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第2話 戦闘は冷静に対処しよう。

5000字あります。

 簡単な装備と簡易的な武器を手に、私は再び廃坑内を徘徊する。

ハタから見れば、私は貧しい蛮賊バーバリアンか、正気を失った徘徊者ウォーカーだろう。

まあそれでも、全裸で歩き回るよりかはマシではある。

私に残った僅かな常識によると、私くらいの乙女が裸でいるのは社会的に良くないらしいからね。

でも、上半身は未だに丸出しだから、早く何とかしないといけないね。


『はわわ…ハレンチ過ぎます…!正直に言いますと、全裸の方がまだマシに見えます…!今のアナタの格好は変態なのです!』


さっきからアリスが耳元でわあわあと声を声を張り上げていて正直耳が痛い。

実際には彼女の白銀の声は耳では無くて頭の中に直接響いているような感じがして、正直言ってかなりウルサイ…。

でもそれを正直に言ってしまうと、彼女が可哀想だ。

それに彼女の意見は正当だから、感情的に私が彼女の言葉を遮るのは不当になるね。

まあだからここは大海のような寛容な心を持って、彼女の言葉に耳を傾けていようじゃないか。

とは言えいちいち反応してもただ体力を消耗するだけだから、聞き流しながら私は物資や遺失物を拾っているんだけどね。

そうこうしながらも、私達は慎重に進んで行く。

廃坑内ここは結構広いけれど、その割には見通しが悪くて入り組んでいる。


つまり、かなりの死角がある。


ここで働いていた男の記憶によれば、この廃坑…正確には人の手の入っていない洞窟部分には、地を這う獣や正気を失った徘徊者がうろついているらしい。


地を這う獣…具体的な名称までは分からなかったが、私の見た限りでは、あれは虫のような姿をしていた。


大きさは子牛程はあり、その牙は少なくても人の腕くらいは噛み千切れるみたいだ。

そして特筆すべき要素は、跳躍力だろうか。

あの男の記憶によると、地を這う獣のはその足で洞窟内をノミのように飛び跳ねながら、狙った獲物に食らい付くらしい。

その飛び付き攻撃はかなり厄介で、若手の労働者や老いた労働者がこれで犠牲になっているらしい。

そしてこの地を這う獣は高い打撃耐性も持っているようだ。

今の私の武装フレイルとは相性が悪いね。

だから出来るだけ、この虫とは遭いたくないのが本音である。


だからと言って、もう一つの脅威と遭遇したいのかって言われると、そうでも無いと答えるだろう。


もう一つの脅威…記憶によればあれは疫病に感染した者の成れの果てらしい。

記憶の持ち主であった労働者の男の人は、最期にあの疫病に罹ったのが原因で命を投げる選択を取ったんだ。

それもそうだ。何故ならあの疫病は身体を蝕むのでは無くて、魂を蝕むのだからね。


これも男の記憶から得た情報だけど、この世界で古くから流行っている疫病で、名前は放浪病フロンティアカース


知性と正気を奪い、魂を摩耗させる正体不明の病らしい。

発症したら最後、精神がおかしくなってただ荒野を徘徊する亡者に成り果てる。

知性を失った亡者は、感染者以外の存在を攻撃する性質があるらしい。

だから亡者同士が殺し合う事は無く、むしろ逆に亡者同士が協力し合って狩りを行っている。

オマケにこの疫病にかかると、不思議な事に老いることも無くなり、永遠にその時を停滞し続けるらしい。

感染経路も原因も不明で、予防法方も治療法も分かっていないらしい。


恐ろしいね。まるで疫病と言うより、呪いだね。


そんな事を考えていたからか、不吉な予感は最悪な不運を呼び寄せたようだ。

ちょうど、少し開けたスペースに辿り着いた私達は、その脅威の一つと遭遇したんだ。


「アアアア…オオ…アアアアア…」


ソレは口から唾液を溢しながら、肌の爛れた呆けた顔で棒立ちしていた。

窶れた手には錆びたツルハシが握り締められていて、もう何日も胃に物を入れていないのか全体的に痩せ細っていた。

瞳孔は泥水のように淀んでおり、視線もずっと泳いでいて定まっていなかった。


疾病放浪者フロンティアウォーカー!気を付けてください!あれは人じゃありません。…呪いによって自我を失った亡者です!』


アリスの鬼気迫る声を聞きながら、私は臨戦状態に入る。

さて、私は一応冒険者だったらしい。

冒険者は旅の最中に敵と戦う事もある。

だからきっと、記憶を失う前の私は上手く戦えただろう。

けれど、今の私は戦いを知らない子供と同じだ。

それでも、相手は呆けた亡者だから何とかいけるかも知れない。


「勝負…開始。」

「アアアアア!!」


私はフレイルを振るい、亡者の顔面に強めにぶつけた。

けれど、予想はしていたけれど、やはり目に見えるようなダメージにはなっていない。

亡者はツルハシを振り上げて、私の脳天めがけて叩き付けた。


『危ない!避けて!』


私は横に飛び込んで、その鋭い打撃を何とか回避した。

ガキャンと耳を劈く嫌な音が洞窟内に響き渡った。

今のは危なかった。

もし当たっていたら死んでいただろうね。

それに、力も亡者の方が上手のようだ。

正攻法の戦いでは厳しそうだ。


少し工夫をしてみようか。


私はフレイルを再び振るって亡者に攻撃を試みた。

それでもやっぱり大したダメージにはなっていない。

でも、今はこれで良い。

とにかくこの亡者に私の攻撃がこれしか無いと思わせればそれで良い。


「アアアアアアア!!!」


亡者が怒り、ツルハシを無茶苦茶に振り回す。

その攻撃自体には一切の知性を感じなかった。

けれど、私は感じ取った。


この攻撃は普通では無い。


どういう訳か、その攻撃は赤色のエフェクトを帯びているように視えたんだ。

それだけじゃ無い、攻撃にはまるで肌を焼き付けるような熱みたいなモノを感じ取った。


『これは!気をつけてください!これは感情の宿った攻撃です!…この世界では感情には力があるのです!感情の宿った攻撃を受けてしまうと、精神的なダメージと物理的な怪我を負ってしまいます!気をつけてください!』


なるほど、どうやらこの世界では感情と言う概念にかなり重要な意味があるみたいだ。

アリスの言葉を信じるのなら、あの攻撃は亡者の怒りの籠もった”憤怒属性”の攻撃とでも言う事だろうか。

感情を込めただけで威力が上がると言うのなら、それだけなら私でも出来るかな?

試しに私は今の感情を思い浮かべてみた。

今の感情はどう表せば良いのだろうか?

無気力、無色、純粋、無邪気…

思い浮かべた中で最も近しい感情は無気力だった。


でもこれって感情と言えるのだろうか?


ちょっと怪しいけど、百聞は一見にしかず。

試しにその無気力な感情を込めて、フレイルを振るった。

ゴッっと鈍い音を響かせる事には成功したけど、やはりダメージは変わっていない。


『う~ん、ただ感情を込めれば良いって訳ではないです。頭の中がその感情の色一色になるほどのとても強い感情じゃないと意味が無いです。』


なるほど、つまりアリスは『アナタの感情が希薄だから攻撃に感情が乗らない。』って言いたいんだね?

記憶を失って若干の常識も失っているからか、私は少し空っぽになっているのかも知れない。


空っぽの感情では攻撃にならない。


新しい情報として憶えておこうか。

さて、そうならばより一層不利である事になるね。

相手は痛みを恐れずに攻撃を続け、オマケに相手の攻撃には憤怒の感情が宿っている。

当たっても気持ちの良い事は無さそうだ。

それにここは奴らのテリトリーだ。

あまり長く戦闘を続けているのはよろしくない。


「…絶体絶命。」


それでも、出来るところまでやってみよう。

私はそのままフレイルを叩き付けていく。

それはただただ亡者を怒らせるだけで終わるけれど、これも必要な前準備だ。


落ち着いて、見定めよう。


私は心を落ち着かせ、敵の動きに注目する。

敵は結局は知性の無い亡者だ。

いくら感情攻撃だからと言って、その攻撃が正確性の欠ける粗雑なものならば、私なら冷静に対処出来る。

この自身はどこから来たものなのかはよく分からないけれど、不意にあの労働者の記憶を思い出した。


この”冷静さ”はもしかして、あの男の人のモノだったりするのだろうか?


まあ今考える事では無いね。

私は思いっきりそのフレイルを亡者の顔面に叩き付けた。

フレイルは壊れてしまったけれど、ようやく亡者を怯ませる事に成功した。

さて、これでようやくスキを作り出すことに成功した。


「チャンス…到来。」


私は素早く【小さな刃物】を腰から引き抜き、亡者の目を切り付けた。


「ギャアアアアアアアアア!!!?!!?」


亡者は突然視界を奪われた苦痛で絶叫を上げ、後ろにヨタヨタと下がっていった。


『敵が萎縮しました!今です!』


アリスの掛け声を聞き流しながら、私はナイフを敵の腹部に突き立てる。

生々しい感触と不快感を感じながら、私はナイフを引き抜いた。

まるで膨らんだ水風船に針を刺したかのようだった。

亡者は濁った血を吐き出して、そのままヨロヨロよろめいてついには息絶えた。


「戦闘…勝利。」


全身を不潔な血で濡らしながらも、私はそれっぽい決めポーズをしてみた。

最もそれを見てくれるのはアリスしかいなかったけどね。


『やった!勝てました!』


アリスが歓喜の声を漏らした。

パチパチと手を鳴らしてくれたような気がするが、ただの幻聴だった。


とりあえず、初めての戦闘は何とか勝利できた。


これは幸運によるものか、それともかつて冒険者だった私だから勝てたのか、それとも労働者の記憶から得た戦闘技術のお陰だったのか、考えられる可能性を挙げればキリが無かったけれど、どんな理由でも勝利は勝利だ。


「何か持っているかな?」


戦利品を求めて所持品を確認しようと、私はその亡骸に触れた。

すると、また何か不思議な現象が起こったんだ。

灰色のオーブかと思ったけれど、少し違った。


赤茶色のオーブ?


それは乾いた血のような色をした薄い雫のような輪郭のオーブだった。

見ていると何だか不安になるような嫌な感じがしたけれど、どうしてなのか、触れてみると心の底から達成感のようなモノを感じた。

労働者の記憶を覗いた時のような感覚はあったけれど、あの時のように記憶が脳内に再生される事は無かった。


けれど、確かに何かを得たような…何かを掴んだような感覚がある。


それが何なのかは分からなかった。

とりあえず、私は遠慮無くその亡骸を漁る事にした。


『う~ん…』


「…?何か言いたい事があるの?」


私が訪ねるとアリスは発言を渋っているようで、何だかモヤモヤするような声で唸っていた。

多分、私のこの行動したいどろぼうに異を唱えたいのだろうね。

確かに自分の行いは倫理的に問題だ。

それでも、旅を続けるには多少手を汚すのは仕方が無いと、私は個人的に思っている。

そうするしか、方法を知らないからだろうか、それともただただ罪悪感が希薄だからだろうか。


「アリスの言いたい事は分かるよ。私のこの行動は倫理的に問題があるのは分かっているよ。でも、仕方が無いんだ。私達が旅を続ける為に、必要なんだ。」


『………。』


「どうか許して欲しい。」


実際に言葉にしてみると、どれだけ自分勝手な発言なのかよく分かる。

”私達の”なんて親しい仲間のように言っているけど、そもそも私はアリスの事をよくわかっていない。

彼女は私の事を少し憶えてはいるけど、私は記憶が無いから、彼女への想いは空っぽなんだ。

都合の良い事を言って、死体漁りを正当化するなんて、まるで本当に蛮賊になったみたいだ。

気持ちが沈んで、死体を漁る手が止まった。


『分かりました。流石に全てを肯定する事は出来ませんが、私はアナタとの旅を続けられるのならそれで良いです!目に余る悪事を働かない限り、私はアナタの意思を尊重します!』


『だってパートナーだから…』と、彼女は優しい言葉で容認してくれた。

理念にそぐわない行為だろうに、彼女は私に合わせて融通してくれたんだ。

その行動がどれだけ大変なのか、記憶の無い私ですら分かる。


「ありがとう。」


私は素直な気持ちを伝えて、再び漁り行為に戻った。

収穫結果としては、この死体は殆ど何も持っていなかった。

せいぜい、ポケットに【質の悪い金塊】が2個有ったのと、頭に被っている帽子ぐらいだ。

ツルハシに関しては変に振り回したり、何回も叩き付けていたりしていたせいで壊れてしまっている。


収穫は【古びたハンチング帽子】、【質の悪い金塊】二つ、【労働者のドッグタグ】。

廃棄は【粗製の簡易フレイル】。


ドッグタグを拾ったのは、この人を本来帰る場所に送り届ける為だ。

肉体は持って行けなくても、彼を現す物なら持ち運べる。

私は特に宗教を信じているわけでも無いし、記憶も曖昧だから何処に送り届ければ良いのかも分からない。

それでも拾ったのは、殺した上に盗みまで働いた事への罪悪感からだろうか?


「もう良いよ。行こう…アリス。」


『はい!では、旅の続きと行きましょうか!』


用が済んだ私は永遠に眠った男を後にする。

旅はまだこれからだ。

きっと旅の途中に、この人を送り届ける場所に立ち寄るかも知れない。

それまでは、この遺品ドッグタグは私と共に付き添って貰おう。

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