003 初めてもらったラブレター。
僕が生まれて初めてもらったラブレターは、学園一の美少女と評判の星宮美咲からのものだった。
ラブレターなんてもらったらメチャ舞い上がって喜ぶんじゃないかと思っていた。
が、まったく実感がない。学園のアイドルで唯一の親友でもある、神谷匠真と彼女ならつり合うかもしれないが・・・、相手は平凡な僕だぞ。こんな事態を想像できる奴がこの世にいるのだろうか。夢だとしても恐れ多い。
何かの間違い。ラノベあたりでよくある偽装恋人とか・・・。それとも罰ゲームの類い・・・。
家に帰った僕は、部屋にこもって真っ白な手紙を前にして開けることができずにいた。放課後に起きた事件が幻にさえ思えるが、目の前に現実を示す証拠が・・・。
教室では気づかなかったが白い封筒からラズベリーのほのかな甘い香りが漂ってくる。香水か何かだろうか。既製品のお菓子の安っぽい香りとは違って、清楚な品の良さが伺える。
星宮さんらしい演出だと思う。幼馴染の陽葵なら思いつきもしないだろう。ってか、あいつがラブレターを贈るなんて古風な真似をするとは思えない。直球、ストレートが彼女の良いところでもあり、悪いところでもある。
「蓮、あのさ。私、匠真と付き合うことになったよ」
屈託のない笑顔で告げられた時は動揺を隠すのに必死だった。
「陽葵、お前なー。こんな時間に人を呼び出しといて大事な話ってそれかよ」
場所は彼女の部屋。ネコをかたどった目覚まし時計が始業式の日付と深夜零時を示している。
「蓮には一番最初に報告しなくちゃと思ったんだけど」
色気のないパジャマ姿で口を尖らせて拗ねる姿はまるで小学生の様だ。時が止まったかのように成長を感じない。
それでも彼女は僕と同じ高校二年生。誕生日が早いので若干年上でもある。
「マンションが隣りだからってだな・・・。泥棒みたいにベランダの柵を超えさせられた僕の身になって見ろよ」
「驚かないんだね」
陽葵は僕の顔を見てガッカリそうな顔をする。
「驚いて欲しかったのか」
「まあね。だって相手は学園のアイドル、神谷匠真だよ。学園中の女子が嫉妬するでしょ」
「僕、女子じゃないし嫉妬はないわ。それに匠真から相談を受けてたし・・・」
「そっ、そうなの?」
子猫のように目を丸くして驚く陽葵を愛くるしいと感じてしまう。ミルクみたいな甘ったるい香りが鼻をつく。お風呂上りなのか陽葵のショートの黒髪が濡れて輝いている。
「夜中に男子を部屋に招くなんて、彼氏持ちの女子のすることじゃないだろが」
軽率すぎる彼女の行動に少しばかり文句を言いたくなる。
「そうだけど、蓮は別格だから」
別格ってのが問題だよなー。恋愛対象外ってことだろ。
「まあ、信頼してくれるってのありがたいが、これ以上いると理性が削られて襲いかねないから帰るわ」
少しばかりおどけてみせて、僕は窓を開けるとベランダに足を踏み出す。振り向いて「おめでとう」と言葉を残した。
自分の部屋のベランダに戻り、柵につかまり夜空を見上げる。なんでか涙が止まらない。
それが今日、深夜に起きた出来事。
って、星宮さんのラブレターを前に何、思い出に浸ってんのよ、僕。気持ちの整理がつかない。
マンションの壁一つ隔てて眠っているだろう幼馴染の陽葵の顔が浮かんで消える。
「やっぱ、これ受け取れないわ」
僕は目の前のラブレターをつまんで机に乗せるとベッドの上にダイブした。