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6 男装令嬢、堪忍袋の緒が切れる



今日は、王宮のパーティーだった。

赤い絨毯の上をスタスタと歩いていく。


そして、歩くたびに、降り注ぐ言葉の数々。それを鬱陶しいな、と考えながらも、ミシェルはひたすら無視をしていた。


「ミシェル様ですよ」


「ほお‥‥美しくなったという噂は本当なのですな」


「だから、王子殿下も婚約破棄を取りやめになされたとか」


「あの方も懲りませんな」


どれもこれも、他人事の無責任な言葉ばかりが転がっていて、非常に居づらい。

しかし、王子の婚約者だった時は、この空気感が当たり前だった。周りは皆、敵ばかり。気を許したら、すぐに取って食われるような世界。


それが、今、戻ってきただけだ。


アンドリューは、私に愛想を尽かしたのか、あの日以来、全く話していなかった。そもそも、屋敷にいる時間も少なくなっていた。

代わりの護衛騎士がついていてくれるが、彼に会えない日々は空虚で寂しいと感じてしまう。


思考を巡らせていると、私に近づいてくる人の気配を感じ、さっと前を向いた。


「ミシェル、やはり来てくれたのだな」


「ええ」


突然の王子の登場に、周りも騒めく。そして、婚約破棄以来に、揃った2人を眺めようと、皆、さりげなくこちらに目を向けているのが分かった。


しかし、このくらいのことは想定内だ。当たり障りのない話をして、離れていけば問題ないだろうと思ったのだが‥‥‥‥


「ミシェル!やはり、もう一度、婚約をしよう!」


............想定外のことをしやがった。

こんな大衆の面前では、繊細な話題を話せるわけないではないか。


「殿下。そのことに関しては、この後話し合うということではなかったのですか?」


「ここで話しても、何も変わらんだろう?」


「変わります。ここでは周りの方の目がありますから」


私は冷静に返すが、王子は興奮気味に手を広げた。


「周りなんて関係ない!あるのは、俺の愛だけだ」


「何を言ってらっしゃるのですか?」


笑顔は崩さないが、本当に段々とその顔も引きつってくるのを感じる。王子としばらく話したのだが、彼の言葉は要領を得なかった。というか、同じ会話を繰り返すばかりで、話が前に進まない。


どうするか、と考えているその時だった。


「ワシからも、頼めないか」


「!陛下‥‥‥!」


王家専用の壇上から、国王陛下が出てきた。私たちは、陛下の突然の登場に慌てて跪く。


「楽にせよ」


その一声で、皆顔を上げていく。逆に、陛下は私に頭を下げた。思わぬ光景に、辺りは更に騒ついた。


「陛下!何をなされているのですか!」


私は言葉で諌めようとするが、陛下はやめようとしない。むしろ、更に深く頭を下げだした。


「ミシェル嬢。ワシからもお願いしたい。息子は大きな過ちを犯した。しかし、あれから本当に反省をしていたのだ」


「‥‥‥‥‥」


「やはり、ロスコーの婚約者としては、ミシェル嬢しかいない。お願いだ。戻ってきてくれ」


「や、やめて下さい‥‥‥」


陛下は、それでも頭を下げるのをやめない。王家が身分が下の者に頭を下げるなど、本来あってはならない。特に、こんな公の場であるならば。王家の威信に関わるからだ。

もし、これで、私が断りでもしたら、王家の評判は地に落ちる。


もし、私がこの国のことを思うならば、断ることが出来ないのだ。


「わ、私は‥‥‥‥‥」


声が震える。周りは、私の回答に注目をしている。

これは、受け入れるしかないかもしれない‥‥‥


その時、扉の方から悲鳴と騒めきが聞こえてきた。


そちらに目を向けると、そこには女性の姿があった。


「ミシェル・ミレッジ!!許さない!」


王子が少し前まで婚約者としていたナンシー・カーターである。

彼女は真っ赤なドレスに身を包み、凶器を持っていた。そして、それを私に振りあげる。


「‥‥‥‥‥っ」


その動作は遅く、私にとっては、止めることなど造作もない。私は、すぐにその手を止めて、彼女を押さえようとする。

が、それは横にいる王子に遮られた。その拍子に、ナンシーの持つ凶器が私の頬の横を掠める。髪の束がはらりと落ちていくのが見えた。


そして、気付いた時には、私の代わりに王子がナンシーを捕らえていた。


「‥‥‥」


私は突然のことに、呆然とする。


「貴様!ミシェルに何をするんだ!」


「だって‥‥!」


「言い訳は無用!!こやつを捕えよ!!」


王子の言葉に従い、兵士たちはナンシーを羽交い締めにする。彼女は暴れるが、非力なため、彼女が傷つくばかりで、抵抗にもならない。


「皆のもの!俺を誑かしていた悪女は捕らえたぞ!!」


わっと、周りから拍手が起きる。これで、私と王子の婚約が元に戻ったかのように。唯一の悪を、成敗したかのように。

私が最初に彼女を取り押さえていたにも関わらず、王子の手柄のようになっている。


この時、察した。


ああ。これは、茶番か。

きっとナンシーは、王子の側近か何かから、唆されたのだろう。このように、「悪女に騙されていた可哀想な王子」をつくるために。わざわざ、このような舞台を用意したのだ。

もちろん、このような行動は許せることではないけれど、ナンシーはただ、だまされて、王子に利用されてしまったのだ。


「なんで‥‥‥なんでよっ‥‥」


泣き叫ぶナンシーに目もくれず、王子は私に手を伸ばした。その姿があまりにも痛ましく、見ていられなかった。


「行こうか、ミシェル」


私は、迷わずに、彼の手をはたいた。


「‥‥‥‥‥‥‥は?」


「何を言ってらっしゃるのですか?」


私は状況を理解出来ず、唖然としている王子を冷めた目で見返した。


「私は、あなたの婚約を受け入れることなどありませんよ?」


「な、なぜ‥‥‥」


「当たり前ですよ」


私は、スッと息を吸う。皆がこちらに注目し、静観している。私に対する否定的な視線も、多くない。今なら、真実を伝えられるはずだ。


「命令されたから男装していたのに、それを原因に婚約破棄をしてくる人間ですよ?更に、私が綺麗になったという噂を聞きつけて、このように私を追い詰める卑怯な手しか使えない殿方に魅力は感じません」


「な‥‥‥‥!お前は、俺のことが好きだったんじゃないのか!」


私は、浅ましい王子の言葉に鼻で笑って返した。結局、王子に対する好意があるから、私を意のままに出来ると思い込んでいるのだろう。


「昔のことです。あなたを選ぶくらいなら、一途なナンシー嬢の方がよっぽどいい」


私は、ナンシー嬢に微笑みかけた。すると彼女は、その瞬間、ポッと顔を赤らめた。


「貴様‥‥‥‥!」


王子は、私に拳を振り上げるが、それを難なく受け止めて、押し返した。ふらついた王子は、顔を真っ赤にする。女である私に力で負けたことが悔しいらしい。しかし、それを悟られたくないのか、すぐに彼は叫んだ。


「こやつを捕えよー!!」


兵士達は、彼の命令に従い、私の元に群がってきた。




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