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第3話 辺境の地、捨てられたカーニバルの聖域。

5000字くらいあります。

 しばらく廃坑を進んでいると、段々と周辺が明るくなってきた。

松明や発光結晶による偽りの光では無く、それは暖かな太陽の光であった。

記憶を失った私にとって、初めての日の光だ。


『そろそろ地上みたいですね!けど油断は禁物ですよ!ゴール付近には大抵良くない展開が待ち構えているモノです!気を付けながら、頑張って進みましょう!』


アリスの助言通りに私は警戒心を緩める事無く、階段や段差を跨いで行く。

地上に上がっているのだろうか?

さっきから上に登っている感じがする。

照度もどんどん強くなっているのが分かる。


「まぶしい。」


明る過ぎる陽光を片手で遮光しながら、じりじりと前に進み続けた。

一歩一歩進むごとに、周りが光で白くなっていくように見えてくる。

あと少し、あと少し踏み出せば辿り着く。


一歩、もう一歩、あと一歩…!


最後の一歩を踏み越えて、私達はようやく暗闇から抜け出したんだ。

…爽やかな風が吹く、まぶしい光が暖かく包み込む、草と土の匂いが優しく漂っている、何処からか猛禽類の猛々しい鳴き声が聞こえてくる。


確かに、私は地上に帰ってきた。


大地の祝福をこの身に感じ取りながら、私は周囲の視察を始める。

ここはどうやら山に囲まれているようだ。

木は生えているがその数は少なく、高知特有の草花が咲き乱れている。

坑道への道は良く見ると舗装されていた形跡が見て取れたが、今は雑草と苔の花壇となっている。


『良い天気ですね~!久し振りにお日様を浴びました!…さて、少し散策してみましょうか。何かあるかも知れません!』


少し背伸びして身体の疲れを癒やしながら、私はナイフを握っておいた。

特に敵が居るわけでも無いけれど、前もって装備しておけば奇襲にも対応できるかも知れない。

まあ意味は無いかも知れないけど、とりあえず私は歩き出した。

洞窟や廃坑とはまた違った足裏の感触を味わいながら、草むらや倒木の影に落ちた遺失物を探し出す。

落ちている物は石ころや木の枝ばかりだったけれど、役に立つから拾い集めていく。


収穫は【綺麗な石】5つ、【折れた木の枝】3本、【陶器の鋭い破片】4つ、【陶器の鈍い破片】2つ、【小さめの布】10枚、【大きめの布】1枚、【荒めの縄】3本、【細長い紐】5本。


鞄があるから物をいっぱい詰め込めて気持ちが良い。

今はただのガラクタでしか無いけれど、使いようによっては色々と役に立つ。

労働者の記憶がとても役に立っている。

あの男の人には感謝してもしきれ無いね。


さて、そろそろ鞄も重くなってきた。


でも、それと同様に素材も揃ってきた。

私は底が破けそうな鞄を慎重に持ちながら、近くの木陰に入って座り込んだ。

そして素材を並べて使える物と今は使えない物を仕分けながら、作りたい物の設計のデザインとその合理性を構想した。

そしてある程度脳内で組み立てられた製作物をイメージしながら、私は必要な素材を手に取り黙々と鞄を改造し始める。


結果を言うと消費は【小さめの布】6枚、【大きめの布】1枚、【陶器の鈍い破片】2つ、【荒めの縄】1本、【粗製の小型バッグ】。

製作物は【粗製の小型改造バッグ】。


【大きめの布】と硬い【陶器の鈍い破片】で底部分を上から縫い付けて、【小さめの布】で外側の怪しい部分を補強した。

肩にかける為の鞄のベルトは、布だけだと耐久面に問題があったから、それなりに丈夫な縄を付け足した。

後は余った【小さめの布】を使って外側と内側にポケットを作ってみた。

これで一応、【粗製の小型改造バッグ】は完成した。

ついでに素材を使ってもう一つ作ってみよう。


消費は【小さめの布】2枚、【細長い紐】4本。

製作物は【粗製の簡易スリングショット】。


これは労働者の男から得た知識から作った物で、石を遠心力?いや…運動力?…私にはまだよく分からない法則的な働きで石を投げる道具らしい。

労働者の男の曰く、石ほど手軽で強力な武器は無い。

何処にでも落ちていて、私みたいな非力な少女でも扱える。


これはそんな石の強みを生かす兵器だ。


さて、一時間くらいずっと色々素材を使ったり道具を作ったりして、色々と持ち物がごっちゃになってきた。

少し整理しよう。


現在の所持品は…【パン】3つ、【質の悪い薬草】2束、【黄金色に輝く蜂蜜】一つ、【不明のポーション】一瓶、【小さな刃物】1本、【古びたハンチング帽子】、【男性の炭鉱労働用ズボン】、【綺麗な石】6個、【折れた木の枝】4本、【労働者のドッグタグ】一つ、【小さめの布】2枚、【陶器の鋭い破片】4つ、【荒めの縄】2本、【細長い紐】一本。


結構色々と種類が豊富で覚えづらいね。

でも、持ち物をよく覚えていないと、いざという時に良くないかもね。

メモを何処かに出来たら良いんだけど…。


「そうだ。閃いた。ピカ一ン。」


『ど…どうしたのですか?いきなり物を作り出したと思ったら今度は変な事言って…』


ちょうどアリスも喋ってくれた。

これに乗って私は彼女にお願いをしたんだ。


「ねえアリス、今から言うことをよく覚えて。今の私達の所持品は…」


「…だよ。ちゃんとよく覚えて。」


メモが出来ないのなら、一人で覚えるのが難しいのなら、仲間に覚えて貰えば良いじゃないか。

我ながら天才的な発想に驚愕を禁じ得ないね。


『はい?ちょっと待ってください。どうして私がこんなガラクタを覚えていないといけないのですか!?私はアナタのパートナーであって、メモ帳じゃ無いのですよ!』


でも、どうやらアリスはこれに不服のようで異を唱えた。

確かに彼女はメモ帳では無く、大切な仲間だ。

まるで道具のような扱いをさせてしまって、ちょっと申し訳なくなったけど…


「ガラクタじゃない。これは大切な旅の収穫だよ。」


頑張って集めた戦利品をガラクタ呼ばわりされたのが少し引っ掛かった。

この収集物はいつか危険な魔物を退治する武器になり、秘境や遺跡の調査道具となり、長い旅のお供になるんだ。


『どうでも良いです!…はぁ。まあ、アナタの頼みなら聞きはしますけど…あんまり私に変な事は頼まないでくださいね?』


でも、アリスは溜め息を交えながらもちゃんと手伝ってくれるみたいだ。

自分で頼んでおいてこんな事を言うのは良くないけど、明らかに面倒くさくて自分にとって利益のない頼み事を引き受けるのはかなり凄い事だと思う。

きっと、記憶を失う前は相当仲が良かったんだろうね。

出来れば早くにもう一人の仲間にも会ってみたいね。


『それにしても、陶器とか古びた工具とか布切れとか、色々と人の物が多いですね。昔はここに人が多く来ていたのでしょうか?』


アリスの何気ない話を聞いて、私もその事にようやく気が付いた。

確かに言われてみれば人の痕跡がだいぶ多い。


坑道があったから、そこの労働者達が残した物だろうか?


でもそれにしては、物の数も種類も多い。

それに、この陶器の破片には随分と凝った装飾があったあとがある。

芸術品と言うよりは、宗教的な象徴にも見える。

少し考えながら歩いていると、脇道があることに気が付いた。

少し目立ちにくい所に続いているその道からは、何だか不吉な気配がした。


『何だか怪しいですね。少し嫌な予感もしますが、アナタは一応戦えますので、行ってみましょうか!』


アリスに背中を押されて、私はナイフを構えながら進んで行く。

随分と雑草が多くて足元が見え辛い。

けれど、足裏の感触からして、今歩いている場所が舗装されている道なのは分かる。

ここもかつては誰かが通っていたのだろう。


『何か見えてきましたね。…これは、案山子?いえ、これは…トーテム?』


道の先には少し開けた場所があった。

森の中にポツンとあるソレは、カボチャと藁の束で造られたトーテムだった。

そしてその前には、大理石を削って造ったような大きな器が設置されていた。

器は人が何人も入るくらいには大きくて、底が深かった。

器と言うよりは、ソレは井戸のような物にも見えた。


キィン


少し耳鳴りがして、視界が一瞬だけ真っ白に染まった。


『嗚呼、匂うぞ。肉々しい生者の香りが届いたぞ。美味そうな生娘か?それとも噛み応えのある男か?嗚呼違うか、萎びた干し肉のような老いぼれか…?それとも肉汁滴る魔女だろうか?』


何処からか声が聞こえた。

アリスの白銀の声とは違って、その声はブクブクに肥えた醜悪で傲慢な男のようなモノだった。

まるで腹を空かせて料理を待っているかのように、その醜悪な声は私に語りかけてきた。


『吾輩の問いに応えよ!訪問者よ!お前は肉か?それとも捕食者か?応えなければお前は肉だ。』


その醜悪な声は意味の分からない問いを投げ掛けてきた。

”肉”とはどういう事だろう?

確かに私は生物で、身体は血肉で出来ている。

そう言う意味では肉だろうか?

けれど、私の直感が言っている…肉と答えたら良くない事が起こる。


「いいや、肉じゃ無いよ。けど捕食者でも無い。だけど、これだけは言える。…私は君の欲する肉じゃ無いよ。」


私の解答に醜悪な声は応える。

まるで最初から私の解答がわかっていたように、準備された返答だった。


『肉となるモノは何時だってそう言う。己のことを肉では無く、人間ヒューマンだと、或いは緑草エルフだと、或いは子鬼ゴブリンだと、或いは鍛冶人ドワーフだと。だが、如何なる存在であろうと、吾輩の前では生者は全て肉だ。肉になりたくないのなら、変わりの肉を持ってくるが良い。それが無理であれば…今ここでお前を食い殺そう。』


その醜悪な声は威圧的で悍ましい雰囲気だった。

聞いているだけで、まるで捕食者から舌舐めずりされる、憐れでか弱き被食者になったような気分になる。

それでも、傲慢な持論を展開する醜悪な声に、私は臆する事無く聞き返した。


「何の肉を用意すれば良いの?」


素直に質問されたのが意外だったのかも知れない。

少しだけ狼狽えたようなうなり声が聞こえた。

恐らくは私が怯えて逃げ出すか、傲慢な態度に怒ると思ってたのかも知れないね。


『うむ。思っていたよりも冷静であるな?それに…お前は……ふむ。肉として喰らうにはもったいないな。』


醜悪な声は少しだけ沈黙する。

多分、悩んでいるのだろうか、少し間を空けて醜悪な声は私の質問に答える。


『うむ。吾輩は偏食では無い。ゆえに肉は生物のモノであれば何でも良い。新鮮で質が良ければさらに良し。捧げた肉の量と質の分だけそれ相応のモノを払おう。富、力、お前が望むモノを用意してやろう。』


どうやら肉で有れば何でも良いらしい。

引き締まった動物の肉、脂の乗った家畜の肉、人の肉、腐った死体の肉、干からびた肉、とにかく肉で有れば本当に何でも良いらしいね。

その肉をこの器に奉納する事で、この醜悪な声は私の望むモノを対価として支払ってくれるみたいだ。


私が金を望めば金を用意してくれて、私が力を望めば力を与えてくれるのかな?


どうやって用意してくれるのかはわからないけど、まあ…もし報酬が嘘だったらぶん殴ろう。


『ああだが、骨や臓器は持ってくるな。前に吾輩にあの不味いモノを混ぜて奉納するバカがいたのでな。お前はそのバカとは違うと期待しているが、もしもバカなまねをすればお前を食い殺す。』


威圧的に釘を刺してきたけど、声だけなのにどうやって食い殺すと言うのだろうか。

もしかして姿が見えていないだけで、醜悪な声の主はこの近くに身を潜めているのかも知れないね。


「わかった。肉を拾ったらここに持ってくれば良いの?」


『皿はここだけでは無い。吾輩の皿は世界の各地にある。吾輩を信奉する下民共は【カーニバルの聖域】と呼んでおる。はっ!皿をどう呼ぼうが、吾輩にしてみればどうでも良い事よ。全てを超越せし吾輩にとって、俗物の考え事などどうでも良い。』


カーニバル…初めて聞いた単語だ。

人の名前だろうか?それとも団体の名前だろうか?

それよりも、一番驚いた事はこの傲慢な存在を信仰する人達がいる事だね。

力がある存在を敬い崇拝したがるのは人のサガなのかも知れないけれど、それにしたって対象はよく考えて選ぶべきだ。


『そろそろ吾輩の幻術が切れる頃合いだ。美味なる肉を待っておるぞ。……はぁ…あの白い魔女が横で煩わしかった。霊体で無ければ吾輩が食い殺せたものを…。』


どうやらこの醜悪な声の主によって、私は幻を見せられていたみたいだね。

いつの間に私は幻惑への落ちていたみたい。

気付かない内に罠にハマっていたとはね…気を付けないと。


「わかった。気にかけておくから。」


『期待しておるぞ。ああ、最後に一つだけ。吾輩の信者を名乗る者、カーニバルの下民共が聖域付近で活動しているが、コイツらは吾輩への供物を勝手に食いつまむ不届き者だ。殺して吾輩への献上品にしても良いぞ?…だが、今のお前では厳しいだろうな。精々、早く記憶と力を取り戻す事だな!ガッハハハハハ!』


虚空に向かって軽く手を振って目覚めるのを待っていると、醜悪な声が最後に忠告してくれた。

最初の態度からだいぶ打ち解けた感じだったけど、気に入られたと言うことだろうか。

なんにせよ、今回の情報は結構良かった。

目が覚めたらゆっくりと情報を整理しながら、アリスとも共有しよう。

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