フラジールにて
フラジールはバルビリオンの街の下町エリアにあった。
地下へと続く階段の前に『フラジール』と書かれた看板が置かれている。
「ここで間違いないよな」
来る途中で通行人からもらった地図を再度見て、ここの地下にフラジールがあることを確認。
冒険者よりも破壊屋の方が向いてる。
そのメフィの言葉と、俺の馬鹿力を見てもドン引きしなかったあの態度、あとわずかに俺の中で芽吹きつつある恋心を頼りにしてここまでやってきたのだ。
もう後には引けない。
「よし、行くか」
俺は薄暗い地下の階段を降りていく。
降りた先には、塗装がはげかけている木の扉があった。
意を決して俺は扉を開けた。
「おおっ……」
フラジールの中は酒場みたいな構造になっていた。木の天井、木の壁、木の床、木のイスとテーブル、あと木のバーカウンターのようなところがある。
そして多くの人でざわついていた。
戦士、武闘家、魔法使い、賢者、商人。
パッと見ただけでもその職業と思われる奴らがいる。
そいつらは巨大な板の前に群がっていた。
「おい、Sランクモンスターの破壊依頼があるぞ」
「こっちにはライガの塔の破壊依頼があるわよ」
「聖水の価格破壊の依頼があるのお」
「精神破壊の……依頼あった……ふふっ……」
などの発言が聞こえてくる。
俺も近づいて、人と人の隙間から巨大な板を見る。
板にはたくさんの紙が貼られていて、『建物の破壊依頼』だとか『モンスターの完全破壊依頼』だとかいう文字がずらりと並んでいた。
どうやらこの板は掲示板のようだ。
「へー、ナンヌの街のブロンズ像の破壊ねえ」
「いっしょに行ってみる?」
「うわっ!」
耳元で声をかけられて思わず俺は驚いてしまった。
声の方を見てみるとメフィがいた。
「遅かったね。3日も待ったよ」
「バルビリオンまで徒歩3日だったからな。空飛んで移動できるSランク魔法使いとは違うんだ」
ただの武闘家の俺は歩くか走るかして移動するしかない。その結果が3日だ。ソロ野宿のサバイバル生活はなかなかに骨が折れた。
「3日もかけてここに来てくれたなんて嬉しいな」
「う……。ま、まあヒマだったから来てやったんだ」
「ふーん、ヒマだったから来てくれたんだ。ヒマだったからねえ」
メフィがジト目で俺を見てくる。
本当はメフィに会いたくて来ただなんて、恥ずかしいから口が裂けても言えない。
「まあいいや。そんなことよりちょっとこっち来て」
「お、おいっ」
メフィが突然俺の手を握って、先を歩き出した。
俺はメフィに引っ張られながらついていく。
メフィの手はあたたかくてやわらかくて小さい。
「着いたよ」
着いたよ、と言われた場所には、重厚そうな木の扉があった。
「なんだここは?」
「この扉の先はフラジールのギルドマスターがいる部屋よ」と説明しながらメフィは扉を開ける。
「失礼しまーす。マスター、期待のホープを連れてきましたー」
マスターと呼ばれたその人物は、短めの白髪で口元に白ひげを生やした細身のじいさんだった。
マスターはイスに座りテーブルで何か書き物をしていたが、俺を見たあとペンをテーブルに置き、口ひげを触り、口を開いた。
「ほーう。その男が噂してた男か」
「そうですそうでーす。このデストくんが廃墟の村の建物をたった一人で殴って破壊し尽くした張本人でーす」
メフィが俺のことを大雑把に伝えた。
「ふーむ。その細い体つきで村を殴って全壊させたとは想像できんが……」
マスターは俺のことを上から下までジロジロ見ている。
「でしょでしょー? でもデストくんは壊したの。だから面白いなーって思ってフラジールにスカウトしちゃった。ほらデストくん、マスターにご挨拶してちょーだい」
俺の背中をバンッとメフィが叩いた。
自己紹介って苦手なんだよなあ、俺。
「あ、デストです。Dランクの武闘家です。その、よろしくお願いします」
俺は頭を下げる。
「デストくんはアタシがしっかりと面倒を見ます。だから正式にフラジールのメンバーに加入ってことで……いいですよね?」
「駄目だ」
マスターは即答した。
「いやいや、なんでだめなんですかあー!?」
「メフィはその男が廃墟の村を破壊した現場を見たのかもしれんが、ワシは見ていない。だから特別にメンバー加入はさせられん。そういうことだ」
「ケチ! ケッチケチ! これだからマスターはガンコだって言われるんだよ!」
ぷいっ、とメフィは腕組みをしてそっぽを向いた。
マスターはそんなメフィのことは無視して、俺の目をじっと見てくる。
「ちょうどあと2日後に定期的に開催しているメンバー採用試験がある。今回特別に加入はさせられんが、その試験で合格すれば晴れてフラジールのメンバーになれる。デストくんと言ったか。君が本当に廃墟の村を破壊したというのなら、採用試験は容易く突破できるだろう」
そう言うとマスターは俺に背を向けてイスに座り、再びテーブルで書き物をはじめた。
「デストくん、ごめんね」
小声でメフィが囁いてくる。
「でもほら、採用試験に合格したら正式なメンバーになれるから。だからさ、ガンバって!」
応援の仕方が適当かよ。