第4話 辺境の地、蛮賊の狩場。
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謎の存在による幻術から覚めた私は早速、幻惑の中で得た情報をアリスと共有しようとした。
「おはよう。ねえアリス…実はさっき、」
『わあああああああ!!!!!!良かった!良かった!死んだかと!殺されてしまったかと思いました!!急に気を失ったかと思ったら嫌な気配が漂い始めて何処からか怪物が現れてアナタを食べようとしていたのですぅ!!!私じゃ止められないし、きっと相手に声すら届かないから見ているしか無くてずっと心臓がバクバクしていましたぁ!!!心配で心配だったのですよ!!!無事で良かったぁ!!!』
けれどアリスは私が目覚めて早々、抱き付いて泣くかのような勢いで連射発言を始め出して私の言葉が掻き消された。
脳内に大音量で響いて、まるで頭を鈍器で鈍く殴られているようだ。
あぅぅ…グラグラ揺れる…ユラユラ震える…
さっきまで幻惑に曝露されていた事もあって、より一層頭が振動でクラついた。
気絶しかけながらも私は何とかアリスを宥め込み、先程得た情報を伝達した。
『なるほど、そのような事があったのですか。しかし…カーニバルですか。』
「知っているの?」
『はい!悪い意味で有名な集団ですね。何でも彼らは定期的に小さな村や町を襲い、その住民を殺した後に加工して食肉に変えるのです。そして、その後は…うぅ…これ以上はあんまり言いたく無いです!察してください!…それよりも!』
吐き気を押さえるように言葉を飲み込むアリスはそのまま話題を逸らした。
『さっきまでアナタを食べようとしていた怪物の事です!アナタはあの怪物に変な約束をしたみたいですが、あの怪物はいきなり魔法をかけてアナタを食べようとしたんですよ?信用できないです!』
アリスの語るあの怪物、おそらく私に語り掛けてきた傲慢で醜悪な声の事だろう。
どうやらアリスは現実であの醜悪な声の姿を見ていたようだ。
声だけしか聞こえなかったから、その怪物と言い切る姿に興味が湧いた。
「怪物って断定しているけど、そんなに恐ろしい姿だったの?」
『はい!恐ろしかったですよ。背丈は幼い子供と同じで肌は褐色、髪色は肌色とは真逆の純白でした。…胸と下半身の構造的に恐らくは女性ですね。でも、それだけなら怪物と呼びません!だって、腕が四本生えていたんですよ!しかも、口からは鋭い犬歯が覗いていて、舌はまるで蛇のようでした!あ…後は…殆ど裸で…と…とっても恥ずかしい格好でした…。』
私は声から勝手に男性だと思い込んでいたけど、アリスの証言では女性らしいね。
それ以上に特筆すべき要素は、四本の腕を持っていてほぼ裸だったって所かな?
アリスがそこを”異質”だと言うって事はこの世界では腕は通常二本までしか無いと言う事になるね。
そして、やっぱり裸なのはおかしい事みたい。
いい加減、上半身裸でズボンをノーパンで穿くのはよりしくないから、早く下着が欲しいところだ。
何処かに服を着た死体か、まだ使えそうな下着でも捨てられていないかな?
いや、流石に誰かが穿いた後の下着は着たく無いかな…。
まあ、洗えば変な病気に移ったりしないだろう。
「まあ、とりあえず旅を続けよう。心配しなくても、私はあの声を完全には信用していないよ。でも、折角約束したんだから、そこは無碍にはしたくないかな?」
荷物を持って私はガランとしたこのカーニバルの聖域を後にした。
どうしてか、後ろ髪を引かれるような重く粘っこい気配を感じたけど、気にする事無く足を進めた。
………。
………………。
しばらくはのどかな道を歩んでいた。
山や雲に遮られた陽光が、まるで神の降臨現場かのような差し方で神秘的だった。
でも少し薄暗くて、物陰はより一層目立たなくなっているから、色々と見落としが増えてきた。
ザラッと見歩いたけど、ここはどうやらただの山道では無く、古い遺跡の一部のようだ。
草と苔で隠された古い神の石像、倒木と風化により砕かれた陶器や壺、打ち棄てられた名前の無い名画、恐らくもう殆ど価値の無い骨董品、朽ちた木製のトーテム等、様々な宗教的な遺物と遺構が見て取れた。
そして、不思議なことにそれぞれが一つの宗教による物では無く、別々の宗教の遺物であった。
もしかしたら、ここはかつて様々な宗教が入り乱れて共存していたのかも知れない。
或いは、ここでかつて様々な宗教がお互いに争っていたのかも知れないね。
まあ、それも全ては古代のモノで今を生きる私達には関係ないのかも知れない。
歩きながらも探索は怠らずに、落ちている物手当たり次第拾い集めた。
収穫は【不吉な枝のトーテム】3つ、【千切れた数珠】2つ、【メッキの剥がれたロザリオ】5つ、【カビの生えた聖杯】5つ、【濁ったガラスの聖笛】2つ、【錆びた鈎の屠殺包丁】1本。
今更だけど、拾った物の名前は何となく似合いそうなモノを私が適当に付けただけだから、これが正式な名称と誤解しないようにね。
さて、それはそうとして、また荷物が増えてきた。
前回みたいに布を使って鞄を増設したかったけれど、肝心の布切れが無かった。
今回はこれ以上容量を増やす事は出来ない。
遺憾だけど、今は一旦拾うのを止めよう。
「シュン…」
少し気持ちが曇ったけど、景色は相変わらず壮観だった。
何度も丘を登ったり、崖から滑り落ちかけたりと、疲れる事を続けているけど、この景色を見ていると疲労感は殆ど感じなかった。
『そろそろ休んだ方が良いと思います!もうかれこれ2時間は進み続けています!疲労で倒れたりしたら大変です!』
アリスは休息をとるように促してきたけど、私はまだ休むつもりは無い。
まだ目が回っていないと言う事は、体力が残っている証拠だ。
それにここはちょっと開け過ぎていて、休むのにはあまり適していない。
「もう少し物陰のある場所を目指そう。そこについたら、少し休むね。」
私は鞄を持ち直して、息を整えながら前に進んだ。
一歩一歩進んでいると、足に何か引っ掛かった。
「…?」
気になって屈んで見てみると…それは人の骨だった。
それは恐らくは腕だったのだろう、近くには手袋に包まれた手の骨が残っていた。
周りを見てみると、沢山の骨が転がっていたんだ。
それはとても一人二人では足りないくらい、多くの人数がここで命を落とした事を示していた。
「アリス。近くに誰かいたりする?」
私の問いにアリスは、唾を飲み込む音を立てながら答えた。
『…はい。います。一人…二人…いや、これは…!大人数に囲まれています!!』
私は急いで走り出し、この場から逃げようとした。
けれど、その行動をするには遅すぎた。
岩陰から黒い影が飛び出して、6人の人影が私を囲い込んだ。
「へへへ。バレちまったかぁ!若え女の癖に良い勘してやがるぜぇ!」
その人影達は分厚いローブで全身を隠していた。
体を覆う外套は雨風と時間の流れでボロボロになっていて、口元はボロ布で素顔を隠していた。
手も革の手袋を付けて、武器をしっかりと握っている。
靴は柔らかそうな革の長靴で、足場の悪い場所を駆けるのに適しているように見える。
『蛮賊…!気を付けて!この人達は自らの欲望を埋め合わせる為に徒党を組んで、旅人や行商人を狙って追い剥ぎをする悪党です!』
蛮賊達はそれぞれ武器を装備している。
剣は三人、一人は斧、二人は手製の槍かな?
体を隠しているから、彼らの種族も性別も装備品も分かりづらい。
対して私はすっぴんな上に武器も弱い、それに戦える味方も誰もいない。
「…こんな場所で待ち伏せなんて、今までヒマだったんじゃないかな?」
私は冷静を装って、一番前に立つ蛮賊に会話を試みた。
下手に先制攻撃しても勝てないのは判りきっている。
だから、可能なら穏便に済ませよう。
「いんや?ヒマではなかったぜぇ?なんせ、ここは多くの巡礼者や旅人が寄ってくる【聖地溜まり】だからなぁ。そして…ここはちょうど良い場所で、お気楽な奴らが休憩に立ち寄るんだぜぇ。待っているだけでバカな金持ちやマヌケな物好きが勝手に集まってくれるんだぜ?笑えるよなぁ?」
聖地溜まり…名前の通りならここは多くの聖地や聖域がある神聖な巡礼地なのだろう。
そのため多くの人々がここにやって来て祈ったりしているのだろうね。
けどここは過酷な山道で、いくら旅慣れた人でも疲労する。
そうして、多くの人が休みに立ち寄ってくるから、疲労しきって警戒心の薄れた人を狙って、集団で囲い込んで今みたいに強盗行為を行うんだろうね。
「普通はあっちからやって来るんだが…どうしてかお前は反対側から来たみたいだなぁ?…俺たちゃ、ここを根城にして活動している。だから、ここを通り過ぎることは出来ないし、通り過ぎたとしても顔や特徴は覚えているんだぜぇ。」
賊はフードからギラリとした視線を向けて、私を舐め回すように凝視した。
「だがお前を見たヤツは仲間には一人もいねぇんだ。お前のその珍しい紫目と黒髪は一度でも見れば印象に残るはずだ。なのに、誰も知らねぇんだ。不思議だなぁ?」
「…不思議だね。」
怪訝そうな目付きで私を見つめる賊達は、どうやらここで長い間ずっと張り付いて居たみたいだね。
でもそんな彼らですら、遺跡の内部に居た私を知らないようだ。
と言うことは、私はこの蛮賊達がここに蔓延る前からずっとあの遺跡の中で眠っていたのだろうか?
何のために、どうして、この聖地溜まりの地に私は居たのだろうか?
ますます、自分が何者なのかが気になった。
「ああ~…まあ、どうでも良いかぁ!お前を八つ裂きにして、脳味噌を鑑定屋に引き渡せりゃ俺の疑問は解消されるからなぁ!野郎共ぉ!準備は良いかぁ?!女をバラすぞぉ!!」
ボリボリと頭を掻きながら気怠そうに話していたのに、いきなり真逆なテンションで武器を構えた。
そして三名の賊が斧や剣を抜きながら飛び出してきた。
「げひゃははははは!!!安心しな!殺す前に楽しんでやるからよぉ!」
「殺した後は肉を剥いであの妙な皿に乗っけてやるさ!クズ肉でも金になるって本当に最高だねぇ!」
下品な笑いと共に武器を振り回しながら私に襲いかかった。
さて、初めての対人戦だけど、自分が不利なのを忘れてはいけない。
可能なら倒すけど、厳しかったら直ぐに逃げだそう。
「勝負…開始。」
しっかりとナイフを持ち直して、斧の縦切りを回避した私は賊に向かって切り付ける。
けれど、賊は私と違って分厚い外套で護られている。
私の斬撃は、ただ服を軽く傷つけるだけに留まった。
「テメェ…!俺のマントに傷を付けやがったな!!ぶっ殺してやらぁ!!」
斧をブンブン振り回しながら私に突進する賊が、反撃されたことに逆上した。
私みたいな弱そうな少女にやり返された事が、彼の小さなプライドを傷付けたんだろうね。
「……フフっ」
少し面白くて笑いを漏らしてしまった。
ああ、そのせいで余計に彼のプライドを傷付けてしまったね。
「このクソアマァ!!そのドタマかち割ってやらぁ!!ぶっ殺した後にテメェの体をじっくり楽しんでやるよ!!ぎゃはははははははは!!!」
「…っ!!…おい!気をつけろ!今、俺に当たる所だったぞ!?」
仲間と共闘している事すら忘れて、斧を振り回す賊は後のことをゲラゲラ笑いながら語っている。
きっと頭の中では勝利した後のことを想像しているのだろうね。
妄想の中ではきっと、頭から血を流しながら絶命した私を好きなように弄んでいるんだろうね?
戦闘中に気が散るのは良くないなぁ。
「強盗のおじさん、戦いでは集中していないと危ないよ?…ほら。」
私は真っ直ぐ立てたナイフを賊の首に突き出した。
素人とは言え、極限まで研ぎ澄まされたタイミングで素早く突かれれば、ある程度戦い慣れた人でも命を落とすよ。
「がぽっ!?がっ…ぉ…ぉぉ…」
…こんな風にね。
まさか、こんな小さな女の子に殺されるとは思ってもいなかったんだろうね?
首を刺されたあの賊は、最期に凄く驚いた顔をしていたからね。
「この…!バカが…!油断しやがって!」
「やりやがったな!このメスガキ!!!腹掻っ捌いてやるよ!!」
仲間を殺されて怒り狂った賊2名が、それぞれ剣と槍を突き出しながら突撃してきた。
その攻撃には焼き付けるような憤怒の感情が宿っていた。
『気を付けてください!怒りの感情が宿った攻撃です!』
アリスの警告を聞いて、前にアリスが言っていた事を思い出した。
”精神がその感情一色に染まった時、行動にその感情が宿る。”
つまり、この賊達は怒りで思考が染まりきっているって事だね。
怒りに任せて冷静さの欠片も無くせば、確かに攻撃は激しくなるけど、その精度も大きく下がってしまうものだ。
「死ね!死ね!この露出狂が!!」
「クソ、ちょこまかと鬱陶しいなぁ!」
賊の攻撃は確かに激しくて、掠っただけでも危うい威力を誇っていた。
けれど、やっぱり我武者羅に振っているだけでは私を捉えることは難しいだろうね?
そして、息も忘れて武器を振り回していては、いつかバテてしまうね。
「はぁ…はぁ…!」
「チャンス…到来。」
賊の一人が息を切らしているところを突いて、両手で握り締めたナイフを賊のお腹に深々と刺し込んだ。
亡者とはまた違った、生々しい感触だった。
「が…はぁっ…!?ク…ソ……」
ナイフを引き抜いて一歩下がったと同時に、その賊は恨めしそうな目付きで私を睨みながら永遠に沈黙した。
次の賊に狙いを定めていると、賊の一人が手をパチパチと鳴らし始めた。
最初に私と会話をしたあの賊だった。
口元を緑色のスカーフで覆い隠し、若干緑がかったローブを着たあの賊だ。
そう言えば今気付いたけど、この緑スカーフの賊だけ他の賊達と少し距離感があるように見える。
仲間が二人も殺されているのに、この緑スカーフの賊だけが飄々としていて全く萎縮していない。
この賊こそが、この蛮賊の集団を纏め上げているリーダーなのだろう。
「お前、なかなかやるんだなぁ。まあ、動きは素人のそれだが…殺すのに全くの躊躇いがねぇな。そのふざけた身なりからして正気ではねぇとは思っていたが、まさかここまでタガが外れていたとはなぁ!!」
愉悦に浸るような嫌な感じにニヤけたリーダー格の賊が簡単なハンドサインを送った。
そのサインを見た賊達が次々と後ろに下がって私達と距離を置いたんだ。
だけど、私とさっきまで戦っていた一人の賊は反発した。
「な…!この俺に下がれだと?!…リーダー!!俺はまだ…」
「うるせえよ。黙れよ。とっとと下がれよ。」
けれど、賊のリーダーに威圧されて、素直に引き下がったみたいだ。
あれだけ怒り心頭だったのに、一睨みだけで一瞬にして冷却されたみたいだね。
それだけ、恐ろしい相手って事だ。
「一騎打ちといこうかぁ。決闘らしく、お互いに名乗りを上げようかなぁ!」
「一騎打ちね。待ち伏せしているような蛮賊には似合わない台詞だね?」
私が挑発を返すと、賊のリーダーはニヤリと嘲笑で返した。
あまり気に障らなかったようで、私の挑発は失敗したみたい。
「俺は落ちぶれちまったがなぁ、昔は護衛騎士だったんだぜぇ?その辺のチンピラとは訳が違うから、あんまり舐めねぇ方が良いぜぇ?」
賊リーダーの発言から私の知らない単語が出て来た。
護衛騎士…その名前の通り誰かに仕えて護ってきたのだろうか?
こんなチンピラみたいな男でも、昔は真面目だったんだろうか。
『護衛騎士は国に正式に認められて代々傭兵家業に従事する人を刺す言葉ですね。あ…傭兵には協会や国から正式に認定された”正規”と、名乗るだけで誰でも成れる”非正規”で分けられるのです。その正規の傭兵が”騎士”と呼ばれて、幼い時から厳しい教育を受けて高度な戦闘技術を育てられるのです。』
ちょうど気になっていた所を、アリスがまた早口で解説してくれた。
なるほど、つまり目の前の賊は他の素人とは比べ物にならないくらいに強いんだね。
「野郎共はそこでボーッと鷹でも見ていなぁ!」
賊のリーダーが剣を抜き、汚い舌を出して刃を下品に舐め付けた。
そして嘲笑を浮かべて唾液の付いた剣を私に向ける。
「俺はぁ、オズワルトだぁ。傭兵共からは≪前線の道化≫と呼ばれているんだぜぇ!良い二つ名だろぉ!?げひゃはははは!!」
「君に名乗る名前は無いけど…とりあえず、ただの旅人とだけ名乗っておくよ。」
ちょっと雑な私の名乗り上げを聞いて、賊のリーダー改めオズワルトは少し冷ややかな目付きで私を注視した。
「…意地汚く地べたに這いつくばり、幼子のように泣きながら足を舐めて、心の底から慈悲を乞うたら生かしてやろう。……俺はぁそれだけじゃ足りねえから、その体を自分から俺に奉仕したら奴隷として、特例的に生かしてやるよぉ!」
下卑た笑顔で獣のように舌を出したオズワルトは、その持ち主と同じくらい不潔で粗雑な剣を構えた。
その構えの型だけは洗練されていて、私とアリス…そして外野で見守る賊達すらも圧倒された。