006 学園一の美少女との接点。
僕は慌ててスマホを手に取り、中三終わりの春休みからナイショのハンドルネームで始めたブログを開いた。
ブログのテーマはスイーツ。
高校合格のご褒美として買ってもらったスマホ。
人づきあいがあまり得意でない僕。
当時のアドレス登録者は両親と親戚関係者、そして幼馴染の伊藤陽葵のみ。
まあ、これに関して言えば高一の一年間で追加されたのは、新しく親友となった神谷匠真だけなんだけど。昔から僕は友達を作るのがとても苦手なのだ。
三人グループでその内の二人が付き合いだしたら、僕の孤独感は半端ないって理解していただけただろうか。別に匠真も陽葵も今まで通りに付き合ってくれることは知っているが、遠慮してしまう僕がいるわけで、まあ、そう言うことだ。
始業式の放課後にボッチで教室に残っていたのは、遠慮の結果である。
話しを戻すが宿題のない春休み、暇を持て余し、最新ツールを手に入れてテンションの上がった僕。唯一の趣味であるスイーツに関する記録を残そうとした行動は自然なモノと言える。
と言っても恥ずかしいのでリアル世界の住人には誰にも知られたくない。
熱狂的ともいえる甘いもの好きである僕の情熱を匿名で吐き出せる場がブログだったって話しだ。
電車で足を運べる範囲のケーキ店や和菓子店、カフェなどを巡って、感想書きまくった。最新スマホの機能を存分に発揮して写真も貼りまくった。
そして私立星華学園高等学校に入学。集団活動が得意でない僕は部活にも所属せずに、ブログ作成に没頭している。
高校生となって一年間もブログを続けると、けっこうなファンなんかもできてしまう。それで期待に応えようと、また足が動くといった具合だ。
僕がぐれずに私立星華学園高等学校の特進クラスなどと言う場違いな場所になんとか残れているのは、このブログと言う承認欲求を満たすためのガス抜きを持っているからだ。
僕のブログを登録してくれている人のリストを順番にチェックしてゆく。
「やっぱり・・・」
何で、今まで気付かなかったのだろう。
って、学園一の美少女との接点があるなんて偶然、普通は思い浮かばない。
『星美』と言うハンドルネームをにらみつけて思う。
ブログ投稿を始めて最初にできた僕のファン。僕の直感が告げる。
星宮美咲の『星』と『美』をとったネームに違いない。
ピコッ。
スマホのブログアプリに付属するメッセージソフトが立ち上がって新しいメッセージが届いたことを告げる。
発信者のハンドルネームは『星美』さん。
『天使様、私のラブレター、読んでくれたかな?』
うぐ。
ナイスタイミング。仮説が確信にかわった瞬間!
つっ・・・。
このブログを知る人間が同じ学園に存在するという事実に驚愕するしかない。
恥ずかしくて顔から蒸気が噴き出す思い。穴があったら逃げ込みたい気分だ。
なんてことだ。
家族は愚か親友の神谷匠真も幼馴染の伊藤陽葵さえ知らない僕の隠された趣味。
リアル世界で唯一それを知っている女子がクラスメイトの星宮美咲!
学園一の頭脳と美貌を併せ持つ美少女と名高い超有名人なのだ。
なぜそこまで隠したいかと言えば、あま、その・・・。
ブログのタイトルが『スイーツ天使』。
恐ろしすぎる。
誰も僕のことなんて知らないと深夜に勢いでつけてしまったが、今更変更もできない。
そう、僕はこのブログの中で『天使様』と呼ばれている。
人生で初めて死にたくなった。
『天使様』だものな。
この冴えない僕が・・・。頭をかきむしって悶えてみてもすでに遅し。
一年以上も『星美さん』と『スイーツ天使』はブログ上で交流を深めている。
バーチャルの世界だけど・・・。
いや、バーチャルだから、匿名だと思っていたからなおさら恥ずかしいんだけど。
幼馴染に彼氏ができて、夜空を眺めたら涙が止まらなくなった。
とか、
今日はガツンと大人チョコケーキ『オペラ』な気分!
何んて書き記したような・・・。
恥ずかしいなんてありゃしない。
僕の視線はあるはずもない穴を探して部屋の中を移ろう。
どうにかして無かったことにする方法はないものか。
学園一の有名人に『天使様』なんてリアル世界で一回でも呼ばれてみろ。
単に恥ずかしいだけならともかく、彼女を崇拝するやからがどんなことを言い出すか。そりゃあ、もう考えただけでも恐ろしい。
中学時代にヤンチャしてた時にバトルした先輩方の方がよほど可愛く思える。
ふぐ・・・。思い出してしまった。
その時の『星美さん』が返してくれたコメントが確か。
私のラズベリームースのミラーケーキで癒やしてあげる!
だったような・・・。
彼女の書いたラブレターからほのかに香ってくるラズベリーの上品な甘さ。
っ、つながっている・・・。
ピコッ。
『星美さん』からのメッセージが追加される。
『天使様のハートは私が癒やしてあげるよ』
続いて真っ赤なハート型のラズベリームースのミラーケーキの画像。
うおっ・・・。
取りあえず、その『天使様』ってのだけでもやめてください。正体を知られていると思うだけで、恥ずかしくて居心地が悪い。自分で埋めた地雷を踏んだ気分だ。
星宮美咲、学園一の美少女の顔が思い浮かぶ。
彼女の清楚な素顔の下はかなりオチャメらしい。
どんなコメントを返すべきか身悶えする僕。とにかく知りたいことはただ一つ。
『星美さん。あのー、いつ頃気から気づいていたのですか。その、僕がクラスメイトだってこと?なのです』
正体を知られている負い目から丁寧語を付け足す始末。文法なんてもはや頭の中で崩壊してしまっている。
既読と共に打ち込まれてくるメッセージに目がくらむ。
『入学式の後、クラスでの自己紹介があったでしょ。その時からだよ』
そんなに前から・・・。
そう言えば彼女の手紙にも『入学式の日』って書いてある。
僕だけが知らなかった驚愕の事実。
都内有数の進学校である私立星華学園高等学校、特進クラスの自己紹介の記憶がよみがえる。
パティシエになりたいなんて夢を大っぴらに語ったあげく、あまりの熱量にドン引きされたのは僕だけだった。
それだけで僕が『スイーツ天使』だと気づくなんて、さすが学年一番の頭脳と感心してしまう。
『すぐに分かったよ。
だってブログに書かれているお店って近所が多かったし、
自己紹介でスイーツの歴史やレシピまで詳しく語り出すんだもの、
ピンときた』
自己紹介の時、熱心に語る僕にあわれむような顔を向けてきたクラスメイトを思い出す。特進クラスのクラスメイトが語る夢は、当然ながら有名大学合格!とその後のエリートライフ。
学業とはまるで関係ないパティシエへの夢を語る場違いな行動をとった僕はなんて愚かだったのだろうか。
あれ以来、クラスではスイーツの話題をひた隠しに封印して来たのに・・・。たった一度の間違いで気付かれるとは思わなかった。
秘密を抱え込んでしまった反動とスイーツへの情熱がブログをさらに加速させる。
食べ物にうるさい男子だってちょっとカッコ悪い。それがスイーツとなればなおさらだ。僕を呼び出したヤンチャ時代の先輩たちが、この事を知ったら腹を抱えて笑い転げるだろう。
『スイーツ好きなんて、とても残念な男子に聞こえるんですが』
恥ずかしくて、シュワシュワと溶けしまう『わたあめスイーツ』のごとく消えてしまいたい。
『そんなことないよ。私は運命の出会いだって感動したもん』
運命・・・。まあ、ラノベレベルのご都合主義とも言える偶然だけは認めるが・・・。恥ずかしすぎる。
『何故、このタイミングでお手紙なのですか?』
恐ろしくてラブレターなんて単語は書けない。
学園では清楚系万能美少女である星宮美咲のイメージは置いておくとして、ブログ内での『星美さん』の性格らしくない。
僕同様に彼女もバーチャル世界のキャラを別に持っているようだ。
って違いすぎませんか?
『星美さん』の性格は馴染みの陽葵に近い。ぶっちゃけ馴れ馴れしくて、遠慮がないガキ。って感じだ。
対する星宮美咲は学園一の美貌と才能を持ちながら、それをひけらかすことのない奥ゆかしさがある大人のイメージ。
『それは・・・。入学式のその日、天使様が伊藤さんのことが好きだって気づいたから』
ほえっ。
初めて会った人に、自分の知らない感情に気づかれるくらい欲望剥き出しの残念男子なの、僕。
『僕は彼女に彼氏ができるまで自分の気持ちに気づかなかったのですが』
そんなはずはない。あの頃は秘めた恋ですらなかったはず。
『女子はそういう感情に敏感なんだよ。だから一年間ずっと辛かった』
そう言うものなのか。友達の少ない僕には良く分からないが、自分のニブさに呆れるしかない。
『ごめんなさい。僕、鈍感で・・・』
スマホに入力する単語が思い浮かばない。
『じぁあ、私とつき合ってくれる。それと敬語は止めて、天使様』
グイグイ来るな。
SNSの相手が学年一番の頭脳と美貌の持ち主とはとても思えない。
『星美さんと僕じゃ釣り合いっこないけど・・・』
正体を知られた以上、カッコつけるなんてとても無理ってものだ。
『天使様の秘密、私だけが知っているんだからね』
幼馴染の陽葵ならともかく、にんまりと笑う学園一の美少女なんて想像できないぞ!