7 男装令嬢とオネェ騎士
「こやつを捕えよー!!」
ジワリジワリと騎士たちは私に近づく。
流石に、これは捌ききれない。それに、陛下の前で騒ぎを大きくしてしまうのは、よくない。ならば、ここは大人しく捕まるべきだろう。
言いたいことは言ってやった。
後悔はない。
覚悟を決めて、私は大人しく捕まろうとしたのだが。伸びてくる兵士の手を振り払い、私を引き寄せた人がいた。
「まったく、無茶してくれるんだから」
「アン、ドリュー‥‥?」
「そうよ。アンドリューよ」
相変わらず、誰よりも綺麗なアンドリューが、そこにいた。
「なんで‥‥?」
「なんでって。当たり前でしょう」
彼は私の手を取ってふわりと微笑んだ。
「あなたの護衛騎士なんだからね」
その優しさに、思わず泣きそうになってしまう。誰も助けてくれない状況で、当たり前のように助けてくれるのは、彼だけだ。ずっと、そうだった。
次の瞬間には、彼は真剣な表情で前を向いていた。
「さて、殿下。大変なことをしてくれましたね」
「き、貴様は‥‥‥?」
「ミシェルの護衛騎士です。何度も顔を合わせたことありますよね?」
王子は、アンドリューを覚えていないようだった。それだけで、彼がどれだけ私に興味ないかがよく分かる。
「そんなの覚えているわけがないだろう...!それよりも、そいつらまとめて捕え‥‥」
アンドリューは、王子の言葉を遮るように、数枚の紙を差し出した。
「あなたが手を出したご令嬢のリスト。自分の気に入らない家臣を不当に左遷した証拠。それから、本日の騒動の顛末の台本、です」
「‥‥‥‥‥!」
アンドリューの言葉に周りは騒めく。特に最後の言葉は衝撃的だったようだ。今日のことは、全て用意されたものだったのか、と。
なによりも、王子の顔がそれを物語っていた。
「そんなもの!何も証拠にはならん!」
「確実なものですよ。これのために、ここ数日は奔走したんですから」
そうか。彼がここ最近姿を現さなかったのは、それが原因かと、ようやく合点がいった。
「だ、だとしたら、それは王宮で対処する」
「揉み消されてしまう可能性があります。ここで、決着をつけましょう」
アンドリューと王子は、両者譲らず、膠着状態に陥っていた。しかし、決定的なものがない。婚約者だったのは、私だ。何か、証拠になるものがないか。何か‥‥‥‥‥
「とにかく俺はやってなー‥‥」
「いいえ!それは、本当のことです」
そこで、別の女性が声を上げた。それは、ナンシーであった。兵士に捕らえられながらも、ずっとこの場にいたのだ。
彼女は涙目で訴えかける。
「殿下は、私に言いました。今日、殿下の指示したように行動するように、と。指示の内容は、私がミシェル様を害するというものでした。私は彼の命令に逆らえずに‥‥‥」
彼女の言葉に、更に周りの貴族たちは、騒めき、動揺した。そして、先ほどよりも王子への非難の目線が強くなっている。
「それならば、あの騎士の言っていることは本当ではないか」
「全て、殿下が指示されていたこととは」
「騙された」
といった声も聞こえてくる。王子を信じる者は、もはやほとんどいないだろう。
「違う!俺は‥‥‥俺は‥‥‥!!」
「陛下。ご無礼をお許し下さい。このお方を、どうされますでしょうか?」
アンドリューは王子を無視して、陛下の方向へと跪いた。
陛下は難しい顔をして黙っていたが、やがて口を開いた。
「‥‥‥‥ロスコーを捕えよ」
「父上!」
その合図とともに、私の前に立ち塞がっていた兵士たちは、王子へと群がる。その真ん中で、王子は叫び続けていた。
「父上!!くそ!何するんだ、貴様らは!俺は王子だぞ!!父上も、何か言ってください!」
「‥‥‥‥」
「俺は悪くない!俺は、生意気な奴らに嵌められただけだ!俺は悪くない!!」
しかし、その声が届くこともなく、彼は連れ去られてしまった。
ここまでの騒動を起こしたのだ。彼は、一生、表舞台に立つことはないだろうと思う。そして、彼と共にナンシーも連れて行かれた。
会場は、急に静かになり、皆、残された私達に注目しているようだった。
私は注目され慣れているが、アンドリューには居心地悪いに違いない。
「よし、私たちも行くわよ」
「え‥‥‥‥?」
アンドリューは、私の手を取り、ウィンクする。周りの殿方が顔を赤くしているのが見えた。
「それでは失礼致しました」
⭐︎⭐︎⭐︎
私たちは、王宮の建物から出て、庭園に来ていた。空を見上げると、満天の星空だった。星彩が私たちを煌々と照らす。
アンドリューは、前を向いていて、私の方を見ようとしない。しかし、手だけはずっと繋いでいた。
「アンドリュー?あの‥‥‥怒ってる?」
「怒ってないわよ」
その言い方は素っ気なく、やはりこちらを振り向こうともしない。
怒ってるじゃん!という言葉は呑み込んで、私は言葉を続けた。
「でも、なんでこっちを向いてくれないの?」
「知らないわよ」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
沈黙が重い。彼を引き留めたいけれど、それが出来ない距離感がもどかしい。
「アンドリュー、ごめん」
「何がよ」
「ごめん、本当にごめん」
「だから、何が‥‥」
それでも、まだ、彼は振り返ってくれない。私は1人で立ち止まった。
「私、アンドリューのこと好きになってしまったみたいなんだ」
驚いたアンドリューは、ようやく振り返った。言ってしまうと、ポロポロと涙が溢れてきた。
いつからだろうか。
彼が私を引き寄せた時の華奢な手首とか。彼の一つ一つの綺麗な仕草とか。意外とまつげが長いところとか。怒りっぽいけど、なんだかんだと優しいところとか。
全てを特別に感じるようになったのは。
王子と婚約していた時は、そんな気持ちに気づかなかった。婚約者としての義務が忙しくて、彼は私の幼なじみでよき友人でしかなかった。
だけど、婚約破棄されて、前よりも近い距離で一緒に過ごして‥‥‥どんどん、彼が特別になっていくのを感じた。
「本当にごめん。こんな主人、嫌‥‥」
その後の言葉は続かなかった。アンドリューが私の肩の上に顔を埋めてきたからだ。ふわりと花の香りが鼻腔をくすぐる。
「はあーー‥‥‥本当に、急になんなのよ」
「ご、ごめん‥‥‥」
「謝って欲しい訳じゃなくて」
だから、そのあの、と。ハキハキと物を言うアンドリューにしては珍しく、口籠る。
彼の耳が赤くなっているのが見えて、彼が照れていることに初めて気づいた。
「私も、あなたのことが好きなのよ。ずっと」
「‥‥‥嘘」
「嘘じゃない」
「だって、好きな人がいるって」
だから、きっと報われないと思っていた。この気持ちは胸にしまっておこう、と。今日のことがなければ、言葉にしなかったと思う。
「それが、あんたよ。いい加減、気付きなさい」
「無理だよ。だって、騎士団長とか庭師君とかが好きだと思ってたんだもん」
私の言葉に、アンドリューは「はああああ?」と声を出す。
「え、何あんた。そんな勘違いしてたの?」
「だって‥‥‥‥今もまだ信じられないくらいだよ」
「なんでよ」
私は少し髪に触れて、目を伏せる。
「だって、さっきの騒動で髪も不格好になっちゃったし、私はアンドリューよりも全然可愛くないし‥‥」
女らしくないし、性格も自分本位なところあるし、男装が好きだし‥‥‥改めて考えると、少し落ち込む。本当に、こんな自分のどこがいいのか。どれも、王子に指摘されたことがあるものだ。
私が言い終えると、アンドリューはふっと笑った。
「まったく、仕方ないわね」
そのまま、彼は私の顎を掴み、唇を重ね合わせた。熱が重なり合い、鼓動が早くなるのを感じた。
ゆっくりと唇を離し、まだ触れ合えるような距離で見つめ合った。
「ワタシは、そのままのあんたが、可愛くて仕方ないのよ」
「‥‥‥‥‥」
ドクンドクンと打つ心臓の音は、私のものなのか、彼のものなのか、よく分からない。
「気持ち、伝わった?」
「うん‥‥‥」
「本当に、可愛すぎ」
顔が、赤くなるのを感じる。
これは、慣れていないからとか、それが理由ではなくて。
彼のことが好きで堪らないからなのだろう。
⭐︎⭐︎⭐︎
2年後。
「なんっで、逆なのよ!!」
アンドリューの怒りの叫び声が響く。彼は真っ白なドレスを着ていて、それが可憐でよく似合っていた。
今日は、私とアンドリューの結婚式だった。
この2年、多くの紆余曲折があった。まず、ロスコー王子は、王位継承権を剥奪され、王宮から追放された。犯したことを考えると、軽い刑だと思うが、彼を可愛がる国王のことを考えると、よく決断されたなとも思う。
そして、私とアンドリューの結婚も簡単には認められなかった。私に新たな婚約者が出来そうになったり、アンドリューの貞操が危うかったり‥‥‥‥‥‥うん。そこは愛のパワーで乗り換え、無事に今日を迎えることが出来たのだ。しかし‥‥‥‥
アンドリューは、このめでたい日に、ものすごく憤慨していた。
「逆って何が?」
「私がウエディングドレスを着ているところよ!それ以外に何があるの!」
「なんで?よく似合っているよ」
私は彼の手を取り、キスを落とす。すると、彼は顔を真っ赤にしてわなないた。
「だから、なんであんたがタキシード着てるのよ!」
「‥‥‥似合ってるでしょ?」
「悔しいけど似合ってるわよ!わたしよりもね!」
アンドリューは耳を真っ赤にして、くるりと背を向けた。まったく、可愛いなあ‥‥と思いながら、その背中を眺める。
「お色直しでは、交換しよう。そうすれば文句はないかな?」
「文句はないけど‥‥相変わらず、男装するとスパダリモードになるのは何故かしら‥‥‥」
若干諦めたような、疲れているような、そんな表情をしながら、ぶつぶつと文句を言っている。
「ごめんね。私がどちらも着たかっただけなんだ。どちらの格好も好きだから」
「分かってるわよ。それくらい。私もウエディングドレスには興味あったし‥‥」
私は、「それに」と付け加えて、にこりと笑った。
「それに、アンドリューのかっこいい所も、可愛い所も見たかった」
「‥‥‥‥‥ミシェル」
私は彼を引き寄せて、顔をそっと近づける。そして‥‥‥
コンコン、と扉を叩く音がした。「そろそろ時間です」とのことだ。私たちは苦笑を交わし、少し距離を取った。
「さあ、行くよ!」
「‥‥‥‥そうね」
私は彼に手を差し出し、彼は手を握り返してくれた。
私は、彼の隣にいる時が、一番、私らしくいられる。可愛くいられる。
それは、彼が私を特訓してくれたからか、私が彼に恋をしているからかは分からないけれど。確かに分かることは。
彼の隣が、世界で一番愛おしいということだ。
これからも、私達らしく生きていこう。
お読みいただき、ありがとうございました!