はじまり
すみません、なろうの投稿システムがよくわからず、執筆途中で公開してしまっていたようです。見切り発車ではありますが、このまま続けていこうかと思います。
俺たちは全員、インターネットを通じて出会った。
正確には、1人の人間に集められた。
俺たちを魅了してやまないソイツから、全ては始まった。
誰よりも強く、誰よりも弱いイコ。
追憶から始まるこの物語は、今を乗り越えて続いてゆく。俺たちの伝説は、まだ始まったばかりだ。
─────────────────────────
「ここ……か?」
父のお下がりのベースを背負って一軒家を見上げる。コンクリート打ちっぱなしの真四角の建物は、平凡な住宅街の真ん中で異質な存在感を放っていた。
個性的なアーティストの家みたいだ。そんな感想を抱いて、これがスタジオと呼ばれる所以に納得した。「スタジオ」と聞いてやる気のなさそうな店員から鍵を受け取るような、都会の貸スペースをイメージしていた俺は、住宅街に案内してくる地図を疑いながら歩いていたのだ。
少しビビりながらスタジオの扉を開けた。最初の話題はもう決めていて、汗ばむ手に握られた携帯は準備万端にとある画面を開いてあった。
扉の向こうの景色は、表の重厚な雰囲気とは裏腹に、明るい気のフローリングが張られた暖かな部屋であった。目に飛び込んでくるのはモデルルームのように整ったリビング。
俺は靴を脱ぎながらあたりを見渡す。大きな薄型テレビと向かい合うようにどっしりと赤い三人掛けのソファー。周りにはひと一人が座れそうなほど大きいクッションがいくつか転がっていて、コーヒーテーブルを囲んでいる。クッションの色は青、黄、オレンジと様々で、子供の遊び場のような明るい雰囲気だった。
少し奥に目を向けると、白とマットな銀色を基調としたいかにも機能的なキッチンにおしゃれなバーカウンターのようなものが併設されており、『モデルルームのようだ』という感想に拍車をかけた。しかし、そこかしこにちりばめられた質の良いスピーカーの数々は明らかに音楽にこだわりを持つ人間の家といった様子で、スタジオと銘打つにふさわしいものだ。
「ごめんください」
一通りリビングを見渡したというのに、人っ子一人いない。メッセージには勝手に入ってくださいと書いてあったから中には人がいるものだと思っていたが……。
手持無沙汰になって、所在なくソファに座る。とりあえず、『マスダイコ』が現れるのを待とう。
『マスダイコ』。俺がこのスタジオを訪れる理由になった人物だ。SNSアプリのスタグラムで趣味のベース演奏をアップしていた俺に、ある日突然ソイツからDMが届いた。
はじめまして。マスダイコと申します。
この音源を聞いて気になったら返信をください。
そんな簡単な文章の後に、一つのURLが送られていた。。送り主のアカウントには投稿は一つもなく、フォローもフォロワーも0だった。自己紹介も何もなく、アカウントから分かったのは『マスダイコ』という名前だけ。
怪しすぎて、三日は放置した。
その間、『マスダイコ』から追いメッセージが送られてくることはなかった。
そのままメッセージを削除すればいいものを、どうしても気になる。何しろ、文面には音源と書いてあり、URLは有名なクラウドサイトにつながるもののように見えた。音源ファイルが共有されていることが推測されて、音楽好きの心をくすぐるには十分だった。
迷いに迷ったある日、俺はついにURLをクリックした。
あまりの興奮に、その日の俺の記憶はあいまいだ。
フォルダにはたった一つ、3分の音源。クリックして、音があふれて、次に記憶がつながったときには、俺と『マスダイコ』とのチャット画面に一つのメッセージが送信されていた。
あなたが作ったんですか?
返信が返ってくるまで、俺は何も手につかない状態だった。送られてきた音源はそこまでに圧倒的なものだったのだ。大波のような音の奔流の中に泡粒のようなきらめき。壮大な主題のなかに緻密で湧き上がるような音の組み合わせ。音源は動画になっていて、文字で歌詞が充てられていた。ヴォーカルはおらず、歌はハーモニカのような稚拙な音が代わりに流れているだけだったのに、俺は突き刺すような感情を浴びた。
こんな音楽を作ったのがどんな奴なのか。知りたくないわけがない。しかも、おそらくはその本人から直接連絡が届いているのだ。なぜ俺のところにこれが送られてきたのか、点で想像がつかなかったが、舞い上がっている俺は特別な存在に選ばれたような誇らしい気分にさえなっていた。
はい。
帰ってきたのはとことんまで感情を読ませない単調な返信だった。
すごいです!
俺が返すことができたのも、恥ずかしい語彙力のコメントだけだった。
明後日、このスタジオに来られますか?
送られてきたもう一つのURL。開いてみると、都内の地図で位置が指定されていた。明後日は日曜日、問題ない。
はい、是非お話しさせていただきたいです。
最後に送ってメッセージには返信がなかった。
考えてみれば、『マスダイコ』と対面できるとも、この曲について教えてもらえるとも書いていないのに、そんなことには気づきもしなかった。いや、そんなころはどうでもよかった。こいつは天才だ。その天才に少しでも近づけるなら、その方法があるのなら、何だっていいと思っていた。たった一つの音源で、俺は『マスダイコ』の盲信者だった。
日曜日になって、俺は意気込んで家を出た。なんとなく必要な気がして、俺はいつも演奏している父のベースを持っていくことにした……
……そうして今に至る。
部屋に入れば『マスダイコ』がいて、音源について質問攻めにする……そんな幻想を抱いていた俺は、なんだか拍子抜けになってしまってソファで音源を聞いていた。




