第五十六話 荒魂、和魂
「ほんに、銀さんには仰天させられましたえ。こないに美味しゅうモンがこの世にあるとは」
「まったくです。驚かされるぞ、というのはこのことだったのですね」
すっかり銀次郎の淹れる一杯に魅了されたテウメサとホルペライトがいくぶん和らいだ面持ちで溜息をついた。しかし、それを聞いたグレイルフォーク一世と銀次郎は、顔を見合わせて、くく、と苦笑する。
「おいおい。この俺が驚かされると言ったのは、この『こーひー』のことではないぞ?」
「え――?」
すっかりそうだと思い込んでいたらしい『魔性の者』のふたりはたちまち戸惑いを表に出す。
「それでは……一体……?」
「それは直接爺の口から聞くがいいさ」
グレイルフォーク一世はスツールに腰掛けた身体を反らすようにしてカウンターの中で忙しなく動いている銀次郎を振り返る。それでもしばらく、かちゃかちゃ、と洗い物をする音が響き、やがて、きゅっ、と蛇口を閉める音を合図に静けさを取り戻した。
腰に巻いたエプロンを脱ぎ、カウンターの端に、ぽん、と置きながら、銀次郎が姿を見せる。
「どういう……ことなのです?」
「俺は、な?」
まだ状況が呑み込めないテウメサとホルペライトの座るテーブルの前のカウンターに寄りかかり、ふう、とひと息ついて銀次郎は続ける。
「まどろっこしいことは大嫌ぇなんだ。だからよ、終いから言う――お前さん方、ここに住め」
店の中の一切の音が消えた。
長くて短い静寂を破ったのは、ホルペライトが喉を、ごくり、と鳴らした音だった。
「は……? ここに……住む? それは……どういう意味なんです!?」
「そりゃあ、どういうもこういうもあるめえよ」
うまく通じないことに苛立ったかのように思わず銀次郎の口調が強くなったが、それは言葉が足りないせいだった。傍でじっと見守っている香織子に助けを求めるように目くばせすると、溜息とともに肩を竦めるのが見えたので、ああ、いけね、と気づく。
「……やっぱし順を追って話さにゃ分からねえよな。俺ぁ、こういうのは苦手なんだが……」
白髪頭を、ぽりり、と掻いて、眉を顰める。
「お前様がたの話を聞いてるうち、俺ぁ、こう思ったのさ。いいか――?」
と言ったのはいいが、なかなか言葉がすんなりと出てこない。
さすがにそれを見かねた香織子と、そしてシオンが銀次郎の隣に立った。
それで少しは心強くなったのか、銀次郎はホルペライトに尋ねる。
「ええと――あれだ。お前様がたは、元を正せば、古い神様氏神様だったんだろ? ええ?」
「そんな大層な物では……」
「てぇたって、人間とは違う、人間にはない力をお持ちなんだろ? 違ったかね?」
「それは……まあ。多少は」
「下手な謙遜は、それこそ野暮って奴だ。あるならある、そぃで構わねえんだよ。だろ?」
問われたホルペライトは困った顔つきでテーブルの反対側に座るテウメサを見た。
しばしの間が空いて、タイミングを合わせたかのように頷き合う。
「ええ、たしかにわっちらにはそのような摩訶不思議な力がござりんすね」
「では……それを寄越せ、と仰るのですか? それはどうにも……」
「いやいや! じゃねえ! そうじゃねえってんだよ。じれってえなあ、もう!」
じれったいのはこっちの方である。
仕方なく香織子とシオンは銀次郎を囲んだまま後ろを向いてしまうと、なにやらこそこそと相談をしはじめた。連中を連れてくるからよ――そういわれたまではいいが、ふたりも銀次郎の企てた計画の全貌を知らないのだ。
次第にこの状況に慣れてきたテウメサとホルペライトは、少しおもしろがっているようなふくみ笑いを浮かべて顔を見合わている。一方、ひとり孤立したままのグレイルフォーク一世は、カウンター席の端に着心地のよろしくない鎧装束一式がうまい具合に収まる姿勢を見つけた様で、絶妙なバランスを保ったまま、うつらうつらしていた。
やがて――。
「はぁ!?」
という素っ頓狂な叫びが香織子の口から飛び出した。
それに驚いたのか、グレイルフォーク一世の身体が、かくん、とわずかに滑ったが、また先程までのように、うつらうつらしはじめる。そして、こほん、と香織子は咳払いをひとつ。
「すみません、お待たせしました」
だが、隣の銀次郎は少し不満げな顔つきだ。
なにごとかと思う間もなく、香織子は口を開く。
「では、テウメサ様、ホルペライト様。単刀直入にお伺いします――なぜ、この子、シオンが欲しかったのですか?」
「それは――」
ホルペライトはわずかに逡巡し、それから視線を落としてこうこたえた。
「鬼の子――魔族の子を我ら側に引き入れることができれば、再び人間たちに『恐れ』を抱かせることが叶うと思ったからですよ」
「……なるほど」
「我々『魔性の者』は、元を返せば古き神……『恐れ』は我らの力となりますので。それで」
「だけ、じゃねえだろ、狐小僧?」
「と……仰られますと?」
「怖がられるだけが能じゃねえってんだよ。なんたって、神様氏神様なんだからよ。だろ?」
「それは……仰るとおりです……」
「それ、どういうこと?」
さんざ話したものの、まだ聞いてないことがあったとみえて、香織子はたちまち訝しむ。なので、銀次郎はこう続けた。
「若ぇ頃、近所の神主が教えてくれなさったんだ――いいかい? 神様も人間とおんなしなんだよ、ってな? 怒りもするし、喜びもする。かんかんに怒らせりゃ祟るし、せっせと信心して大事にすりゃあ、ちょっぴり良いことを授けてくれる、ってな具合に。どうでぇ、違うか?」
銀次郎が言ったのは、いわゆる『荒魂』と『和魂』という、神の霊魂の持つふたつの側面についての話である。それらは別々の概念ではなく、同じ一柱の神の持つ特性であり、それは人間とて同じ理屈だ。極めて大雑把で乱暴な説明ではあったものの、すんなりと心に落ちた。
「つまりだ。お前様がたは、有難がられて、拝まれて、大事にされたら、それでお喜びになる。そしたら、この街の連中だって、ちょっぴし運が回って得をするってえことだろ? そんなら皆丸く収まるじゃねえか。誰も損しねえ。むしろ得だ。無駄に喧嘩するよか、よっぽどいい」
そうして、銀次郎はこう締めくくった。
「だからよ? 俺ぁこう思ったのさ。お前様がたに、ここに腰据えてもらったらおもしれえだろ、ってな? なあに、人間と神様が一緒に暮らしちゃいけねえ、って決まりはねえさ――」
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