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冬男のお父さんと、雪女じゃないお母さんと、冬休みの間の面白い何か

作者: 横井 竜胆

 僕のお父さんは冬男で、一年中冬のところに住むのが小さい頃からの夢だったのだそうだ。

 僕が生まれる少し前にその夢を叶えて、常冬の島に引っ越した。

 僕のお母さんはそんなお父さんが理解できなくて、離婚はしないけれど、それ以来別々に住むことにしたらしい。


「だって、おかしいと思わない?

何が楽しくて、寒いところで雪ばっかり見ながらずっと暮らしていくのか、私には全然分からない。」


 お母さんは、僕が小さい頃、今も小さいけれど、もっとずっと小さい頃から、僕に繰り返し同じように言ってきた。

 僕は子どもだったので、もちろん今でも子どもだけど、今よりももっと小さな子どもだったので、お母さんに分からないことがあるのを知ってびっくりしたものだった。


「いくらあの人のことが好きでも、冬の寒さには我慢できない。

冷たいかもしれないけど、私はそういう人間だから仕方ない。

雪女じゃない、生身の、夏の長い土地の生まれの女なの。」


 たまに、お母さんは飲み慣れないお酒を飲んで、そんなことを言うことがあった。

 僕はそれを聞く度に、お母さんはそんな人間じゃないんだろうなあと、子どもながらに何となく思っていた。

 雪女でないのは本当にしても、きっとお父さんと一緒に暮らさない理由があるのだ。

 子どもの僕には分かるはずのない、何か難しい理由が。

 お母さんがそれを教えてくれる日がいつか来るのを今でも僕はこっそりと待っている。

 今のところ、そんなことは起こりそうもなさそうだけど。


 僕はまだ11歳で、あんまり喋る方じゃないし、友達も多くないし、人気者でもない。

 頭も良くないし、走るのが速かったり、サッカーがうまいわけでもない。

 だけど、冬男のお父さんの子どもなのをこっそり自慢に思っている。

 お母さんが言うには、初めて会った時のお父さんは冬の似合う、とてもかっこいい大人の男だったのだそうだ。

 肩口に粉雪が積もるのをサッと手で払う仕草が素敵で、お母さんは一目で恋に落ちたらしい。


「今更こんなことを言うのは負け惜しみみたいで悔しいんだけど、冬男ってかっこいいんだよね。」


 不満げな声でそう言うお母さんは、喉を鳴らして甘える猫のように目を細める。


「頭も良かったし、気もつくし、優しいし。

あれで冬男じゃなかったら、文句なかったのに。」


 僕が物心づいた頃から覚えている限り、お母さんはずっと同じことを言っている。

 僕が11歳にしては大人ぶった考えをし過ぎるようになったのは、物心づいてから何度となくそんなことを聞かされたせいだと思う。


「でもお父さんは冬男だったから、素敵で頭が良くて優しくて気が利いたんじゃないの?」


 時々、黙って聞くのにうんざりした僕がそう言うと、お母さんはむくれる。

 なぜかと言うと、お母さんもそれが分かっているから。

 そんなお母さんを見る時、僕は、お母さんがかわいいと思う。

 親に対して思うことではないのだろうけど、でもやっぱりそんなお母さんはかわいい。



 2学期の終わりの日、学校は半日で終わる。

 友達と夕方、塾の前に公園で落ち合う約束をして、急いで家に帰る。

 家に帰ると、お母さんが用意してくれていたご飯を食べる。

 その間に、お母さんは手際よくタブレットでビデオ通話を始めてくれて、画面の向こうにはお父さんが現れる。


「お父さん、聞こえる?」


 僕が呼びかけるのに、お父さんは返事をせずに、ただニコニコとしている。

 これは聞こえていないやつだ。


「お父さん、スピーカーの音量、調節出来る?」


 口に手を添えて、大きくパクパクさせながら僕が言うと、お父さんはようやく音が聞こえないことに気がつく。

 ほどなくしてシステム音が鳴り、低い声が遠くから聞こえ出す。


「あーあー、聞こえますか?

本日は晴天なり。

あーあー、聞こえますか?

お母さんは今日も綺麗ですか?」


 タブレットの向こうでこっちを見ているお母さんは眉をひそめる。

 顔はちょっと紅くて、やっぱりかわいい。


「はいはーい、聞こえるよー。

こっちも今日は晴天で、お母さんは今日も綺麗でかわいいよ。

お父さんは元気?」

「うん、ちょっと眠いけど、なんとか今日も元気だ。

ありがたいことだ。」


 お父さんは嬉しそうにそう言って、大きくて太い指でゴシゴシと目をこする。

 こすった瞼の上には、眉毛があって、それが濃くて太い。

 鼻の下から口の周りは、やっぱり濃くて太い髭がもじゃもじゃと生えている。

 たった今、雪山に登って帰ってきたところみたいだ。


「約束の時間通りに繋がって良かったよ。

どう?

そっちは今日も寒い?」

「うん、まあ寒い。

常冬の島と言えどもやっぱり年末から数ヶ月は特に冷える。」

「しっかり暖房つけてる?」

「うん、それはもちろん。

命に関わるからな。」


 そっちは今何時、と僕は聞く。

 お父さんは夜中だと教えてくれた後に、毎回このやり取りやってるよな、と言って笑う。


「で、そっちはどうだ?

何かいいことあったか?

いいことじゃなくても、何でもいいんだけど。」

「いいことかどうかはわからないけど、今日で2学期が終わったよ。

明日から冬休み。」

「そりゃいいことじゃないか。

いいなあ、冬休みか。

お父さんにも冬休みがあればなあ。」


 国語の授業でやる文法問題みたいなことを口にするお父さんがおかしくて、僕は笑う。


「お父さんは、仕事が好きだから、お休みいらないんだと思ってた。」

「そんなことないぞ。

お休みがあれば、こうやって息子とビデオ通話できるし。」

「会いには来れないのに?」

「それは、なかなかな。

色々とあってだな。」

「色々ね。」


 タブレットの向こうでコーヒーを飲みながら僕らの話を聞いているお母さんも、目を細めて頷く。


「まあ、僕の方も会いに行けないから、あんまりお父さんのこと、言えないけどね。」

「お、どうした?

まるでどっかのサラリーマンみたいなこと言って。」

「6年生にもなるとさ、小学生も忙しいんだよ。

日本の小学生は、世界有数のハードスケジュールらしいよ。」

「それは興味深いな。

具体的には、どう忙しいんだ?」


 そんな風につっこまれることを考えていなかった僕は、苦し紛れに冬休みの宿題について説明する。

 冬休みの宿題に作文があって、今年は生活作文を書かなくてはならないこと。

 学校側から出されたテーマの中から、何にするか決めかねていること。


「学校指定のテーマもさ、何か投げやりなんだよ。

そのうちの1つなんか、『何でもいいから冬休みの間に面白いものを探して書きましょう。』っていうんだよ。」

「何でも言いからって言われても、困るよな。

随分思い切った作文のテーマに聞こえるけど。」

「6年生の冬休みに下手に時間のかかる宿題出すと中学受験する家の保護者に怒られるから、適当にお茶を濁すことにしたとしか思えないよね。」

「いつの間にかうちの息子が随分すれたものの見方をするようになってる。」

「もう11歳だもの。

世の中にも、少しずつ慣れていかなきゃ。」

「人生2周目みたいなこと言うんだな。」

「本当に2周目なのかもよ?」

「だとしたら人生ゲームのプレイヤースキルがしょぼすぎて、お父さん息子の将来が心配だな。」


 オンラインゲームが共通の趣味である僕とお父さんはそう言って笑いあう。

 そのやりとりを聞きながら、お母さんは面白くなさそうな顔をしている。

 お母さんはオンラインゲームが嫌いなのだ。

 時間と通信料ばっかりかかるといつも文句を言っている。


「しかし、あれだな。

もう11歳だから、世の中にも少しずつ慣れていかなきゃっていうのは、なかなか説得力のある話だな。」


 ひとしきり笑ってから、お父さんは独り言みたいにぶつぶつ言った。


「そうだな、うん。

どうだ、冬休みの作文のネタ探しに、お父さんのとこに遊びに来るか?

もう一人で飛行機乗っても問題ないだろ。」

「行く!!」


 思いもよらないお父さんの言葉が嬉しくて、一瞬返事をするのが遅れた僕を後目に、お母さんが先に大きな声で返事をした。

 想定外のお母さんの声を聞いたお父さんは、タブレットの中で口を開けたまま、目を丸くしていた。

 

 これが冬休みの間の面白いことだったんだけれど、学校の先生は、オーケーを出してくれるだろうか。

 別に誇張というわけじゃない。

 もちろん、その後の会話で、普段女子と全然話さないクラスメートが急に彼女たちに話しかけられた時みたいなお父さんの反応も、いつもは眉を潜めながら僕とお父さんのやりとりを聞いているだけのお母さんが感情的に、「とにかく私も行くから!」、と言い放つのを見ているのも面白かったけど、そういうことじゃない。

 その後、飛行機を3本も乗り継いでお父さんの住む冬島に行って、スケートしたり、山小屋に泊まったり、白い息を吐きながら薪割りをしたりする面白さもまた格別だったけれど、そういうことでもない。

 長く終わりそうにない夜にオーロラが出るのを見た時の、心が泡立つような気持ちとはまた別のものだと言ったら、先生に怒られてしまうだろうか。


 帰りの飛行機で、お母さんと作文の話になった時にも上手く説明できなくてちょっと呆れられてしまった。

 その意趣返しのつもりで、どうしてお母さんは、冬島にいた間中、ほとんどずっとひっついていたくらいにまだお父さんが好きなのに、お父さんと一緒に暮らさないのかと聞いたら、「子どものあなたには分からない、難しい理由があるの。」とはぐらかされてしまった。

 お母さんがそれを教えてくれる日がいつか来るのを今でも僕はこっそりと待っている。

 今のところ、そんなことは起こりそうもない。

 でも、中学校の生活作文のテーマだなんだと言いくるめたら、もしかしたらお母さんも、ついつい口を滑らせるんじゃないかと、実は密かに期待しているのは内緒だ。

冬の童話企画用に書き出して、でもどう考えても童話じゃないからという理由で塩漬けにしていた書き出し部分を無理やり短編にしました。


もうじき終わりますが、普段は別でこんなの書いてます。

よろしければこちらもどうぞ。


午後の最後の首相

https://ncode.syosetu.com/n7633gs/

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― 新着の感想 ―
[良い点] 常冬の島!(変換できない) お母さんの気持ち分かりますよ。私も寒いところの出ですが、寒い方寒い方に行く人の気持ちは理解できない……ほら、あの足におかしな板はめてわざわざ雪山を漂流する遊びと…
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