005 ラブレターの中身。
封を開くとラズベリーの香りがさらに部屋中に広まる。嫌な感じはせず緊張をほぐすには丁度いい甘さに癒される。
便せんに女子らしい手書きの丸くてかわいい文字が並んでいる。学園一の美少女の凛とした感じにはそぐわないが、親しみを感じる。伊藤陽葵の力強い文字とは大違いだ。
『こんにちは、坂本君』
坂本君・・・。なんかすごく気恥ずかしい。星宮美咲さん本人がラブレターだと言ったのだから、間違いないのだろうが実感がないとは正にこのこと。名前を書かれただけで不思議な気分になる。
ラブレターをもらい慣れている親友の神谷匠真はこんな時、どんな顔をして手紙を読むのだろうか。匠真は紳士だから、きっと書かれた文面と向き合い一文字一文字から気持ちを汲み取ろうとするだろう。
初めてのラブレターを目の前にして、早くも緊張マックス。たぶんと言うか、ほぼ確実と言うか、人生で最初で最後の経験になるだろうと想像すると手が震える。
大げさだと笑う奴がいたら言ってやりたい。お前、ラブレターもらったことあんのかよ!しかも相手は学年一番の美貌を誇る完璧美少女だぞ。その辺のアイドルだって霞んで見える。
って、挨拶文だけで既に五分は経過している。次に進まねば・・・。
『突然のお手紙で驚かせてごめんなさい』
はい、メチャ驚きました。もうとてもビックリです。しつこい様だが相手はクラス男子全員、いや学年男子全員が憧れる星宮美咲。驚かない奴など一人もいない。
僕は姿勢を正し、手紙に向かって一礼する。
『こんな気持ちになったのは初めてで、上手く伝えられるかとても不安で、緊張してます』
そっ、そうなのか。学年一番の頭脳でもそんなものなのか。
ちなみに彼女は美しいだけではなく、都内有数の進学校である私立星華学園高等学校で神谷匠真を凌ぐ成績上位者だ。一年の時の時の定期テストは常に学年トップ。
そんな星宮さんが不安になるなんて・・・。それを読まずに返そうとしていた自分が恥ずかしい。陽葵の言葉が思いおこされる。
女子がラブレターを渡すのにどれ程勇気がいるか知りもしないで失礼よ。
確かにとんでもなく失礼だ。危うく人間失格になるところだった。陽葵の部屋と僕の部屋を隔てるマンションの壁に向かって手を合わす。感謝してから続きに目を走らせる。
『入学式の日、坂本君に出会ってからずっと好きでした』
一年も前から・・・。これまたイケメンアイドル、匠真と同じだな。モテるからと言って恋愛の達人なんてことはないか。シャイなところは益々匠真とお似合いかも・・・。
って、僕のことを一年も・・・。好かれる理由がまるで思い当たらない。丸々一年も同じクラスに登校しているのに、面と向かってまともに話したことがない。
『もっともっと坂本君のことが知りたい。近づきたい。一緒に居たい。つのる思いが抑えられなくて・・・』
清楚が売りの学園一の美少女を情熱的にさせてしまうエネルギーはどこから来るのだろうか。
学園では少し暗めの平凡男子。何もかも中途半端なこの僕に向けられた言葉に戸惑いを覚える。
いわゆる恋に恋するってやつで、彼女の中の妄想がパンパンに膨らんで・・・ってことだろうか。
まかり間違って付き合うことになったとして、中身のない僕のことを知ったら速攻幻滅されるんだろうな。そこだけは揺るぎない自信がある。
反動は少なくない。間違いなく、大爆発。僕の何処にそんな魅力があるというのだ。根拠が欲しい。
僕だけが爆死するならともかく、クラスにおける星宮美咲の立場だって危うい。
ある意味、果たし状よりたちが悪いかも・・・。
さて、どうしたものか。答えはきっとこの先にある。
『人を好きになることがこんなにも苦しいなんて知りませんでした』
その気持ちは、競う前に匠真に不戦敗している僕にとって十分すぎるくらいよく分かる。文武両道の爽やかアイドルイケメンである匠真ですら一年も悩んだ末、ようやくだものな。
匠真と陽葵、二人が手をつないで学園の桜並み木の下を下校していく姿をぼんやりと眺めていた今日の放課後を思う。最悪の気分だったあの時間・・・。
あれっ、陽葵のやつ、何で教室に戻ってきたんだ。おっちょこちょいの陽葵なら忘れ物でもしたのだろう。何の不思議もない。
って、問題はそこじゃない。陽葵が戻ってきたってことは匠真が一緒だった可能性が十分に考えられる。あの写真の光景を匠真に見られているとすると・・・。
うぐぐ。
匠真は信頼が置ける奴だからばらすなんてことは無いだろうが、同性だけにメチャ恥ずかしい。
先を読み進めるのが怖くて、やたらと雑念が頭を過る。だが、まずは星宮さんが僕を好きだという根拠が欲しい。
『好きです。私の初恋です。どうか私とお付き合いをしてください』
はい、これでお終い。
うん、学年一番の美少女の恋の相手が、なぜ僕なのか、全然・・・、これっきしも・・・、さっぱりもって分からない!
星宮さんとは匠真や陽葵と同じく、一年の時から同じクラスだったが、おそれ多くてほとんど会話をした記憶がない。この展開につながる切っ掛けがまるで思い浮かばない。
ちなみに私立星華学園高等学校には特進クラスと言うものが一つだけある。僕の所属する今の二年一組がそれで、成績下位の生徒の入れ替えが若干あるが一年から三年まで顔ぶれはそんなに変わらない。
地域で昔から名門と呼ばれていても私立である以上、大学進学実績は学園を志望する受験生のレベル向上に直結するらしい。大人の事情という奴で存在するクラスと言うわけだ。
補修を受けて何とか居残った僕が、来年、一組に残れるかどうかは甚だ疑問なんだけど・・・。容姿は並み。その証拠が生まれてからこの方一度だって女子に好かれた記憶がない。
ヤンチャは得意だったがスポーツは苦手。特に団体競技は空気が読めない。音楽も美術も芸術的素養はまるでなし。
特技と言えば、甘いものにうるさいくらい。
星宮さんって甘いもの好きかな?シュッとしたモデル並みの細身のスタイルを考えればハイカロリーはなしか・・・。ブラックコーヒーがとても似合いそう。って、何を考えたんだ僕。
「あっ」
「んんっ?」
「まさかね」
「そんなはずない」
心に膨らむ焦りが声になる。心当たりが無いわけじゃない。