2 オネェ騎士のレッスン
「はい!そこで、ターン!ワンツーワンツー!」
「ひええええ」
今、私は猛烈に後悔している。なにを後悔しているかというと、「なんでもするから!」という発言についてだ。
あんなこと、言わなければ良かったな‥‥‥
「はい!そこで一回転して終了‥‥‥‥全然ダメじゃない!!」
「そんなこと言わないでよ‥‥」
「いいえ。言うわよ。なんでもするって言ったじゃない」
「くぅ」
私は、自分で自分の首を絞めたことに打ちひしがれて倒れ込む。アンドリューは、そんな私に水を渡してくれた。これを飲んだら、またダンスの練習よ、と鬼のようなことを言いながら‥‥
そう、私は今、アンドリューから鬼のダンスレッスンを受けていた。
「可愛い女の子にしてあげる」という発言通り、彼は今私を「貴族令嬢」として育成中なのだ。というのも、理不尽に婚約破棄してきた王子をぎゃふんと言わせるためだ。自分を振った相手を見返すために、かわいくなろうとするのは定番らしい。
結局、婚約破棄は現王によって受け入れられた。王子のことがかわいくて仕方のない国王陛下は、王子の願いを聞き届けることにしたらしい。謝罪と賠償金の支払いは、もちろんあった。しかし、それでも釈然としないものがあるのは、王子の最後まで尊大だった態度ゆえか。
ダンスレッスンは、その一環。王子が婚約破棄をしなければよかったと思うような、
この前は、淑女の言葉遣いを指導された。この後は、淑女としての話題提供について学ぶてはずだ。
「ほら、再開するわよ」
「もう、無理だよ‥‥」
「ちなみに、言葉遣いも全然ダメだから」
「もう、無理ですわ!!」
ヤケクソに叫ぶ私に、アンドリューは「そうよ、それ」と頷く。そんなお嬢様言葉、ここ数年使っていなくて、違和感しかない。
「はあ、淑女への道は遠いね」
「それは、そうでしょう。一朝一夕で完成するものではないわよ」
「はああああああああ」
私が深い深いため息をつくと、アンドリューは口元をおさえて、横を向いた。
口が緩んでいるのが手の隙間から見えるので、どうやら笑いを堪えているらしかった。しかし、その仕草も優雅でどこか叙情的で美しい。
「アンドリューって、本当に綺麗だよね」
「なによ、急に。褒めてもレッスンは減らさないわよ」
「いや、なんでこんなに綺麗なのかなって‥‥」
私もアンドリューほど綺麗だったら、婚約破棄されたりしなかったのかな、と。どうしてもそんなことを考えてしまう。
たとえ、男装していたとしても、女性としての魅力があったなら、こんなことにならなかったかもしれないな‥‥‥
「綺麗になるのは、簡単よ」
私が俯いていると、アンドリューは私の頭にふわりと掌をのせた。思わず見上げると、アンドリューはいつになく優しく微笑んでいた。
「簡単、なのかな?」
「簡単よ。恋に落ちればいいだけだもの」
「え?」
思わぬ言葉に、私は目が点。そんなこと、アンドリューの口から初めて聞いたからだ。
「好きな人のことを考えるだけで、どんどん綺麗になっていくのよ」
「‥‥‥‥‥」
「本当に、不思議よね」
彼は切なげに目を伏せる。
あ、まつげ長‥‥‥
改めて、彼の顔をじっくりと見たので、私は見当違いにも、そんなことを考えていた。
だけど、私は気になってしまう。彼の想い人は誰だ、と。
うちの屋敷にいる可愛らしい庭師の若者?それとも、隣の領地の騎士団のマッチョで色気がすごい団長?
それとも、全然別の人?
私は彼の袖を引っ張った。
「ねえ!アンドリューの好きな人は誰なの?!」
「教えないわよ」
私が彼にすがると、ヒラヒラと手を振って取り合ってくれない。なんと、なんと‥‥‥
ずっと一緒にいるはずなのに気づかなかったよ!
「それにしても、どうしてこんなに踊れないのかしら?そもそも、女性パートも踊れたでしょう?」
不穏な空気を読み取ったのであろうか。アンドリューは素早く話題を変えた。
そう、ダンスに関してだが、私は男性パートも女性パートもマスターしていた。ロスコー王子と踊る場合は、女性パートを踊らなければならなかったから。
でも、女性からダンスに誘って頂くことも、結構あったので、どうせならと男性パートも習得したのだった。
「多分、このドレスのせいだと思う」
「ああ」
私は身につけているドレスの裾を持ち上げる。淡い水色のドレスはお洒落なのだが、裾がヒラヒラしていて実に動きづらい。ズボンであった男装姿とは、勝手が全く違うのだ。
「それに、ぶっちゃけ男性パートの方が踊り慣れてるんだよね。沢山の女性に誘われたから、断れないし」
「‥‥‥‥‥」
あは、と笑うとアンドリューは遠い目をしていた。遠い目で、なにかを哀れむようなー‥‥
「仕方ないわね。なら、まずはそのドレスに慣れるために、男性パートで踊ってもらいましょうか」
「え?いいの?」
「慣れるまでよ」
アンドリューは、私に手を差し出す。私は彼の手を取り、腰を抱いた。
音楽が流れ、私たちは踊り始める。
彼が踊りやすいように私が率先して、彼の手を引く。
徐々に私たちの息が合っていくのを感じる。
ああ、やっぱり男性パートの方が落ち着くー‥‥
やがて、音楽は止まり、私たちはダンスをやめた。互いに怪訝な顔になり、至近距離で見つめ合う。
「なんで、男性パートなら完璧なのよ‥‥」
「そっちこそ、なんで女性パートが踊れるの?」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
こうして、先行き不安な、私たちのレッスンが開始した。