#60 鯨の牙と剣聖
「リノ、他の会場で観戦していて気になった人いた?」
「そうですねぇ、Qブロックの魔法使いのアウトマティアでしょうか。後はYブロックの冒険者のウォルムナ、それとAブロックの雷帝のトタンスでしょうか」
「アウトマティア、ウォルムナ、トタンスか。強そうだった?」
「ええ、お姉さまの次に早く決着がついた方々です。会場が広すぎるので全てを把握することは難しいですが、前評判から行ける範囲内で偵察してきました」
「ありがとう、リノ。その情報は参考にさせてもらうよ」
どうやらアルファベットでブロックがあるようだ。
Zブロックという時点で予想はしていたが、そうか。
歓声が聞こえる。
「Bブロック会場からです。お姉さま、行って見ましょう」
「ああ」
リノは既に色々な会場を観戦していたが、僕は初めての観戦だ。確か会場内と現実の時間にはズレがあると説明があったな。ズレとは会場が広いせいもあるのかな。関係者が見やすいように。
会場内の時間のほうが時間が流れを遅く設定されているので、現実から観戦した場合、焦らずゆっくり観戦できる。リノが短時間で3戦を観戦できた理由もそこにある。とても便利な魔法なことだ。
さて、Bブロックはとても盛り上がっているな。
下馬評が聞こえてくるようだ。ニノマエという単語が聞こえてくる。そうか、あの勇者がBブロックにいたのか、見なくても勇者が勝ちそうなものだが、どうやら勇者の相手も中々やるらしい。
「よう、嬢ちゃん!」
どこかで見かけたような冒険者がこちらに手を振っている。
「お姉さま、お知り合いですか?」
「あ、んー、誰だっけ?あ、Zブロック会場で戦闘した冒険者のたしか、ギルド鯨の牙のダンフロア・ヴァルフレアさんだ!思い出した!」
あの魔法使いの戦闘後だったので記憶が飛んでた。
中々苦戦した相手だったな。空から降り注ぐ光の大剣とか、炎の精霊を合わせて攻撃に組み込んでくるあたり、歴戦の冒険者って感じがした。
「Zブロックではお世話になったな。嬢ちゃん本当に強かった。となりの子は嬢ちゃんのパーティーの人か?」
「リノ・ノノと申します!お姉さまがお世話になりました!」
「俺は、ダンフロア・ヴァルフレアだ。ノノさん、よろしくな!」
「こちらこそ、ヴァルフレアさんも強かったですよ。スキルと魔法の攻防一体の攻撃には圧倒されました」
「あはははッ!嬢ちゃんには瞬殺で負けたがな。嬢ちゃんたちも観戦か?」
「ええ、勇者ニノマエさんが出ていると声が周囲から聞こえてきたので」
ヴァルフレアさんは気さくに話しかけてくれた。少し嬉しい気持ちになった。遺恨も無いように話し方や仕草から見てとれる。
これも経験値の差というものだろうな。内面から溢れ出る大人の対応と魅力だ。器量がとても大きいことが言葉を発しなくても伝わるって凄いなって思う。
「お!勇者ニノマエと知り合いなのか?やはり嬢ちゃんなかなかにやるなー!あはははッ」
「試合はどんな感じですか?」
「ん?そうだな。結論から言うと勇者ニノマエが苦戦しているかな」
「ニノマエさんが苦戦?」
仮にもこの世界の勇者だぞ。触りを観測できたとはいえ、ステータスも振り切れてたし、レベルも勿論カンスト済み。経験値も莫大なものだろう。なのに。
「ああ、相手が厄介なんだ。無名だがな、かなりやるんだそれが。嬢ちゃんもそうだが、今回の大会には無名で強大な実力者が多い会だ」
「そうなんですね。相手はなんていう方ですか?」
「参加者名簿によるとアエテル・ニタースという剣士らしい。間違いなく悔しいが俺より遙かに上だ。かなり高みにいる」
「剣士ですか」
観戦会場は現実空間とは違った空間になる。観戦会場に入った時点で予選会場と同じ時間法則と同じになり、リアルタイムで観戦することが出来る。
おかげで、観戦してみると、実際に近くで観戦しているみたいで迫力がある。だが、近くでというのはあくまで観測魔法によるものなので、実際に近くにいる訳では無い。
だが、途中から観戦したとはいえ、あの勇者ニノマエがとても苦戦している様子が手に取るようにわかった。
何を話しているかまでは聞こえないが、攻撃がソラの補助が無ければ観戦することが出来ない程の速度で攻撃の応酬が行われいる。
それは自然に補助無しで見ているであろう、ヴァルフレアさんもなかなかの強者だと、改めて実感した。運が悪ければ負けていたのは僕だったかも知れないと思った。
それにしても、あのニタースとかいう剣士は凄い。
「僕が戦った剣聖よりも強いかも?」
「嬢ちゃんと戦った剣聖?ああ、それなら..」
「私のことかしら」
「剣聖のミラ・ジーン!!?ジーンさん、どうしてここに?」
「私がいては悪いかしら。先程はどうも。そういえば、あなたの名前聞いてなかったわね」
「ポラリス・ステラマリスです。こちらが僕のパーティーメンバーのリノ・ノノ」
「どうも、ステラマリスにノノさん」
先程の戦闘が悔しい感じが言葉から伝わってくる。
「どうして、ジーンさんはここに?」
「嬢ちゃん、俺のパーティーメンバーなんだよ。とは言っても必要時に依頼する形のだけどな。誘ってるんだが、なかなか誘いに応えてくれないんだよー。まぁ気の強い姉ちゃんだが、良い奴なんだぜ」
「誰が気が強いよ!」
夫婦漫才を見ているようなほのぼのさが伝わってくる。
確か、パーティーメンバーからは各1名しか参加出来ない筈だけれど、今回の大会に出れられたということは、個別で契約している関係だからか。そういう形での出場も出来たというわけか。色々な方法があるんだな。
「ジーンさんもここにいるということは観戦ですか?」
「ん?そうよ。ヴァルフレアに連れられてね」
「ジーンさんから見ても、勇者の相手の剣士どうみますか?」
「んー、正直剣の腕なら私と互角か、それ以上の域だわ。世界は本当に広いし深いのよね」
冷静に分析するその碧い瞳は大人の女性を思わせるような雰囲気が伝わってきた。剣聖という肩書きを持つジーンすらも凌駕する無名の剣士。一体何者なんだ?
会場が揺れた。
「お姉さま、勇者が...」
勇者が地面に伏している。
負けたのか?いや、あの勇者が?
勇者が剣を杖にして、ようやく体勢を維持している。満身創痍だ。相手はどうだ。土埃が消えてゆく。相手は無傷そのもの。あの勇者を無傷で圧倒していた。
「次で決着ね」
ジーンがそう一言呟くと、勇者は構えた。
最後の大技を繰り出すつもりだろう。観戦しているとはいえ、満身創痍の勇者には隙の一つも見られない程完璧な構えだった。流石は歴戦の勇者、追い詰められても一切諦めていない。
勇者が何か叫んでいる。
相手の剣士が身を構える。
相手の剣士も只者では無い雰囲気が伝わってくる。
刹那、互いの大技が剣に乗せて光った。
聖なる光と得体の知れない光が打つかるそういうイメージが僕の頭の中で過った。
その衝撃は観戦会場の空間を大きく揺らした。
運営スタッフが慌てて対応している。
光と土煙の中で大きな閃光が同時に何度も光った。




