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4 男装令嬢、デートに緊張する



髪が、大分伸びてきた。今まではショートカットにしていたが、ミディアムくらいの長さになっている。


そんな私は、今。猛烈に緊張している。


なぜなら、今日は殿方とお出かけに行くのだ。殿方とお出かけ。それは、はじめてのことである。

ロスコー王子とは、ろくにデートなどしたこともない。


「ミシェル、来たわよ」


「アンドリュー」


まあ、もちろん。その相手はアンドリューなんだけどね。


しかし、この間、アンドリューの「恋すれば綺麗になれる」発言から、彼の好きな人のことが気になって仕方がない。


それに‥‥‥


「私服は、男装なんだ」


「男装じゃないわよ。男だもの」


「‥‥‥‥‥」


そうだけど。そうなんだけど、なんか緊張してしまう。

彼の私服姿は、ここ数年ほとんど見ていなかった。会うのは、あくまで護衛騎士とお嬢様という立場だったし。プライベートで会うのは、私が王子と婚約してたから、厳しかったし。


もちろん、彼は護衛も兼ねているが、父からの計らいで今日は基本的に仕事はオフ。

別の人が遠くから見守っている形になっている。


チラリと彼を見上げる。その横顔がとても綺麗で、思わず見惚れてしまいそうになる。すると、私の視線に気がついたアンドリューがずいと顔を寄せてきた。


「なーに、意識してるの?」


「はえ?!」


私は咄嗟のことに勢いよく首を振ろうとして、やめた。アンドリューが私にこんなことを言うはずがない。

これは、きっと、彼から私への試験だ。この数ヶ月の特訓で、どのくらい淑女になれているかの。

彼に報いるためにも、特訓の成果を見せてやろうじゃないか。そう、決意する。


しかし、私は気が動転していた。


「そうだね。君の横顔が美しすぎたんだ」


私は彼の手を取り、その指先にキスを落とす。そして、顔を上げたときには、微妙な雰囲気が流れていた、


「‥‥‥‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥」



数秒の沈黙ののち、アンドリューはやれやれというように、首を振った。


「まだまだね。頑張らなきゃだわ」


「やっぱり?!ダメだった?!」


「ダメダメのダメね。意識してもらえてないんだもの」


「やっぱり淑女を意識できてない?!」


「そうね」


ああ‥‥‥‥やっぱり、男装の時の癖がまだ抜け切れていないようだ。気を抜くと、すぐにこれだから、駄目だ。

私が一人で反省をしていると、アンドリューは手を差し出した。私がキョトンと見つめていると、アンドリューは私の手を取った。


「それじゃあ、行くわよ」


「‥‥‥‥うん」


私はアンドリューの冷たい手を握り返す。


心臓が高鳴るのは、エスコートされているのに、慣れていないからだ。それだけだ。





数十分後。


「「かわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ」」


もどかしい雰囲気はどこへやら。

私たちは気づけば、2人して声を上げていた。

私たちは、今、コスメショップに来ていた。というのも、私は男装していたのでほとんど化粧をしたことがなかった。

アンドリューからのレッスンが始まり、彼の化粧セットで練習をさせてもらっていた。最初はうまくいかなかったものの、今ではアンドリューから合格が出ている。


そして、そろそろ自分の化粧品を持つのもいいかもしれない、となった。そこで、私に合う化粧品を選ぶためにアンドリューについて来てもらうことになったのだ。


なので、私たちは思う存分、化粧品を見ているのだがー‥‥


「え!待って待って!可愛すぎる!!」


「口紅、アイシャドウ、アイブロー、ファンデーション、どれも可愛いわ‥‥」


私たちが見ているのは、コスメ専門店限定コラボ商品。有名な服飾店とコラボしており、化粧品の一部が布製になっている。本当に、可愛らしい。


2人して手を取り合って、キャッキャと騒ぐ。周りからクスクスという笑い声が聞こえてきて、ようやく冷静になる。

ゴホンと咳払いをして、私は手を挙げる。


「ところで、師匠」


「なにかしら?」


「アイシャドウとアイブローの違いが分からないです」


一瞬の沈黙。そのまま彼は、私の頬を引っ張った。


「あ・な・た・は!今まで何を習ってきたのかしら?!」


「ふみまへん」


しばらく頬を伸ばしたり縮めたりされる。意外と気持ちいいので、されるがままにしている。やがて、彼は手を離した。


「アイブローは眉毛!アイシャドウは目元のためにあるのよ」


「ああ」


なるほど。全然違うね。でも、名前がややこしいから覚えられないかもしれないな。


「ごめん。また聞くかも」


「はあ?」


「だって、アンドリューはいつも隣にいてくれるでしょう?」


「‥‥‥‥‥‥‥」


私がふにゃりと笑いかけると、アンドリューはすぐにそっぽを向いた。


「あんた、その顔。他の奴に見せるんじゃないわよ」


「ええ?!そんなに、ひどい顔してた?」


「そうじゃなくて‥‥‥」


まったく、と彼はため息をついた後、


「それよりも、ここで買うかしら?」


「もう少し見ていこうかな」


私は彼に「ほら」と手を出す。すると、彼は「逆でしょ」と、私の手をひっくり返した。


そのまま手を繋いで街中を歩いていく。

その時間は、穏やかで、楽しくて、ずっと続けばいいと思った。




⭐︎⭐︎⭐︎




「それじゃあ、そろそろ帰るわよ」


「そうだね」


とはいえ、終わりの時間はやって来るわけで。私たちは、あらかじめ目当てにしていたコスメショップを見終わっていた。

店の外を見ると、日が沈みかけているのが見える。そろそろ帰る時であろう。


名残惜しさも感じるが、欲しいものはあらかた買えたので、私はアンドリューと馬車に戻る。


今日は、本当に楽しかった。


こんな日がずっと続けばいいと思う。

しかし、もし、私の婚約が再び決まれば、彼とこうして気軽に出かけることは出来ない。彼も、子爵家の次男である為、そのうち結婚する相手も出来るだろう。


そこで気づいた。


そもそも、彼には想い人がいるはずだ、と。


先程は、「アンドリューはずっと隣にいてくれる」と言ってしまったが、彼にとっては迷惑なのかもしれない。こんな風に出かけるのは、よくないことなのかもしれない。


最近、ずっと、彼と一緒にいたから‥‥‥ほとんどが淑女レッスンだったが‥‥‥少しだけ寂しく感じる。

ううん。ものすごく寂しい。


そんな、捉えることの出来ないもやもやとした気持ちを抱えながら、馬車に乗る。すると、アンドリューがジッとこちらを見ていることに気づいた。


「な、なに?」


「今、すんなりエスコートされてたわね」


「あ‥‥‥」


それなら、彼の淑女レッスンも、もう終わり?別に、終わったからと言って、彼と二度と会えなくなる訳ではない。


しかし、彼といる時間はグッと減ってしまう。


やだな。


「アンドリュー‥‥‥」


そう思い、顔を上げた時だった。彼の細い手が、私の耳に触れたのは。正しくは、耳の上、だったが。

突然のことに、私は勢いよく耳を押さえる。その隙間をぬって、彼は私の耳元から手を離した。


一瞬だけ、手が触れ合う。


「これ‥‥‥」


「今日のお礼。楽しかったから、もらってちょうだい」


早口でそれだけ言って、彼はそっぽを向いてしまった。

私は早速、今日買った手鏡で、耳の上を見る。

そこには、薔薇の髪飾りが付いていた。ライトピンク色で、愛らしい。


その、愛らしさに、愛しさが溢れてくるのを感じた。


「いいの‥‥?」


「お詫びもあるわ。淑女レッスンなんてあなたは嫌だったかもしれないって、思ったのよ。そもそも、あなたは男装自体、それほど嫌がっていた訳ではないでしょう?」


「でも、打ち込めることがあったのは、よかったと思う。お陰で、婚約破棄のことなんて忘れていられたし」


だから、ありがとう。と伝えると、アンドリューはまたそっぽを向いた。


「あんた、こういう可愛いもの好きでしょう?男装も好きなんだろうけど、もう我慢しなくていいんだから、付けときなさい。男装したい時は、それブローチにもなるから」


「うん。すごく好き」


「そう」


「ありがとう」


「ええ」


私はクスクスと笑う。珍しく照れているアンドリューは、とても可愛かった。


「あのね。私も、アンドリューに渡す物があるんだ」


「‥‥‥‥?」


私は、一つの袋から“それ”を取り出し、彼の耳元に手を伸ばした。彼は目を見開き、動けないでいるようだった。パチリ、と音がする。


「うん。似合ってる」


私は彼の髪を耳の後ろに流しながら、満足げに微笑んだ。彼は素早く胸ポケットから手鏡を取り出す。

そこには、ライトブルーの薔薇の髪飾りが付いている。


私が彼から貰った物と色違いの髪飾りだった。今日のお礼にと思い、彼に似合うものを選んだのだ。


「お揃い」


「‥‥‥‥‥‥‥あっそ」


「かわいいよ」


「ああ、そうね!」


彼の耳は僅かに赤くなっている。


一瞬、触れた彼の手は、彼に似合わず熱かった。


こうして、楽しい1日を終えて、帰った。


のだがー‥‥‥‥


屋敷に帰るなり、執事長が慌ただしく私を出迎えた。


「ミシェル様!王子殿下がいらっしゃっています!!」



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