#108 量子のゆらぎ
男はどうやってあのパルムを隔離出来たのだろうか。現場に跳躍後周辺を観測していたから人影はこの男だけだった。油断をつかれたのだろうか、いやパルムは甘く見積もっても僕よりかなり強い筈だ。その強さを持つパルムの油断を万が一についたとしても隔離出来るだろうか。
しかも、この男の力だけでは僕らの攻撃を避けた最初は良かったがその後が大したことがなかった。僕らの攻撃を避けられなくて倒されている。こんな奴にパルムが負けたとは信じがたいのだが、どうしてだろうか。
考えられるとしたら、何かのアイテムまたはこの世界、特有の装置とかなのだろうか。
とりあえず、今僕ら出来ることはこの男に回廊経由で紐をつけて追跡することだ。量子公団にこのまま行くかも知れないし、もしかしたら別の隠れ家的な施設や建物に入るのかも知れない。この男の視覚や思考はソラからハッキングされている状態なので、思考や視界を回廊経由で僕らも遠隔から見ることが出来る。
「さて、周囲には観測出来る範囲内で不審な人物はいないな」
「ええ、私も確認しましたが周囲には見当たりません」
「それじゃ、僕らはいったんホテルへ戻ろう。この男は僕らがこの場から離れた後に起こさせる」
「わかりました」
リノは周辺を警戒しつつ返事をした。
僕とリノで警戒をしているのだ。不審なものがあれば直ぐにわかる。
シュパン!!
ホテルの部屋に跳躍した。同時に現場ではソラが男を起こした。男にとっては僕らと出会った記憶は無い。しかも、一瞬目眩がしたとしか認識しないように思考も操作してある。違和感は無い筈だ。今回初めて実験してみたがこれが上手くいけば今後の選択肢として幅が広がる。
◇
ホテル:タンデロン近くのフォロスト通り
「なんだ、目眩か。最近目眩なんてなかったんだけどな。疲れか」
この仕事が終わったら休暇でももらうかな。さて、実験の対象者のパルム・エノカは確保した。後は本部へ戻るだけだ。後日、一人ずつポラリスとリノを捕獲しよう。
[パルムは送った]
[確認した。ご苦労。誰かに見られてはいないだろうな。もしくはポラリスらに感づかれてはいまいな]
[チルの旦那、安心してください。周辺は情報統制で通りは封鎖済みでネズミ一匹たりともいませんよ]
[わかった。では感づかれる前に早々に戻れ]
量子公団本部との交信は終わった。現時点だと何も異常は無い、まだポラリスらに感づかれた形跡も感じられない。あのホテルに宿泊しているとはいいご身分だとこと。
「早くこの場を去るか」
『影潜』
[こちらヒズメ、任務は完了した。情報統制を解除]
[こちらフクロウ、了解した。情報統制解除]
スキルで影に潜み周囲からの俺を発見することは不可能だ。この区画は無人区画だから問題無いが乞食やスラムの連中に見られるとマズいしな。
早々に足早く現場を去った。
誰にも見られていないが長年の勘だろうか、何か違和感を感じるというか胸騒ぎがするのは気のせいだろうか。疲れているのか、確かに今回の対象は大物の大物だ、他特異界の存在ときた。まさかこの装置で捕獲出来るとは思っていないかったが、仕事は達成した。
様子を見てポラリスたちがホテルから出てきたら一人になったところにまたこの装置で捕獲だ。
F30区画のガルロア区域の建物に入った。
さて、時間にして30分か、俺にしちゃ少し時間が掛かったな。集中していたせいかも知れないし、時間にも注意していなかったからしょうがないとしてもプロとして捕獲した達成感は何度感じても良いものだ。
さて、ここまで尾行された形跡も無い。ホテルのポラリスたちが滞在している監視映像にも外出した記録は無いし、報告も無い。対象はまだ部屋の中だ。もう数時間経てばパルムの帰りが遅いことに気づき次に行動を移すだろう。
俺たちはチームで動く。ポラリスとリノはレルとマカに任せるとしよう。少し様子を見て量子公団の中央管理塔へ。
この区画から中央管理塔までは最短距離で地下から行けるアジトになっている。建物自体が量子公団の所有の物件だ。立ち入ることも出来ないし、登録者以外の侵入者が入れば処罰の対象になることはこの都市にいるものであれば誰でも知っている。
万が一、尾行されてこの建物へポラリスたちが侵入を試みようとも無駄なことだ。地下への入り口も登録者しか入ることが出来ない仕掛けになっている。
「ん?今日の俺はよく考えるな。気のせいか」
潜伏のスキルも使用しているし、対象はまだ部屋の中だ。計画は順調だ。
地下に入り移動車両に乗り込む。
移動車両は量子公団の真下にある施設まで行くルートになっている。通路は複雑な迷路のようになっており、かつ、事前に登録したものでないと通路は自動で変更されこの大都市の地下迷宮から脱出することは不可能である。見つかったときは死んだときか、警備隊に発見されたときだ。
計画は順調だ。




