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第6話 黒蝶の夢。

3700字あります。

 …敗北してしまった。

圧倒的な戦闘能力に押し負けて、相手の戦略に嵌まってしまった。

気を失ってしまったけれど、現在の私はどうなってしまったのだろうか?

無理矢理体を弄ばれている最中か、或いはバラバラに解体されている途中か…いくら想像しても良い気分になるような事は無かったね。


…ここは何処だろうか、何の夢を見ているのかな。


何も無い真っ暗な漆黒の中、私は闇の一部となって漂っていた。

どんどん下に墜ちて、やがて何処からか誰かの鳴き声が聞こえてきた。


それは人の声では無く、獣のように猛々しくて少し哀切を含んでいるようだった。


遠吠えと一緒にバサバサと羽ばたく音も聞こえるね。

段々と墜ちていく速度も緩やかになってきた所で、その音の正体が見えてきた。


それは、闇よりも深い漆黒の体と紫色の目をした大きな”竜”だった。


漆黒の竜は古びた大樹のようなモノの周りをグルグルと廻りながら、時折悲しそうな咆哮を上げていた。

鮮やかで深みのある蝶のような羽を優雅に羽ばたかせながら、古びた大樹の周りを飛ぶ姿はまるで”黒蝶”のようだった。


『嗚呼、この懐かしい匂いは…ようやく、ここに来られたんだね。ずっと、ずっと、待っていたよ。』


その黒竜は私の間近でピタリと止まり、優しい声で語りかけてきた。

それはまるで、愛おしい人をずっと待っていた恋人のような語り口だった。


『けれど、この色褪せた魂は…やっぱり記憶を失ってしまったみたいだね。僕との記憶を思い出す事も無く、完全な無垢な状態へと還ってしまったんだね。』


残念そうに語る黒竜は、すすり泣く少女のように頭を項垂れた。

それでもその紫色の目からは、一滴の涙すら流れなかった。


『でも、綺麗な状態に成った君も悪くないね。今の僕の気持ちは、まるで自分の赤子を見て涙を流す父親のようだよ。今、君の新しい誕生を祝福するね。』


黒竜は拍手をする紳士のように、私に頭をなすり付けてきた。

動きは猫のようだったけど、触り心地はとても硬くて、感触はどこまでも冷たかった。


『さて、君はここに来る前に既に”記憶の欠片”を拾い集めて、”争いの経験”を幾つか積んできたみたいだね?けれど、その”記憶”と”経験”を上手く扱えていない状態だね。これが、宝の持ち腐れか。フフフ。君が昔教えてくれた言葉だよ。用途は合っているよね?』


黒竜はクスリと笑いながら聞いてきたけど、生憎今は彼のジョークに付き合う余裕も時間も無い。

私は直ぐにでも、現世に戻ってあのムカつく男を殺さなければいけない。


そして、旅の続きをしなければいけない。


その事を端的に黒竜に伝えると、少しだけ残念そうだけど何だか嬉しそうな声を上げた。


『アハハ。そうだね。そうだよね?君の旅はまだ始まったばかりだから、こんな所で油を売っている時間なんて無いよね。』


そう優しそうな口調で言うと、黒竜は私の首根っこ辺りを食み、近くの浮島に運んで優しく下ろしてくれた。


『直ぐにでも起こして上げるよ。でもその前に、少し君に助言をしよう。…今の君はまだ幼い子供だ。無垢で無力で無知な子供は逆立ちしたって、邪悪で暴力的で頭の回る大人には勝てないよ。』


黒竜は静かに見下ろして、少し艶めかしい囁き声で残酷な現実を伝えたのだ。

実際の所、黒竜の言い分は正しかった。

現に私はオズワルトに負けたのだから、再び目を醒ましてもまた同じように負けるだけだろう。

少しがっかりしたけど、そんな私に黒竜は頭を近づけて、私の頬を軽く舐めた。


『だから、無垢である事を辞めて、経験から力を手に入れて、記憶から知恵を手に入れる必要があるよ。そうすればきっと君は、あの大人に勝てるだろうね?』


黒竜が尻尾を振り、その美しい羽をその場で軽く羽ばたくと、私の眼前に奇妙なグリフやルーンが浮かび上がった。


『これは君が拾った男の労働者の記憶から引き出した戦技と技能と感覚だよ。一部は既に君の魂に刻まれていたみたいだけど、殆どが無駄になりかけていたんだよ?霧散しかけていた記憶を僕の力で集束させ必要な部分を抽出したんだ。まあ、役に立ててよ。』


黒竜が自慢げに語っていると、その情報の塊が私の胸に入り込んで来た。

その瞬間、私は確かに何かを得た感覚がしたんだ。


集束された業は【下級労働者の斧術・ランク1】。

抽出された戦技は(刎ね斬り)、(振り斬り)。


まるで最初から知っていたかのように、少し思い浮かべただけでその動きを事細かに理解出来た。

文字通り力を得た事を実感していると、黒竜は優しい眼でまたしても口を開いた。


『どうやら成功したみたいだね?けれどまだ刻まれていたばかりで、完全には定着していないよ。それでもその技だけは、幼少の頃から習って来たかのように扱えるようになった。次は経験値を使って、その技の熟練度を上げてみようか?』


黒竜がその場で軽く羽ばたくと、今度は赤黒い数字の羅列が私の体を取り囲んだ。

その数字は虚空から浮かび上がり、私の体にジンワリと浸透していく。


『業とは本来は時間をかけて熟していくものだ。けれど、君は敵を討つ度に湧き上がる達成感と殺戮による満足感を力に代えて、業の熟練度を上げる事が出来るんだ。そう、文字通りね。…そして、触れたことすらない技術も解き明かす事が出来る。まさに、”経験値によるレベルアップ”だね。』


黒竜はその闇深い鱗で覆われた顔面を近づけて、しっとりとした声音で囁いた。


『さあ、君が望めばその心意は力となるよ。』


…私が望むのは、敵を打倒できる力とその力を活かす感覚だ。

そして、物語の主人公のように剣を振るい、悪党を切り捨てる力も欲しい。

黒竜の問答に正直に答えると、数字は確かに経験へと変わった。


解放リリースされた業は【ありふれた剣術・ランク0】。

習得された戦技は(無色剣流)、(無名刺突)、(無心防剣)。

強化された業は【下級労働者の斧術・ランク1】。


血が滾るような強くなった感覚が確かにあったけど、それと同時に心の中にあった殺生に対する満足感とオズワルトへの殺意が消えた気がする。

なんだか気分がすっとして、心に余裕が出来た気がするね。


『これでチュートリアルは終わりだよ。アハハ。君に教えて貰った時から使いたかった言葉なんだ。…君はその事を忘れてしまったんだろうけど、僕はこの言葉が使えて満足だよ。』


黒竜はそう言い残して、羽を拡げて飛び立とうとした。

でも、私はその羽を掴んで首を横に振ったんだ。

そして、気になった事を伝えたんだ。


「アナタは私のことを知っているの?記憶を失う前の私を…」


『知っているよ。君が忘れてしまった思い出も、君がこの世界で経験した記憶も、君がかつて志していた使命も、君を討ち倒したあの≪黒い人≫についてもね。』


私の問いに黒竜は頷いてみせた。

この黒竜は私のことを知っている。

この黒竜に訪ねれば、私の知りたい事が知れる。

求めていた真実が目の前にある。

その事実に私は黒竜が口を開く前に、フライングで喜んだ。


『でも、残念だけどその事を教えられないよ。君は無垢で無知な子供だから、目を背けたくなるような事実を知るのには早過ぎるんだ。』


けれど黒竜は淡々とした語り口で、私の要望を拒否した。

言いたくないから言わないのでは無く、言う事が出来ないから言わないようだ。

なんにせよ、ぬか喜びしてしまった事には変わりなく、心がシュンとしてしまった。


『アハハ。まあ、賢い君なら、きっと自分の力で真実に辿り着けるよ。だから、そう残念そうにしないでよ。君はやっぱり笑顔の方が似合うのだから。』


優しく諭すと黒竜は私の頭を撫でるように、その慈愛に満ちた顔をなすり付けたんだ。

感触は鉄のように冷たかったけど、黒竜の言葉はどれも暖かくて優しかった。


「ありがとう。…じゃあ、行ってくる。」


簡単にお礼を伝えると、黒竜は美しい羽を優雅に羽ばたかせて喜んだ。

そして再び大樹に飛び立ったのを見送った私は、ゆっくりと目を閉じて静かに息を吐き出した。


『また、ここにおいでよ。僕は何時でも、どんな時でも、この世界樹の傍らに居るのだから。』


ジジ…ジジジ…


『嗚呼、でも少し望むなら、次は魂だけじゃ無くて…その身体と一緒に来て欲しいな。』


ザザ…ザ…


『もし全てを思い出したら、また一緒にお茶会をしよう。…お人形遊びでも良いんだよ?この寂しい場所で激しい踊りを興ずるのも悪くないね。』


ジジジ…ザザ…


『ターン、タップ、ターン、タップ、タップ、ターン。クルクル廻って、タッタッと足踏みしよう。そして、踊り疲れた最期には…僕を………して欲しいな。』


黒竜は虚空を舞いながら、独り言を吐き出していた。

それはきっと、彼のささやかな願望で、叶えられるべき悲願であったのだろう。

けれど、私はそんな彼の言葉に耳を傾ける事は無かった。


優しい彼を奈落の底に残して、世界を巡る旅に戻った。

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