001 始業式の後。
星華学園高等学校二年一組の教室。 始業式の後、僕こと坂本蓮は二階の窓際の席から、下校する生徒達の後姿をぼんやりと見下ろしていた。
開け放たれた窓を通って、春の爽やかな風が生徒たちのざわめきを運んでくる。
僕しかいなくなった教室で、自分の机に乗せた鞄の上に突っ伏した。
「はぁー」
言葉にならないため息が口をつく。
どうして、こんなことになったのだろうか。
反省とも後悔ともとれる思いが心を過ぎる。
親友である神谷匠真が、僕の幼馴染である伊藤陽葵のことが好きだと相談に来た時のことだ。
僕はあろうことか「応援するよ」と答えてしまった。
生意気で口うるさくて、チビのくせに姉さん気取り。
そんな陽葵を、まさか自分がずっと好きだったなんて思っても見なかった。
春休み最後の日、つまり昨日、匠真は陽葵に告白、二人はめでたく付き合うことになった。
「大切なものは失って初めて気づくものだって言うものな」
小声で口に出して言ってみても、現状が変わるわけじゃない。過去に戻ってやり直せるはずもない。
そもそも僕と匠真とでは品も格もレベルが違い過ぎる。
容姿端麗、文武両道を地でいく学園のアイドルと競ったところで勝ち目があるとは思えない。陽葵のこれからの人生を思えば、匠真と結ばれる方が幸せになれるに決まっている。
自分のふがいなさを棚に上げて、第三者を気取ってみても心が安らぐわけじゃない。同じクラスで、二人とも親友なわけで、顔を合わせる度に二人の関係を意識してしまうのは辛い。
高二の春は始まったばかり。高一と違って学園の授業にも慣れ、高三ほど大学受験で切羽詰まっているわけじゃない。高二という二度とない大切な時を、悶々とした気持ちで過ごすことになるのかと思うと心が沈む。
「ふぇー」
煮え切らない自分に気合を入れるつもりで発した音さえ腑抜け声。
何もかもが今さらなのだ。
両手をついて立ち上がろうとした時、目の前に人の気配を感じで中腰で固まった。
「えっ」
クラスの女生徒が一人、僕の机の前に立っていた。
制服の腰の細さが目に飛び込んでくる。上着をたどってゆっくりと顔を上げると見下ろしている女子と視線が交わった。
小さな顔に大人っぽいシャープな顎のラインと細く長い首。切り揃えられた前髪の下、切れ長の瞳を大きく見開いて僕を覗き込む彼女。
ちっ、近いんですけど・・・。
なのに声を発することも、顔を逸らすこともできずにいる僕。目の前にある完璧とも呼べる美しさに気持ちが飛んでしまったようだ。
彼女の名前は星宮美咲。私立星華学園高等学校で「学園一の美少女」と評判の女子が僕と同じように固まっていた。