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いつの日か  作者: 中井田知久
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あと5分

佳奈は百万人に一人という奇病に侵された。人の心臓が石化して固まっていくという病だ。突然、動くと佳奈は息切れをしだした。「変ね」と言って、口から吐息を漏らす。「どうしたの?」と僕が言うと、佳奈は「ん? 何故かしんどくて。仕事で疲れているのかしら」

と微笑みながら言った。僕は今でも覚えている。その悲し気な顔はこの瞬間でも僕の瞼の裏に映っている。


佳奈は次第に、体を自由に動かせなくなり、不整脈を起こした。もう仕事もできなくなるくらい弱った佳奈と僕は病院に行った。血液検査やCTスキャンをされて、佳奈は本当の病気を知った。僕は佳奈の隣で医師の話を聞いていた。「この病気の原因は今でもわかっていません。心臓が石になっていく病気です。体の内部の病気ですし、今の医学では、手術でも治すことはできません。申し訳ありません」と医師は本当に申し訳なさそうに言った。どくっと僕の心臓の音を聞いたようだった。佳奈の横顔を見ると、白く、診察室のブラインド越しから漏れる太陽の光が佳奈の顔に影を落としていた。僕は何も言えなかった。


佳奈の顔は青ざめている。僕は佳奈の心臓に手をやって、心臓の音を確かめる。血液は体中に回っているのだろう。音は確かだ。でも、時折、何秒か止まっている時間がある。その間、僕は佳奈が死んでしまったんじゃないかと不安に駆られ、佳奈を起こそうとする。佳奈はうっすら目を開けて、「信二。どうしたの?」と言う。僕は、「なんでもないよ」と誤魔化す。

佳奈は笑って、「また、止まっていたのね。ポンコツの心臓」と言った。僕は、笑っていいのか、でも、時折、目から涙が零れそうになる。「だめよ。あなたが泣いたら。あなたより私が先に泣くの」佳奈は時計を見て「あと5分」と呟く。佳奈は腕を動かすが、腕には点滴の針が刺さっている。もう食べられなくなった佳奈は、もう食欲が湧いてこないようだった。佳奈は目を閉じて、「あと5分」ともう一回、言った。


僕はパリの街を歩いている。エッフェル塔が微かに見えるカフェで、「ボンジュール」という言葉を発する。僕は左手の橈骨動脈に手をあて、脈を確かめる。時計の秒針より微かに早く、正確に脈打っていた。指先でその確かな音を聞く。「あと、3分」僕は、パリのカフェで時計を確かめる。僕は左手の薬指を見る。指輪はない。

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