第二十一話 白の二本角
「……それは災難だったな。気の毒に」
ここグレイルフォークでも、規模と回数は銀次郎のいた日本のそれにははるかに及ばないにしろ、活動中の火山がそれほど遠くない場所にあるため似たような自然現象は起こるらしく、あまり説明の手間はかからずに済んだ。
話を聞き終えたゴードンはつるりと頭を撫で上げてから、最後にぴしりと叩いて言う。
「しかし、やっぱりお前さんのいた世界から連れてこられちまったんじゃないのかね? そうだったとしたら、親御さんはさぞかし心配してるだろうぜ」
「初めは俺も、そう思いはしたんだがな」
と、吸い寄せられたように二人の傍に近づいてきたシーノが、零れんばかりの笑みを浮かべながら、すっぽりと手編みの帽子を被せられた女の子の頭に触れようと手を伸ばしてきた。
「はうううー! かーいいなあ! 撫でていい?」
「おいおい。起こすんじゃねえぞ」
よほど眠いのか抗うような素振りはない。銀次郎とは違って子供の扱いには慣れているらしいシーノは、しばらくそうして女の子の頭を撫でていたのだが、
「痛っ! ………………え?」
熱い物に触れでもしたかのように、慌てて手を引っ込めた。その手をじっと見つめ、次に困ったような表情を浮かべたままの銀次郎の顔を見つめる。仕方なく銀次郎は頷き返すと、慎重な手つきで女の子の薄紫色の髪を覆い隠している帽子を取り去り、種明かしをすることにした。
「つまり、こう言うことだ」
「――!」
途端、シーノの顔色がさっと蒼褪めた。
だが、その陰になっているせいでゴードンやスミルには彼女が驚いた理由が分からない。
「おい、一体――?」
恐る恐る声をかける。
すると――。
「この子……角がある! 魔族の子だわ!」
「何だと!?」
驚き、椅子からずり落ちそうになったゴードンは甲高い悲鳴を上げかけたが、銀次郎に、じろり、と非難めいた視線を向けられて、すんでのところでそれを大量の唾と共に、ごくり、と飲み下した。
「お……おいおい、そいつはいくら何でもまずいぞ!」
潜めはしているが、今にも叫び出しそうな声だ。
「迷い子を預かるくらいならどうってこともねえだろうが、それが魔族の子ときたらそうも言ってられない!!」
すっかり様子のおかしい二人の言うことにまるで思い当たるフシがない銀次郎は、むっつりと顔を顰めたまま残るスミルを見つめ、答えを促すように白い片眉を上げた。
「ですよねえ。ギンジローさんは、そもそも魔族がどういう存在なのか分かってないんですって」
「おお。そうだった」
ゴードンは今更ながらに銀次郎が異世界の住人であるという事実を思い出したようだ。
「いいか、ギンジロー。魔族ってのはな――」
慎重に潜めた声で言う。
「一度、この世界を終わらせかけた種族なんだよ。その時は、お前さんと同じように異世界から召喚された一人の勇者、《白の導き手》アルーシュ・アルナシオンの手によって、数万の軍勢を率いていた魔族の首長、ルゥ=ルゥナス=ルファルナスを討伐し、何とか事なきを得たんだ。ま、俺も死んだ爺さんから聞かされた昔々の物語だがな」
そこでゴードンは、ちらり、と控え目な視線を銀次郎の腕の中ですやすやと眠っている女の子に向けてから話を続けた。
「何でも、魔族の位と力を示しているのはその頭に生えた角、って話らしくってな。中でもとりわけやばいのは――」
ゴードンの猪首が指し示す先には、女の子の薄紫色の髪の合間から覗く、捩じれ、螺旋を描きつつ天へと伸びる羊のそれに似た、二本の白い角があった。
「――《白の二本角》。そう、その子の頭に生えてるそれと同じ物だ。さっき話した《魔王》ルゥ=ルゥナス=ルファルナスもそれと同じ角を持っていた、とまだ餓鬼だった俺に爺さんが話してくれたもんだ。ついでに言っちまうとだな……」
急に苦虫を噛み潰したように渋い顔を浮かべる。
「構わんから、言ってくれ」
ゴードンは軽く首を振りつつ、こう締め括った。
「もしそいつを見かけることでもあったなら、絶対に近づくな、と」
し……ん、と沈黙が漂う。
「ふむ」
やがて、銀次郎は低く唸った。
それをきっかけにゴードンが再び口を開く。
「白角だ何だって話まで知る奴はそう多くない。だがな? それでも魔族が角持ちだってことや魔族がかつてこの世界を滅ぼそうとしたってことくらいは、そこいらにいるちっちゃな子供でさえ知ってることだ。なあ、ギンジロー? 悪いこたぁ言わねえ。その子は止めとけ。関わるな。いいな?」
しかし、銀次郎はすぐには答えなかった。改めて腕の中で静かに寝息を立てている女の子の横顔を長い時間をかけて、じっ、と見つめた。
そして言う。
「シーノ。お前さんはどうなんだね?」
「あ、あたし――?」
銀次郎のすぐそばで立ち尽くしたままだったシーノは余りに突然のことに驚き、向けられた真っ直ぐな視線を避けるように床の上に這わせている。
しばらくそうしていたが、
「ど、どう……なんだろうね……?」
「俺に遠慮する必要はないぞ」
「う……」
シーノの顔から曖昧な作り笑いが消えた。
「ギ、ギンジローは怒るかもしれないけれど、やっぱりあたしはちょっと怖いなって思う。だって、魔族は人を殺すんだ、敵なんだって子供の頃から教えられてきたんだもの。でも……」
けれど、シーノはそれきり言葉を発しようとはしなかった。
「スミルも同じかね?」
「僕、ですか?」
意外なことにスミルは、心の内を探るような銀次郎の細くすぼめられた鋭い視線を浴びても動じる素振りを見せなかった。代わりに、そっとゴードンの方を伺うようにしてから控え目に口を開いた。
「正直な気持ちを口にするなら、僕だってやっぱり怖いですね。けれど――」
表情を固く引き締め、銀次郎を見つめ返して続けた。
「僕には、その子の気持ち、心細い気持ちも分かるような気がします」
「お、お前、何を馬鹿なことを――!?」
すっかり慌てふためいて横手から口を挟んだゴードンに、スミルはやはり同じ真剣な眼差しを向けた。
「お、おい! スミル?」
「僕には、あなたがいてくれたからね」
「あ――」
ゴードンは言葉を失った。
しばらくして、顔を赤らめながら咳払いをする。
「そ、それは、あれだぞ? お前の時とはまるで違うんだ! こいつは魔族の子なんだぞ?」
「じゃあ、おやっさん」
試すようなスミルの視線がゴードンを捉えた。
「もし……もしもだよ? あの時見つけた僕が、一人取り残されて屋根裏の隅っこで声を殺して泣いているだけだった僕が、魔族の子だったとしたら――やっぱりおやっさんは助けなかったのかい?」
「あ……」
口を開いたきり、ゴードンは何も喋れなくなってしまった。やがて、ごしごしと禿げ上がった頭を手のひらで擦り、その手を勢いよく太腿に、ぴしり、と叩きつけた。
「まったく……誰に似たんだか頑固な若造だよお前さんは。おまけに意地が悪いときてる」
それを聞いたスミルは少し恥ずかしそうに、誇らしげに鼻を擦ってから、銀次郎に尋ねた。
「で、どうするんです? ギンジローさん?」
「ううむ……。あんたらの話を聞いて、迷っちゃいるんだがな――」
そこで腕の中の子供がぱちくりと目を開き、銀次郎の中の迷いを消した。
「……ま、これも何かの縁だろうさ。この爺様が面倒をみてやるとしようか。ん?」
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