助け…!!」
「チャンス到来。…この変態。」
私は力一杯斧を振り払い賊の首を(刎ね斬り)、覆い被さっていた賊の身体を蹴り飛ばした。
「…!?!…もう目を覚ましやがったのか!」
流石にオズワルトも気が付き、直ぐに戦闘態勢に入った。
私も地面を転げながらも立ち上がり、斧をしっかりと握り態勢を整える。
『お…起きた!よ…良かったぁ!!』
アリスは泣きそうな声で安堵していた。
どうやら私が気絶している間も、ずっと見させられていたみたい。
それなら、一応確認を取った方が良いね。
「…ねえアリス。」
『は…はい!』
「…この人達、私に変な事してないよね?」
少しセンシティブな事を私が聞いてみると、アリスはかなり言い辛そうに声を潜めてしまった。
まさか、触られる以上の事までされたのだろうか。
『えっと…その…大事には至ってません…?…いや、大事ではあるのですけど、えっと…えっと…なんて言うか、その…』
「アリス、はっきり言って。」
『…身体をいっぱい触られていました!でも、それ以上の行為には及んでいません!!』
アリスの証言で私は少し安心した。
生きている限り、私は旅を終える事は無いけど、流石に子供を孕んだり変な病気をうつされたりしたら、放浪の旅は色々と厳しくなる。
身体を触られてしまった事は傷付いたけど、それでもこれだけで済んでマシだったと自分で納得した。
「さっきはよくもやってくれたね。…エッチな事をした代償を支払って貰う。」
殺意を込めて睨み付けると、オズワルトはニタリとあざ笑い、中指を立てて挑発してきた。
…下品で下劣でいやらしい男だ。
でも、悲しいことに実力は相手の方が上だ。
こんな事を認めるのは癪だけど、相手は私より強い。
「…アナタは強い。騎士と言う身分に相応しい。それに比べて私は無名の旅人だ。…だから、もう油断しない。」
認めよう。私はこの男を格下と侮り油断したんだ。
その結果負けたのだから、私はこの男を強敵だと認める。
真剣に斧を構えると、オズワルトがゲラゲラと笑いながらいきなり飛び込んできた。
「(無心防剣)。」
私は斧の柄で剣撃を防いで、そのまま押し返した。
今の防御技は剣術だったんだけど、剣以外の道具でも問題なく汎用できるみたいだね。
攻撃を防がれた腹いせに、彼は剣を鋭く突いて私を穿とうとする。
それも落ち着いて一歩後ろにヒョイッと飛んで回避した。
「ちぃ…っ!涼しい顔で避けやがって、ムカつくなぁ!さっきは敗走したくせに…」
「落ち着いて対処すれば、どおってこと無いね。さっきは冷静さを欠いていたし、油断もしていたから負けた。……けど、私はもう油断しないよ。アナタの心臓が止まるその瞬間まで、絶対に油断しない。」
紫色の視線で彼を見下ろすと、その顔は苦々しく歪んだ。
それはまるで、物事が思い通りに行かなくて癇癪を今に起こそうとする子供のようだった。
醜悪で片付く表情で唇をワナワナと震わせて、歯をギシリと噛み締めているのに、どうしてかその目だけは羨望の輝いていたんだ。
「≪漆黒の乙女≫…俺を見下したあの時から、俺はテメェを忘れた事なんて無かった。何十年経とうが、俺はテメェを追い続けたんだ!」
私では無い誰かへの恨み言を吐き出し続ける老いた少年は、嫉妬の籠もった剣を振り回して激突してきた。
私は斧でそれを防ぎながら彼とかち合う。
「戦場で何人もの女傑と戦って殺してきたが、どれもテメェとは比べられないほどに弱かった!≪漆黒の乙女≫!!!俺はぁテメェが気にくわねぇ!!女の剣士を見る度に!紫色の目を見る度に!テメェのムカつく顔を思い出すんだ!!!」
恨めしく怒鳴り散らしながら、醜い嫉妬に塗れた剣術を披露していた。
私にはそれが、かつて彼自身が目の当たりにしたモノを必死になって再現しているように思えた。
「気にくわねぇんだ!テメェのその天才的なセンスと!上から目線な態度が!!俺は…!俺は…!!!」
怨嗟の声を張り上げると共に、彼は力任せに剣を振り切った。
それには一切の技術性を感じさせない、彼が長年背負ってきたであろう嫉妬の感情が込められていた。
そのあまりの重さに、私の防御態勢が弾かれてしまった。
「ぅくっ…!」
『キャア!?』
弾かれるまま、私は無防備な状態にされてしまった。
崩れた体勢を立て直すには、それなりの時間が掛かってしまう。
その隙をこの男が逃してくれるとは到底思えない。
これは…また敗北してしまうのかな。
オズワルトの振るった刃を呆然と眺めながら、私はもう避けられない事を悟った。
それでも必死に足掻こうと思索していた…その次の瞬間、彼の剣の軌道が唐突に反り返るようにして引っ込められた。
「灰に還りなされ…(アロー・フレイム)。」
刹那、風鈴の音のように凛と透き通った声が聞こえた。
その声に乗せられるように、燃え盛る炎の矢が飛翔してきたんだ。
「くっ!?…魔法だと?!」
その燃え盛る矢はオズワルトの剣によって叩き切られ、火の粉となって霧散する。
「妖火の矢弾を斬り伏せるとは、腐っても歴戦の戦士か。」
『だ…誰でしょうか?』
声のする方に向くと、そこには二人の人影が目に入った。
一人は小柄な目を閉じた少女だった。
古着の上に使い古されて色褪せた袈裟を着ていて、銀髪の小さな頭には若干カビの生えた頭巾を被っている。
左手には数珠を握っていて、右手に木の枝をそのまま使ったような杖を持っていた。
杖にはランタンが架けられていたけど、彼女にはそれが必要ないように思える。
彼女はずっと目を閉じていて、歩き方も目の見えている人の動きでは無かった。
「そちらのお嬢さん。危ないのでこちらの懐へいらっしゃい。フフっ。安心してくださいな。私達は弱き方々の味方ですよ。」
「そして、邪悪な外道共の敵でもある。…お嬢さんがどちらかはまだ分からないが、少なくてもその男とは敵対関係と見た。一旦、お前さんを味方と認識しよう。」
もう一人は背の高い大人の男だった。
全身を覆い隠せる程の大きなマントをなびかせて、首には少女の持つ数珠と同じ物を架けていた。
特筆すべきなのは、背中に背負う奇怪な形状の武器だろうか。
それは鋭い矛が付いた槍のような先端と、鎌型の巨大な刃が取り付けられた先端が対となっていた。
敢えて一言で表すなら、”槍と大鎌を組み合わせた大型武器”に成るだろう。
そんな特徴的な武装を目にした蛮賊達が、何やら騒がしく驚愕の声を漏らしていた。
「テメェは…アルバルト!!あのB級冒険者のアルバルトか!?≪灰石の魔女の従者≫の異名を持つ…あの!!」
あのオズワルトも彼の姿を見て、酷く動揺している。
まるで、出くわす事を想定していなかったような口ぶりだ。
「クソ…!そうか…テメェら、【聖域溜まり】のあの石塚に用があって来たのか…なら!さっさと通り抜けちまえばどぉだ!!?テメェらの目的はこの先の聖域だろ!?俺達を相手にする必要はねぇはずだ!!なぁ!!?」
焦っているのだろうか、オズワルトは私との戦いの最中だったのにも関わらず、私に目も暮れずにアルバルトと交渉を開始したのだ。
かく言う私も、アルバルトと呼ばれた男を目にしていた時、つい戦っている事を忘れていた。
それだけ、彼からは凄まじい気配を感じたんだ。
「ああ…そうだろうな。だが、休憩に立ち入った先で賊共を目の当たりにして、更に少女を襲う現場を見てしまえば、そうともいかんな。」
「それに私達は聖職者ですから。困った人を無視する事なんて出来ませんよ。それがこのような幼気な乙女なら…フフっ。余計見過ごせませんね。」
そう言って袈裟を羽織った少女がヨタヨタとこちらに歩み寄ってきた。
その姿はあまりにも無用心に見えて、待機していた賊達の加虐心を刺激することになった。
「げへへ!!魔女の従者だか何だか知らねぇが、肝心の魔女を守れなきゃ意味ねえよなぁ!!」
「その閉じた目ぇ引き裂いてやんよぉ!!」
野獣のような眼光と、下品に零れ落ちる唾液を散らしながら、賊達が目を閉じた少女に飛び掛かる。
けれど少女は気付いていないのか、はたまた自分が襲われるとは考えていなかったのか、無警戒な様子で私のところまで歩いていた。
「…!…君!!」
見ていられなくなって私も少女の元に駆け寄ったその次の瞬間、少女は口元に指をそっと置いてこちらに振り向いた。
「こらこら。危ないですよ。…お嬢さんまで巻き込んでしまいますからね。そこにジッとしていてくだされ。」
次の瞬間、彼女が一歩前に進んだと同時に、彼女の背後に何かが落下した。
…それは巨大な岩の塊だった。
重い岩石が真上から落とされ、ちょうどその真下に飛び込んでいた賊達が押し潰されたのだ。
「(ロック・フォール)。埋葬してあげました。来世ではしっかりと善行を積みなさい。」
賊達が悲鳴を上げる間もなく落とされた岩石は震動と血飛沫を起こして、少女の背面を鮮血で染め上げた。
ビチャリと背中に掛かったようだけど、当の彼女は全く気にした様子は無かった。
「さて、お嬢さん、私の懐に入ってくだされ。安心してくださいな。ちゃんと聞いてくれれば、ご褒美に後で飴ちゃんをあげますよ。」
からかっているのか、それとも彼女なりの気遣いなのか、彼女は手をヒラヒラ招きながら小さな小袋を懐から取り出した。
『あ…飴ちゃんですか。なぜか子供扱いされてますね。でも、どうやらあの人達は私達には友好的みたいですね。従っても問題無いように思います!』
アリスも彼らのことを味方だと認識したようで、安心感からか少し嬉しそうな声だった。
軽く頷いてから少女の元に駆け寄り、彼女の顔を見つめて手を軽く握った。
「あらあら。お嬢さん、結構大胆ですね。でも手間が省けました。従ってくれてありがとうございます。では、ジッとしていてくださいね。」
そう言った少女が地面に杖を突き刺し、空いている手で私をグイッと懐に押し込んだ。
そして手際良く、彼女は巾着袋から摘まみ出した飴玉を私の口に押し入れた。
ほんのりとした甘みと控え目な塩の味が、口いっぱいに拡がるのを感じた。
「大いなる大地よ、私らを守りたまえ。(ストーン・サークル)。」
彼女の周りの地面が盛り上がり、石の柱が幾つか突き出され、私達を円形に囲い込んだ。
そして石の柱からは不思議と、温かな光が溢れているように思える。
現実離れした光景を飴を口の中で転がしながら眺めていると、横からアリスがこの現象を説明してくれた。
『やはり、これは魔法ですね。どうやらこの方は”魔女”みたいですね。…魔女と言うのは、平たく言えば魔法を使える不老の人です。ある時、魔女の力が覚醒すると、年齢がそこで止まり、魔法が使えるようになります。そして魔法は星の数だけあり、そのどれもが人の力では到底敵わないモノなのです。…だから、その…一部では魔女は……』
落ちた声のアリスを聞きながら、私は目を閉じた少女の姿を眺めていた。
どう言う訳か、魔女の話をしているアリスはあまり気が乗っているように見えなかった。
まるで、後ろめたい秘密を隠すように、彼女は言葉を濁していた。
『いえ、何でもありません。…とにかく魔女って人はとても頼もしいですから、味方であって損はありませんよ!』
「…そうなんだ。」
話題を変えたのが少し気掛かりだったけど、今はそれを気にするタイミングでは無いだろう。
何故なら、目の前では先程戦っていたオズワルトとアルバルトが互いに武器を交えていたからだ。
さっきまで私と一騎打ちで戦っていたが、もうそんな茶番をやっている余裕が無いのだろう、取り巻きの賊達も武器を持って戦闘に参加させられていた。
「土に還れ。」
アルバルトが武器を振るうと、飛び掛かった賊が肉片に変わり地面に撒き散らされた。
その破片になった表情は恐怖と欲望の混ざった笑みを浮かべており、最後まで自分が死んだことにすら気付いていないように見える。
「クソ…!クソックソックソッ!!!何なんだ…!なんでこんな時にテメェみたいなバケモンが来ちまうんだよぉ!!!」
不条理に嘆き吠えるオズワルトは、歯をギシリと軋ませていた。
その目には根深い怨恨が込められていて、ただ睨まれただけでも失神しそうになる。
けど、アルバルトには全くと言って良い程に通じていなかった。
むしろ、彼にとってはただの負け犬の遠吠えにしか見えないだろう。
「オズワルトと言ったな?お前は自身が≪前線の道化≫と呼ばれている理由を知っているか?」
唐突に投げ掛けられた質問に、オズワルトは若干の困惑の含んだ目を向けた。
すると急にハッと気付いたオズワルトが、わなわなと唇を震わせて、瞼が裂けそうな程に目を見開いた。
「気付いたようだな。この名前は英雄に与えられるような名誉な名前では無い。」
「テメェ…!!まさか!!!」
「そうだ。…これはお前への侮辱だ。」
その言葉を聞いた途端に、オズワルトは声を張り上げた。
聞いているこっちの鼓膜が破けそうになるほどに甲高く、心の底から怯えて震えてしまう程に恐ろしい憤怒が込められていた。
身体の無いアリスですら、『ひぅっ!?』って悲鳴を漏らしてしまう程だ。
「こんのっ!!クソヤロウがぁ!!!!!!どいつもこいつも!!!!この俺を見下しやがって!!!!!ぶっ殺してやる!!!!!!!」
牙を剥いた猛獣のように飛び掛かり、彼に冷ややかな目を向けるアルバルトに激突した。
アルバルトはそれをただ黙って受け止め、武器を押し返して彼を仰け反らせる。
それでも彼は激情の刃を振り上げ、憎き男の首を裂きその血を撒き散らそうとしている。
「テメェらみたいな天才共に俺の気持ちが分かるかよ!!!周りに比較され!!くだらねえ評論の的に当てられ!!女に一度負けたくらいで傭兵共は俺を格下と見下しやがる!!!分かってねえ!分かってねえ!!あの女の実力を分かってねえからそう言えるんだ!!!!」
嫉妬に塗れた剣捌きはアルバルトの冷徹な対応に全て防がれている。
誰が見ても、彼はこの男に勝てないのが判りきっていた。
仲間の賊達も次々と撤退を始めているのが現実だった。
それでも彼は逃げる選択をとらずに、自身のプライドと意地を優先したんだ。
…さっきの私と同じようにね。
「そうだ。誰もお前の気持ちなど分かるはずも無い。それはお前が俺の気持ちが分からないように、他人の願いなど決して理解できないものだ。…それが、”格差”と言うモノだ。」
そう残酷に告げたアルバルトは力強い前蹴りで、激昂するオズワルトを突き飛ばした。
迫害の憎しみで真っ赤になった目は、どうやら目の前の憎悪で完全に塞がれていたみたいだ。
後ろによろめきながら、オズワルトは剣を構え直した。
お互いに息を深く吐き出して、凶刃と気鋭の煌めきと共に真っ直ぐ突破する。
「この!!天才共がぁ!!!」
「憐れな道化よ、せめて最後は華々しく散れ。」
嫉妬と憤怒の混ざり合った渾身の一撃は、本物の天才の手により容易くはね除けられた。
それが、彼を怒りから現実に戻す切っ掛けとなった。
「……っ!!クソ…!…ああ、そう…か……俺は…っ!あの女の事が……あの≪漆黒の乙女≫…に……!!」
はね除けられて、手元から打ち上げられた剣を目で追いながら、彼は自らの運命を悟った。
罪人への懲罰を与える執行者が、鋭い杭のような先端を彼の心臓に打ち付けた。
「愚かな罪人もいつかは灰燼に還る。…ゆっくり休むが良い。」
貫かれた槍を引き抜き、アルバルトはゆっくり後ろに下がった。
貫かれ血を吐き出す蛮賊の剣士は抵抗すること無く、ただ幼い少年のように手を伸ばしたが、誰もその手を取ることは無かった。
血塗れの手はそのまま虚空を掻いて、虚しく地面に手を突いた。
全身の体重に掛けられた腕は耐えきれず、男はそのまま地面に倒れ込んだ。
「ああ…結…局……。俺は……とど……か…な……か…っ………」
そうして血溜まりに溺れるように、彼の命は朧気に消えていく。
最後の遺言すらも、火の消えた蝋燭の煙のように薄れていき、誰にも聞こえる事は無くそのまま冷たく沈黙した。
こうして、この蛮賊の狩り場は、ここを訪れた巡礼者達によって掃討された。