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第5話 ≪前線の道化≫、オズワルト。

4000字あります。

 元・護衛騎士ランツクネヒトと明かした緑スカーフの蛮賊、オズワルトはその鋭い剣を振りかぶり私を叩き切ろうと向かって来た。


『危ない!避けて…!』


その速度はかなりのもので、一瞬にして距離を縮められてしまった。

気後れしてしまい、私はかなりギリギリになりながらも、何とか横に飛び込んで転げながらもその叩き斬りを回避した。


「剣術…(アンガースライス)だぁ。まずは挨拶として簡単な剣術を使ってみたぜぇ!…お前なら簡単に避けてくれるとは思っていたんだがなぁ…結構ギリギリだったなぁ?大丈夫かぁ?げひゃはははは!!!」


オズワルトは見下すような目付きで私を煽り、手で私を挑発してきた。

コレって自分がやられると結構ムカつくね。

少し苛立ちを覚えながらも、それでも冷静に動き出した。


ナイフでは不利だ。…武器を拾わないとね。


私はにじり寄るオズワルトと一定の距離を維持して、足元に落ちていた斧を左手で拾い上げた。

ずっしりとした重い手応えで、私ではあんまり振り回す事が出来ないのが何となく察した。


『敵の武器を鹵獲しましたか。流石、アナタですね。けど、斧は重くて力が要りますから、可能で有れば他の武器を推奨します!』


アリスの助言はもっともだ。

私の衰弱しきった筋力ではこの重い斧を上手く生かせないだろう。

けど、まだナイフよりかはマシだろうね。


「お返し…。」


早い足裁きで前進して、オズワルトの脳天にめがけて斧を振り下ろした。

その一撃は少なくても、人の頭や腕の骨を砕くのには充分過ぎる威力を持っていた。


「おらよっと。」


けれどオズワルトは余裕そうに剣で攻撃を受け止めた。

かなりの衝撃が腕に来て、場合によっては武器を落としてしまうはずなのに、しっかりと防いだのだ。


「(ガードスラッシュ)…お返しのお返しだぜぇ!」


さらにオズワルトは斧を防いだまま剣を振るい、私に力強い斬撃をお見舞いしてきた。

流石にこれは避けられなかった。

私は軽く胸を斬り付けられてしまった。


『きゃあ!?!あ…あ…だ…大丈夫でしょうか!!?ああ…血が…!』

「ぅ…!避けられなかった…!」


深くは斬られなかったけど、鈍い痛みがジンワリとするね。

それに、何だか気分が悪くなった。

そう言えば、オズワルトの攻撃と行動に黄緑色のエフェクトと蛇のようにくねったような嫌な感じがしていた。

これも感情が宿った攻撃だったのだろうか。


『これは、”愉悦”の感情が宿った攻撃ですね…。あのオズワルトと名乗った男の人、常に愉悦状態になっているみたいです。…相手が悪いですね…待避しましょう!』


私の心配と敵との戦力差を考慮して、アリスは私に敗走の提案を示した。

けれど、私は無言で斧を構えて、逃亡を断った。

相手からの感情をぶつけられて、少し冷静さを欠いていたのかも知れない。

私は少し苛ついていたんだ。


「本気で行くから、命乞いのセリフでも考えていて。」


私は苛立ちを乗せた挑発を送り、斧を前に向けながら突撃した。

挑発を受けたオズワルトは少しだけ恨めしそうな目付きで私をジッと見つめていた。

その間、一切の防御も攻撃も行っていなかった。


「………漆黒の…髪…。紫色の…視線…。あの女を思い出させる……戦場に舞う黒蝶の乙女…。あの、≪漆黒の乙女≫…!……あぁ~…実に不愉快だなぁ。」


直前まで近付いてから、オズワルトはようやく動き出した。

…けれど、もう遅いね。

斧の刃は彼の脳天間近で、とてもじゃ無いけど避けられない距離だ。


「勝利…確定!」


斧がオズワルトの頭を叩き割った…と思ったら、どう言う訳か斧は空を虚しく切っていた。

そして、視界にはオズワルトの姿は写っていなかった。


「消えた?」

『…アナタ!!……後ろ…!避け…!』


アリスの鬼気迫る声を聞こえたと同時に、私の背中に強い衝撃が走った。

鈍く重い革に包まれた、太いナニカに叩き付けられた感触だった。

視線を向けると、そこには脚を回して背中に蹴りを入れていた…オズワルトの姿が写った。


「っあ…っ!?」


死角からの回し蹴りを見事命中してしまい、私は大きくよろけてしまった。

その間にも、オズワルトから攻撃が送られてくる。

強く握り締めた拳を真っ直ぐ突き出され、私のお腹に捻り込まれたんだ。


「っあぅ…!?げほっ、がほっ!!」


一気に態勢を崩してしまい、ヨタヨタとふらついてしまう。

何とか視線でオズワルトを捉えたけど、間髪入れずに硬いジャブが飛んでくる。

敢えて剣を使わないのは私を舐めているって事だろうか、それとも嬲って私を痛めつけたいのだろうかね。


「ぐぅ…!はぁ…はぁ…!!」


さっきまで無駄口を叩きながら笑っていたのに、どうしてかオズワルトの表情は冷え切っていた。

一切のお巫山戯の無い本気の殴打は、私に振動が少しずつ蓄積していった。


「これを…!くらえ!!!」


ずっしりと重い鉄拳が私のお腹に炸裂した。

まるで崖から落ちたような衝撃だった。

体の中で爆発でも起こったような衝撃に、私は口から殆ど唾液と胃液だけの吐瀉物を吐き出した。


「げほっげほっげほっ!!!はぁっ…はぁっ…おぇ…っぅぅ!」


これには流石に堪えた。

ふらつく足取りでオズワルトと距離をとりながら、私は息を整えて何とか気をしっかりと保った。

でも衝撃で膝がガクガクしていて立つのがやっとで、頭がグラグラ揺れている感じがして目眩もする。

それに息も上手く出来なくて、ずっと過呼吸状態だ。


『これ以上は限界です。本当に死んでしまいます。お願いです…どうか、逃げてください!』


アリスの必死の懇願を聞いて、ようやく私は逃亡を選択した。

とても遅い判断だった。

最初の攻撃をギリギリに避けていた時点で気が付くべきだったんだ。


この、圧倒的な戦力差に気が付くべきだった。


でも、まだ逃げるチャンスはある。

周りの賊は距離を取っているし、幸いな事に先の道は空いている状態だった。


気を付けるべきなのは、目の前の存在オズワルトだけだ。


息を何とか整えて、逃走経路と道を出た後の隠れ場所をイメージして私は鞄から【綺麗な石】を取り出した。


「プレゼント…君に上げる!」


顔にめがけて思いっきり投げ付けた。

空を切り裂く音を立てながら推進した石は、オズワルトの超反応による剣流によって弾かれてしまった。

でも、投げたのは一個だけじゃ無い。

けれど、時間差で投擲された石は、残念なことにオズワルトの頬を掠めて外れた。


「くそっ!今のは危なかったなぁ!」


命中こそしなかったけど、それでも一瞬だけ興味を私から逸らす事が出来た。

その一瞬を逃すこと無く、私は全速力で先の道を目指して疾走したんだ。


「おいおいおい!!敗走かぁ?あんだけの啖呵切っておいてこれはねぇぜ?ぎゃひゃははははははは!!!!」


後ろから侮蔑の視線と罵倒の言葉が聞こえてきたけど、気にする余裕なんて無いから構わずに失踪する。


あと少し、あと少しで逃げ込める。


私は足を速めてこの場所から撤退をした。

…そう思ったのに。


「逃げられないぜぇ?」


不敵に笑ったオズワルトの声が聞こえた。

それと同時に膝に鋭い熱が一点に生じて、私はその場に叩き付けられるように転んでしまった。


「あうぅっ!!?…っ!……!」

『ああ!アナタ!!足に矢が!!』


すぐさま目で追って確認してみると、深々と矢が刺さっていた。

そして、ちょうど離れた所の木の上に、迷彩柄の装束を着た蛮賊が弓を持って息を潜めていたのに気が付いた。


「しまった。6人じゃ…無かった…。一人…隠れていた…あぅ…油断…した。」


後悔してももう遅かった。

下卑た嘲笑を貼り付けた道化師が私の前に立ち、私の髪を乱暴に掴み上げて目を合わせてきた。

その顔はまさに、罠に引っ掛かった獲物を回収する狩人のようだった。

周りの賊も下品にはやし立て、五月蠅く騒ぎ立てていた。


「おら、泣きながら懇願しろよ?乳離れ出来てねぇクソガキみたいにワンワン泣いてションベン垂れ流しながら跪け。なぁ?ぎゃはははは!!」


下劣極まりない発言を唾と共に吐き付け、私を屈服させようと促してくる。

けれど、私は口を固く閉ざして、鋭い目で睨み付けた。


「……助かりたければアナタの大切な名誉を捨てて。そうすれば私はアナタを生かしてあげられる。許してあげられる。…クソっ。上から目線で好き勝手言いやがって…。敗走した騎士がどんな惨めな末路を辿るのかなど、分からねえクセに…あの女は…あの≪漆黒の乙女≫は…!」 


唐突にオズワルトは独り言を呟いた。

まるで恨めしそうに怨嗟と嫉妬の籠もった言葉は、愉悦に満ちた軽口とは比べ物にならなかった。


「何を…言って…」


困惑していると余計に苛立ったのか、彼は私の顔を地面に叩きつける。

振動で再び目を回しながら、私は彼を睨む。

睨むしか出来ないから、今できる行動を取るしか無かった。


「反抗的な女だなぁ?猫をかぶりゃ、痛い目を見なくて済んだものをなぁ?戦う前からずっと思ってたんだがぁ、やっぱりお前バカなんだなぁ?げひゃははははは!!!」


煽り散らすオズワルトは私の髪を引っ張って、無理矢理立たせたかと思うと、剥き出しのお腹を剣の柄で突いた。

拳で殴られるよりも、ずっと強烈な打撃だった。


「がはっぁ…ぁ…!?」


「ゆっくりおねんねしなぁ。目が覚めたら、どうなっているのか…へへへ、考えるだけでも面白いなぁ?」


嫌らしいニチャニチャした声を耳元で囁かれ、私の視界は漆黒の闇に染まっていく。

それはただ意識が遠退いて来ている事を現しているだけだけど、まるで今後の未来を示唆しているようにも捉えられるね。

私はアリスの悲痛な叫びと下品な賊の笑い声を聞きながら、再び暗闇に墜ちていった。

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