馴初め
エピソード3 馴初め
窓から入ってくる風はとても温かかった。
入学式を終え、真っ先に図書室に向かった雪華の胸には、「入学おめでとう」と書かれた紅白の飾りがついたままであった。雪華はまず外国文学のコーナーの棚を一通り物色し、面白そうだなと思ったタイトルの本を手に取った。目を上げると、近くの窓のすぐ傍には満開の桜が枝を覗かせていた。ここは建物の二階なのだ。
雪華は窓の傍に近づくと、壁に寄りかかって本を読み始めた。温かい春風が雪華の長い髪を揺らした。何度か目にかかり、そのたびに少し鬱陶しそうにしながら髪を耳にかけた。そしてすぐに視線を本に落とす。
うちの高校の唯一の良いところは図書室であろうか、と海斗は思った。春は満開の桜が間近にそびえ、夏は涼しく冬は暖かい。そしてとても静かだ。この図書室は生徒のいる校舎から離れたところに建てられている。
海斗には図書室の中でも、特に気に入っている場所があった。四方を高い本棚に囲まれた外国文学のコーナーである。図書室は自習ブース以外は基本的に人通りが少ないが、ここは全くと言っていいほど誰もいない。外国文学は好きではない生徒が多いらしい。
ここにある窓は普段閉っていることが多いが、最近は開いている。春だからだろうか。近頃海斗がここを訪れると、カーテンがひとりでひらひらと揺れ、床には桜の花びらが何枚か落ちているのだ。古い紙の匂いに交じって、甘い桜の香りもする。
外国文学のコーナーに向かうと、海斗の前に一人、先客がいた。
雪華は不意に視線を感じた。驚いて顔を上げると、知らない生徒が雪華をじっと見ていた。とても長身で切れ目の男子生徒が、目をまん丸にしてこちらを伺っている。
「やばい、じろじろ見すぎた。」と海斗は内心焦っていた。これじゃあ変態じゃないか。でも、なぜか先客の女の子から目を離すことが出来ない。
胸にバッチをつけたままだから、入学してきた新入生だろうか。顔を上げた彼女の目はとても大きくて、その目を隠すかのように淵の細い眼鏡をかけていた。女子にしては身長が高い。手足はほっそりと綺麗なラインを描いていた。
外から強い風がぶわっと吹いてきた。カーテンが大きく揺れて二人の視線を遮り、同時に沢山の花弁がひらひらと舞い込んだ。風が収まった。
そして、再び二人の目線が合った。雪華の長い髪がゆっくり風にたなびいていた。眼鏡の奥で彼女の瞳が、海斗と同じように大きく開いていた。
やがて、海斗がハッっとしたように「そこ、俺の・・・。」とつぶやいた。
彼の声を聞くや否や、雪華は一目散に走りだし、図書室を出たのであった。