#15 敗北
武士風の大男は大剣を地面に突き刺すと丘の上から悠然とこちらを見下ろしていた。
地面に突き刺された大剣をよく見ると、日本刀のような作りに見えた。鈍く重い刀に反射した光が僕らを照らすようにも感じた。
《主、あの男からは真核を観測できませんでした。あの男はやはり別次元からの存在です。どう対処致しますか?》
全宙は僕に問いかける。答えは決まっている。あの男がどんな存在であれ、僕はあの存在と戦う宿命にあるのだから。
歪んだ世界から来た者という割には、見た目は人間の形とそうは変わらないようにも見えた。だが、肌や能力で感じる限り相当な化け物を彷彿とさせる覇気を纏っていることは僕はしっかりと感じとれている。
隣にいるリノも同様に、男を見つめながらリノなりに分析をしているようだ。結果は同じ、倒さなければならない者だ。
「僕はポラリスだ!小娘ではない!エリアスさんをどうした?」
「・・・」
男は僕の問いに黙っている。試しているのか?睨むとも違う威嚇とも違う鋭い眼光が僕を捉えている。あの目は弱者を見ている目だ。直感だが、僕とリノを2人を目の前にして、何事も動じない弱者としてこちらを見ている。
「エリアスはもう殺した。ポラリスと言ったか?儂は歪みから来た者。弱者にはそれだけで充分だ小娘」
「お姉さま、あの男は化け物です!冷静にならなければなりません。私の上司もこの場にいたらそう命じるはずです。あの御方は死ぬような存在ではないのです」
隣で見るリノは感情を抑えるように口元に力が入っているのが見えた。気丈に振る舞っているが、相当堪えているようだ。だが、冷静さを保とうと必死に抑えている。彼女はとても強い。
目の前にいる男はこの特異界の最高戦力を屠った男。まだ、エリアスさんの死体を確認したわけではない。
全宙さんも多次元観測で捜索しているが現時点で発見されてはいない。そもそも神と言ってもおかしくない存在があっさりと殺されてしまうことなどあり得るのだろうか。
エリアスさんはしかも最高戦力の一角に数えられている。僕も実践でエリアスさんの力の一端を体感したがあのエネルギーと存在感は神といっても僕は疑わない。
だが、現実はどうだ。あの武士風の男は死んだという。つまり、あの男はエリアスさん以上の存在ということになる。冷静にならなければ、こちらも死ぬことになる。
(全宙、戦闘に入る全力で支援を!)
《かしこまりました、私の主》
「リノ、戦闘態勢だ。僕らはあの男の射程圏内にいる。動かなければ死ぬぞ!」
「はい!お姉さま!」
《リノとの情報共有のため、多次元解釈演算により回廊を獲得。獲得した情報を誤差無しで任意の対象へ共有できます。ノノからの承認確認。使用開始》
全宙さんのおかげで、リノとの情報共有が誤差無しで出来るようになった。こちらはスキル「形而干渉無効」「改変改竄無効」「回廊」を連動させ情報を盗まれないように対策もした。これで、こちらがどんな戦略や戦術を計画しようとも相手は知る由もないのだ。
「小娘らが!」
男はこちらは何かを対策したことを直感で察したようだ。とんだ、化け物である。日本刀のような刀を抜く。刀身はとても長く大男の身長と変わらないぐらいじゃないだろうか。肉厚の刀は異形な覇気を纏っている。とても異質な感じだ。
「無常一閃」
刹那、男が放った居合いの一撃が大地と大気を切り裂いた。否、空間を切り裂いている。切り裂かれた空間は地平の果て迄続いている。寧ろ空間が破壊され始めている。エリアスさんがいない今、いくら特別製の戦闘空間であれ崩壊するのにそうは時間はかからないだろう。
《観測掌握完了。あの攻撃は吸収不可能です。次元を切り裂いています。空間外へも被害多数を観測。触れないように注意を!》
「当たり前だ。あんなの直撃したら一溜まりもない!リノ!」
「はい!!お姉さま!!!」
リノを中心として万物が神速思考主演算によって書き換えられていく。リノは完全に戦闘態勢に入った。今のリノには物理的な攻撃は一切効かない状態だ。リノに触れる前に書き換えられてしまうのだから。
「上司の仇です!!」
リノが連続核撃攻撃を仕掛ける。僕と戦った時とは比較にならない威力だ。爆風と放射される熱が周囲の物質ごと融解させて消失させていく。
「赤毛の小娘がやりおるわい。だが、この程度だと当たりゃせんぞ」
男は余裕そうだ。だが、リノは強い連携しなければならあない相手だ。
僕は、「星崩衣」を纏った。
『リノ!!2人の技を打つけてやるぞ!!』
『はい!!お姉さま!!!』
回廊というスキルはとても便利だ。本当に誤差無しで情報が共有されていく。
リノは僕からの言葉と同時に手のひらに強大なエネルギーを圧縮させていた。あれはヤバイ。網膜に表示されている数値が瞬く間に上昇していく。
僕も、特異点を崩壊させたエネルギーを極小までの点へ圧縮させていた。同時に男の周囲の空間を多次元跳躍で隔離した。これであの男はあの球体空間から出ることもできない。
「?!」
男は周辺の空間が変わったことを直感で認識したみたいだ。全宙さんの観測結果でも警戒していることが観測された。通常気づかれる筈が無いのだが、やはりあの男は異常だ。
出ようとすれば中心に強制的に僕の能力で跳躍され体の内側から弾けさせることが可能だ。
エリアスさんには三次元跳躍のときはあまり効果はなかったが、今回は三次元跳躍ではなくて進化した多次元跳躍だ。
僕たちを見下している此奴なら!行ける!!
『リノ、準備はいいか!行くぞ!!』
『はい!!!』
リノと僕のエネルギ−を同時に隔離した空間内で弾けさせた。
「なんだこれは?!!ぐぉぉっぉ!!!!小癪な!!!!!!!!」
「全宙さん、観測に集中して解析を!」
《はい!仰せのままに!》
球体内ではビッグバン級のエネルギ−だ。
普通じゃなくとも空間内は一瞬という時間がなくても蒸発してしまうようだが、どういうことか、男はそのエネルギーの激流を切り裁いているそうだ。本当に化け物だ。だが、攻撃は止めない。
「天則無常」
「「!!??」」
僕とリノは驚愕した。男が多次元空間を切り裂いて出て来たのだ。
「小娘共、強いな。だが、この程度では儂は殺れぬぞ」
強いな?何を言っている?
ビッグバンだぞ。宇宙が出来る規模のエネルギーだぞ?あれは何だ??!!
「お姉さま!後方に下がってください!!」
《観測掌握完了!防御態勢に入ります!リノによる、この空間全てが形而分析による高純粋原子の応用で神速思考主演算行使されます。全てが光へ有象無象関係無く光子へ変換されます。主はリノの演算内に組み込まれているため対象外ですが、念のため防御態勢をスキル行使します》
「では、儂も敬意を払おう。小娘ら名を何という?」
「リノ・ノノ」
「ポラリス・ステラマリス」
「リノ、ポラリス。弱き者よ。覚えたぞ。儂の名は戦國だ。そして愛刀・大帝だ。儂の一撃を受けきってみよ。弱き者よ」
あの男は戦國というらしい。
刀の名は大帝。
「戦國!僕らも覚えた。全力で相手だ!!!!!」
《リノが掌握する空間全てが光子化していきます。00000000000.1以下で完了予定。敵(戦國)は回避不可能域です》
「油断はしてはいけない。彼奴はエリアスさんを殺した相手だ」
《主の予測を演算完了。最悪を想定して思考加速化と同時に観測を開始・行動を予測し多次元跳躍で空間内に多重に領域を展開。回避不可を結論。同時にスキル「事象の地平線」にて全ての力を縮退消失演算を完了》
全宙さんは安定して優秀だ。さて、打てる手は全て尽くしたどうなる?
「愛刀(大帝)が喜んでおるわ!全てを光に変えるとは奇怪な!だが、儂の大帝は主らを捉えるぞ。無限は有限よ、刮目するがいい!居合い!閃景垓爛」
光子を砕くように万物が斬撃に包まれた。
光子すら切り裂く斬撃は空間全域をリノが変換し終わる前に一種の芸術のように煌めく斬撃が空間を舞った。
◇◇◇
敵もインフレし過ぎだろ。僕の心からの声だ。
アニメや漫画なら扱い辛く打ち切りまっしぐらになりそうなぐらい引くぐらい強かった。それ以上に僕はとても弱かった。
僕とリノが張り巡らした全ての対抗策と攻撃を全てあの戦國という男は斬り伏せた。
神よも切り裂く刀を持つ男は、もう近くにはいない彼奴にとっては最初から私たちは眼中に無いのだ。
エリアスさんは本当に死んだのだろうか。
まだ、実感が出来ないでいる。
《主、体の修復完了しました。周辺に敵影は確認できません。リノも無事です。現在こちらの空間へ軍が向かってきております》
「ありがとう、全宙さん」
「お姉さま!、リノ不覚を取ってしまいました。お姉さまと2人なら勝てるかもと演算していましたが、やはり敵は未知数でどうしようもありませんでした。力が足りなくとても悔しいです」
「リノも僕もよくやったさ。これ以上ないくらい。今回は相手が悪すぎた。お互い生きていたことが唯一の勝利と言えるだろうよ」
「お姉さま!ありがとうございます」
リノと話をしている内に軍の方が来られた。
「お姉さま、あちらは黒色兵団です」
リノの説明によると、陸軍の軍隊らしく塔や都市周辺を守る部隊の1つなのだそうだ。僕らはこれから事情聴取が行われるみたいだ。
戦闘後で少しは休みたい気持ちはあったが、大神都としては、緊急を要する事態になっている。
敵はまだ逃亡中。
他にも潜入している者がいるかも知れないということ。
しかも、敵が十煌神を殺せる程の実力者だということだ。軍でどうにかなるものなのだろうか。リノの話では、自分以上の実力者や多く存在し、軍でも十煌神不在でも対応できる戦力はあるのだという。
状況によっては、他の十煌神の方々が来られるかも知れないな。
疲れは無い。ただただ、自分の弱さを知ることが出来た実戦だった。強くならなくてはいけない。
あの戦國という男以上の存在もいるかも知れないからだ。
僕自身も最初の頃から比べると大分成長しただろう。宇宙や黒点域程度のエネルギーはもはや普通に出し入れできる。
全宙さんは、僕が強くなるために得られた情報や経験値、吸収した全てのエネルギーをせっせと進化や統廃合に使用している。
日々、進化し強くなっているのだろう。だが、まだ遠い道のりだ。僕は僕でできることをしなくてはいけない。はやく能力を使い熟せるようになって攻撃手段も増やさなければいけない。
ただ力の解放だけでは、相手はビクともしないのだから。エリアスさんも戦國という男も、特異点崩壊やビッグバン程度のエネルギーでは無傷だった。良くても目眩まし程度だったであろう。
力は膨大にもっているけど、使い方が粗いのだろう。この辺りはよく全宙さんの意見を聴きながら実験していく必要がある。
さて、軍の人が来た。これから事情聴取だ。
長い1日はこれからだ。
僕は苦い経験を噛み締めながら事情聴取に応じた。




