表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界喫茶「銀」  作者: 虚仮橋陣屋(こけばしじんや)
57/61

第五十六話 荒魂、和魂

「ほんに、銀さんには仰天(ぎょうてん)させられましたえ。こないに美味しゅうモンがこの世にあるとは」

「まったくです。驚かされるぞ、というのはこのことだったのですね」


 すっかり銀次郎の()れる一杯に魅了されたテウメサとホルペライトがいくぶん和らいだ面持ちで溜息をついた。しかし、それを聞いたグレイルフォーク一世と銀次郎は、顔を見合わせて、くく、と苦笑する。


「おいおい。この俺が驚かされると言ったのは、この『こーひー』のことではないぞ?」

「え――?」


 すっかりそうだと思い込んでいたらしい『魔性の者』のふたりはたちまち戸惑(とまど)いを表に出す。


「それでは……一体……?」

「それは直接(じじい)の口から聞くがいいさ」


 グレイルフォーク一世はスツールに腰掛けた身体を()らすようにしてカウンターの中で忙しなく動いている銀次郎を振り返る。それでもしばらく、かちゃかちゃ、と洗い物をする音が響き、やがて、きゅっ、と蛇口を閉める音を合図に静けさを取り戻した。


 腰に巻いたエプロンを脱ぎ、カウンターの端に、ぽん、と置きながら、銀次郎が姿を見せる。


「どういう……ことなのです?」

「俺は、な?」


 まだ状況が呑み込めないテウメサとホルペライトの座るテーブルの前のカウンターに寄りかかり、ふう、とひと息ついて銀次郎は続ける。


「まどろっこしいことは大嫌(でぇきれ)ぇなんだ。だからよ、(しま)いから言う――お前さん方、ここに住め」



 店の中の一切の音が消えた。



 長くて短い静寂を破ったのは、ホルペライトが喉を、ごくり、と鳴らした音だった。



「は……? ここに……住む? それは……どういう意味なんです!?」

「そりゃあ、どういうもこういうもあるめえよ」


 うまく通じないことに苛立ったかのように思わず銀次郎の口調が強くなったが、それは言葉が足りないせいだった。(はた)でじっと見守っている香織子(かおりこ)に助けを求めるように目くばせすると、溜息とともに肩を(すく)めるのが見えたので、ああ、いけね、と気づく。


「……やっぱし順を追って話さにゃ分からねえよな。俺ぁ、こういうのは苦手なんだが……」


 白髪頭を、ぽりり、と()いて、眉を(しか)める。


「お前様がたの話を聞いてるうち、俺ぁ、こう思ったのさ。いいか――?」



 と言ったのはいいが、なかなか言葉がすんなりと出てこない。

 さすがにそれを見かねた香織子と、そしてシオンが銀次郎の隣に立った。



 それで少しは心強くなったのか、銀次郎はホルペライトに尋ねる。


「ええと――あれだ。お前様がたは、元を正せば、古い神様氏神(うじがみ)様だったんだろ? ええ?」

「そんな大層な物では……」

「てぇたって、人間とは違う、人間にはない力をお持ちなんだろ? 違ったかね?」

「それは……まあ。多少は」

「下手な謙遜は、それこそ野暮(やぼ)って奴だ。あるならある、そぃで構わねえんだよ。だろ?」


 問われたホルペライトは困った顔つきでテーブルの反対側に座るテウメサを見た。

 しばしの間が空いて、タイミングを合わせたかのように(うなず)き合う。


「ええ、たしかにわっちらにはそのような摩訶不思議(まかふしぎ)な力がござりんすね」

「では……それを寄越(よこ)せ、と(おっしゃ)るのですか? それはどうにも……」

「いやいや! じゃねえ! そうじゃねえってんだよ。じれってえなあ、もう!」


 じれったいのはこっちの方である。


 仕方なく香織子とシオンは銀次郎を囲んだまま後ろを向いてしまうと、なにやらこそこそと相談をしはじめた。連中を連れてくるからよ――そういわれたまではいいが、ふたりも銀次郎の企てた計画の全貌を知らないのだ。


 次第にこの状況に慣れてきたテウメサとホルペライトは、少しおもしろがっているようなふくみ笑いを浮かべて顔を見合わている。一方、ひとり孤立したままのグレイルフォーク一世は、カウンター席の端に着心地のよろしくない鎧装束一式がうまい具合に収まる姿勢を見つけた様で、絶妙なバランスを保ったまま、うつらうつらしていた。




 やがて――。




「はぁ!?」


 という素っ頓狂な叫びが香織子の口から飛び出した。




 それに驚いたのか、グレイルフォーク一世の身体が、かくん、とわずかに滑ったが、また先程までのように、うつらうつらしはじめる。そして、こほん、と香織子は咳払いをひとつ。


「すみません、お待たせしました」


 だが、隣の銀次郎は少し不満げな顔つきだ。

 なにごとかと思う間もなく、香織子は口を開く。


「では、テウメサ様、ホルペライト様。単刀直入にお伺いします――なぜ、この子、シオンが欲しかったのですか?」

「それは――」


 ホルペライトはわずかに逡巡(しゅんじゅん)し、それから視線を落としてこうこたえた。


()()()――魔族の子を我ら側に引き入れることができれば、再び人間たちに『恐れ』を抱かせることが叶うと思ったからですよ」

「……なるほど」

「我々『魔性の者』は、元を返せば古き神……『恐れ』は我らの力となりますので。それで」

「だけ、じゃねえだろ、狐小僧?」

「と……仰られますと?」

「怖がられるだけが能じゃねえってんだよ。なんたって、神様氏神様なんだからよ。だろ?」

「それは……仰るとおりです……」

「それ、どういうこと?」


 さんざ話したものの、まだ聞いてないことがあったとみえて、香織子はたちまち訝しむ。なので、銀次郎はこう続けた。


「若ぇ頃、近所の神主が教えてくれなさったんだ――いいかい? 神様も人間とおんなしなんだよ、ってな? 怒りもするし、喜びもする。かんかんに怒らせりゃ(たた)るし、せっせと信心して大事にすりゃあ、ちょっぴり良いことを授けてくれる、ってな具合に。どうでぇ、違うか?」


 銀次郎が言ったのは、いわゆる『荒魂(あらみたま)』と『和魂(にぎみたま)』という、神の霊魂の持つふたつの側面についての話である。それらは別々の概念ではなく、同じ一柱の神の持つ特性であり、それは人間とて同じ理屈だ。極めて大雑把で乱暴な説明ではあったものの、すんなりと心に落ちた。


「つまりだ。お前様がたは、有難がられて、拝まれて、大事にされたら、それでお喜びになる。そしたら、この街の連中だって、ちょっぴし運が回って得をするってえことだろ? そんなら皆丸く収まるじゃねえか。誰も損しねえ。むしろ得だ。無駄に喧嘩するよか、よっぽどいい」


 そうして、銀次郎はこう締めくくった。


「だからよ? 俺ぁこう思ったのさ。お前様がたに、ここに腰据えてもらったらおもしれえだろ、ってな? なあに、人間と神様が一緒に暮らしちゃいけねえ、って決まりはねえさ――」




お読みいただき、ありがとうございました♪




少しでもおもしろい! 続きが読みたい! と思っていただけたら、

『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです。




評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、どうか応援のほどよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ