009 大事な話。
リビングテーブルで両親と向かい合う僕。そして何故か僕の隣に座るパジャマ姿の陽葵。更に両親の横に座る第三の謎女子・・・。
星華学園高等学校の制服が目に留まる。青いネクタイの色は、この春入学してくる一年生らしい。ベリーショートの黒髪に囲まれた小さい顔の上で、つぶらな瞳が不安そうに揺れている。
父さん・・・。もしかして浮気してたとか・・・。僕と一つしか違わない妹がいたとかやめてね。
「と言うことで、父さんと母さんはこの家を出ることになった」
父さんは嬉しそうに事の次第を告げてから、締めくくる。横では母さんがうんうんと頷いている。
「父さんの転勤に母さんがついていくことは分かった」
会社組織で転勤を断れないのは高校生の僕でも知っている。まして栄転なのだから喜ぶべきなんだけど、それより横の彼女の説明はなしかよ。
「で、彼女は誰?」
ぶっきらぼうに聞く。
「まあまあ、そんなに急かすな。野々村さん、挨拶を頼む」
コクンと頷く両親の横の椅子に座る少女。ドラマみたいな場面だぞ。
「今日からこの家にお世話になります野々村良です」
立ち上がって深々とお辞儀をする彼女。心なしか体向きが陽葵の方を向いていることに不安を覚えるんだけど。
「話は聞いているよ。私、伊藤陽葵。良ちゃん、よろしくね」
すっと手を差し出して彼女の手を掴んで握手する。
「聞いていると思うけど、坂本家の隣に住んでいるから何かあったら、何でも尋ねてね」
「はい。よろしくお願いします」
緊張した顔を崩してほほ笑みながら答える野々村良。
はあっ!どゆこと・・・。僕以外は既に知っているってことかよ。なぜ、息子である僕より先に隣人なんだ。僕の両親は一体何を考えているのだろう。
「ねぇ、良ちゃんって星華学園高等学校の一年生なんだ。私、そこの二年。これでも一応、特進クラスだよ」
高二とは思えない背の低い陽葵を見下ろす形の野々村良。どっちが年上かわからない。
「そうなんですか!私、中学の同級生で星華受けた子いなくて・・・」
手を取り合って勝手に盛り上がる女子二人。僕はどうやら蚊帳の外らしい。
って、そんなことで拗ねている場合じゃない。両親が家を出るってことは、この家に残るのは僕だけってこと。年頃の女子と二人っきり・・・。そんな大事なことを・・・。しかも・・・、とても言いにくいが彼女はは陽葵とも星宮美咲とも違った美少女さん。
心の奥に封じ込めたヤンチャ時代の黒い心が沸々と湧き上がる。思わずテーブルをドンと叩いてしまう。
「父さん、母さん!」
「おっ、蓮の元気が戻ったか」
嬉しそうな父さん。僕の反応を面白そうに見ている母さん。
「元気じゃないから。どうなってんのよ我が家は!不倫相手の娘を預かって、それで良いのかよ母さん!」
「不倫?」
向かいに座る両親が顔を見合わせて爆笑する。
「いゃ、悪かった、蓮。そう受け取られても仕方ないか。これにはちょっとした訳があってな」
父さんの言葉を母さんが継ぐ。
「良ちゃんのお父さんが、父さんの上司でニューヨーク支店を任されることになって、父さんを部長として連れて行くって推挙してくれたのよ。ところが良ちゃんは星華学園高等学校に入学が決まったばかり。学校に近い我が家で預かることになったのよ。蓮一人残してニューヨークなんて不安いっぱいだった私たちには渡りに船ね。知らない土地で女の子独り、寂しいんじゃないかと思って事前に陽葵ちゃんに相談したってわけ」
うんうんとうなずく父さん。一まず、不倫ではないことにホッとする僕。ある日突然、妹がいましたなんて展開は取りあえず無しらしい。って、陽葵には相談して、実の息子の僕にはなしかよ。意味が分からない。
「父さんの恩人の娘だからな。粗相は許さんぞ、蓮」
父さんは椅子にドンと座って家長としての威厳を示す。
粗相って・・・。女子と二人暮らしなんて状況を作っておいてそんな言い方ってありか。まるで僕が野獣みたいな言い方じゃないか。
「よろしくお願いします」
タイミングよく差し出される野々村良の白い手。僕はハイそうですかと握り返す気持ちには到底なれない。
「いゃ、あの知らない男子と二人暮らしになるんだけど、キミはそれで良いわけ?」
事前にどんなやり取りがあったかは知らないが、彼女の意見を聞いておきたい。
「今はやりのシェアハウスみたいなものだから問題ありません。アメリカでは男女のルームメイトなんて普通だと思います」
さらりと言われてしまう。
「聞いたことはあるけど、ここは日本なんだが・・・」
彼女への僕の言葉に割って入る父。
「そう言う関係になったらなったでちゃんと責任を取ればいい。向こうの両親も納得済みだ。坂本家の今後の繁栄を考えれば、むしろ望ましい。なあ、母さん」
「そうそう」とうなずく母さん。何時から日本はこんなにさばけた国になったのだろう。僕の考えだけが古いのか・・・。そう言えば明治時代の女子はこんな感じで嫁に出されるって話があるから、むしろ僕の考えは新しいのか・・・。
「いいか、蓮。お前に拒否権はない」
と、父さん。
「年頃のお嬢さんの行き場を無くすなんて、優しい蓮には無理よね」
と、母さん。
「私の妹分を追い出すなんて許さないんだから」
と、陽葵。
ずっと好きだったと気づいた幼馴染が僕の親友と付き合い始めた春、学園一の美少女に告白された日、知らない後輩女子と二人暮らしをすることになりました。
って、どんな展開だよ。あ然とする僕の手を取って野々村良の手にのせる陽葵。
「蓮、よろしくお願いしますでしょ!」
陽葵、お前・・・。人の家で何、長女ポジション、握ってるんだよ。
途端につぶらな瞳をウルウルさせ始める野々村良。そんな顔をされたら・・・。
「よろしくお願いします」
僕の意志とは無関係に事は運ぶ。
「陽葵ちゃんがお姉ちゃん、蓮が弟、良ちゃんが妹。三人兄弟で丁度いいじゃないか。三人で仲良くやってくれ」
胸を張る父。
「そうね。男の子はなにかと難しいからね。蓮独り置いて海外だなんて不安だったけど安心だわ」
晴ればれとした顔で告げる母。
他の家の子供になったことがないから世間の親と言うものがどうなのかは知らないが、僕の家はかなり特殊な気がする。
まあ、いつもこんな感じだから悩んだとろこで親を変えられるわけでもない。渋々事態を受け入れてる内にもう慣れた。
「母さん、それじゃあ、後は若いものに任せて我々はご近所に挨拶にいかないと」
父さんは時計を見て、母さんと二人、仲睦まじくリビングを去っていった。めでたしめでたし。って、お見合いの席かよ!
「んじゃ、私も帰るわ。お邪魔したら悪いものね。ふふっ」
ふふっ、って陽葵、お前もか!人づきあいが苦手な僕だけ残すつもりかよ。メチャクチャ心細いだろ。
「よろしくお願いします!お兄ちゃん」
チョコンと可愛らしく頭を下げる野々村良。もしも僕が彼女の立場だったらと思うと庇護欲をかきたてられないわけでもない。
ずっと一人っ子だった僕にとって初めて出来た妹分。今日一日、目まぐるしく僕を取り巻く環境が変化したことは事実だが、彼女にとっては関係ない。僕がしっかりしなければいけないんだと気づく。
「ああ、よろしくな」
僕は野々村良に笑顔で答えた。高二の春、運命は僕に変化を望んでいるに違いない。