表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河縦断ふたりぼっち  作者: クファンジャル_hir_CF
第四章 この世の果て
75/90

第75話 ヒトを継ぐ者

 (とき)は平等には流れない。時間は常に相対的であり、受益者を冷酷に峻別する。

 遠い昔に滅んだ種族。その最後のひとりである少女は、驚くべき歳月を生き抜いた。まるで死した者すべての寿命を与えられたかのように、永き時を。

 目的地の直前。二千年近い足踏みを経て。

 長い旅路がようやく終わろうとしていた。


  ◇◇


【西暦三九五二年 銀河中心より三百光年】


――――鶫。私に、どうしろというんだ。

 遥は、そんなことを思った。

 手元(・・)には一塊のデータ。結構な大きさのそれは、この千八百年ほど地道に集め続けていたものである。すなわち鶫の記憶や人格。

 膨大な量のそれはしかし、重要な部分が欠けていた。地球漂着後の記憶しかないのだ。正確に言えばその直前、金属生命体群で最後にバックアップを取って以降の記憶しか。地球で集めたのであろうデータや、遥との会話。そういった部分は(添付してあった目録が正しいのであれば)ほぼ完璧に揃ったのだが。

 ここまでくっきりと、ある時期以前の記憶がない、ということは、発信されていなかった可能性が高い。金属生命体としての記憶を投射する余裕がなかったのであろうが。

 これでは、鶫を再生できない。記憶とはそれ自体が魂の一部分である。彼女の人格の根幹にあるのは、やはり金属生命体。突撃型指揮個体"泣き女(バンシィ)"としてのそれなのだから。いかに、地球での経験が彼女に多大な影響を与えたとはいえ。地球で暮らし、そして遥と過ごした時間を合わせてもそれは十五年に過ぎない。それ以前、一万一千五百五年の歳月も重要度では勝るとも劣らない。

――――まさか。

 遥は、鶫の意図に思い至った。金属生命体の記憶は並列化される。すなわち、地球漂着時に行方不明扱いとなった彼女の記憶は、他の泣き(バンシィ)級たちに分配されているのである。

 理屈では、泣き女(バンシィ)に鶫の記憶。そして、地球での体験によって彼女がどのように感じ、変化したかを注入してやれば、鶫になる(・・・・)はず。

もちろん口で言うほど簡単ではない。強力無比な泣き女(バンシィ)を殺さないように無力化した上で、無理矢理記憶をインストールしてやらねばならない。

――――私では無理だな。

 遥は、泣き女(バンシィ)級について知り尽くしている。味方として。敵としても。過去に交戦したのは三回。地球での戦闘における指揮官。もふもふたちの居留地セツルメントへと侵入してきた赤い個体。そして、鶫を殺した者たち。

 彼女らはあまりに強すぎた。遥が仮に、最新鋭の突撃型指揮個体の肉体と、そして戦闘データを得ても太刀打ちできまい。不知火のあの環でもあれば、話は別かもしれないが。

 余談であるが、不知火型が大量生産されなかった理由について、今では遥も知っていた。推測の上でのことだが、間違ってはおるまい。例の未来を知る環(不知火は超予測装置について最後まで口を閉ざした)には致命的欠陥がある。単体では完璧に機能するのだが、複数の個体が一定距離まで接近すると相互に未来予知を擾乱しだすのだ。それぞれが別々に予知を行い、未来を変えるせいだった。数が少なければそれでも影響は少ないが、何十。何百という数が揃うと、不知火型はただのデッドウェイトを背負った突撃型ユニットに堕してしまう。少数ならば平気なため、試作段階では問題が発生しなかったはず。欠陥が発覚したのは恐らく、初期生産型を並べて演習を行った時だろう。失敗作の烙印を押された彼女らは生産が打ち切られたのである。ごく少数(それでも金属生命体群が知る限り一千機以上)の初期生産型だけを残して。機械生命体マシンヘッドの単価を人類の貨幣価値に換算することに意味はないが、それでも無理に当てはめれば、東京クラスの都市を一から作るのに相当する。それが想定通りの能力を発揮しなかったわけで、学術種族の落胆やいかに。いやはや、戦争は偉大な浪費である。

 ちなみに金属生命体群も同様のシステムは研究したが、事前にこの欠陥が判明したために実作はされていない。原理的な問題なので根治不能である。遥が不知火について分析できたのもデータが残っていたおかげだった。

 ともあれ。

 遥は、不可能なことは一時棚上げにした。他にもやるべきことはたくさんある。そちらを片付けているうちに解決法が見つかるかもしれぬ。

 ずっと並行してやっていた作業も順調だ。星図を作る、という作業が。己は観測網である。いて座A(スター)まで、三百光年あまりの距離に関する重力情報は極めて精細なものが揃った。更には通常推進で進む探査船も複数、送り込んである。何百年もかけて進み、道中の星系で観測帆を展開。情報収集を行うものだ。極めて小規模だが、いざ旅を再開すれば役に立つはず。

 ひとまず、記憶や様々なデータを詰め込んだカプセルを作り、安全な場所へと投射する。

 二十年ほどそれを眺め、上手くいったのを確認してから、投射先の記憶を自らの内より消去。せっかく苦労して集めたものである。何重にもバックアップはとるものだ。

 そして、もうひとつの用事。いよいよ、旅立ちの準備は整った。体の目処がついたのだ。

 銀河じゅうに散らばった遥の分身たちの働きぶりは、十分満足出来るものである。そのネットワークは極めて迂遠うえんで能力も小さいが、それでも指揮個体の一体くらいはひそかに乗っ取れるはず。後は、気付かれぬようタイミングを見計らって逃げればよい。奪う予定なのは仮装戦艦。どんくさい遥には、格闘戦など無理に思えたからだった(もちろん、新造された個体にも過去の戦闘データはインストールされるから関係ないのだが)。それに、こちらの方が重要だが、機種によってはなんと慣性系同調航法が行える。素晴らしい。母艦を用意する必要がなくなるのだ。

――――とりあえず、一息いれよう。

 ここしばらく働きすぎた。人類史上もっとも働いたという自負がある。そうだ。せっかくだから、例の餅を食べよう。

 物理シミュレーションで自分の本来の肉体。それにきな粉のおはぎを再現するのだ。味覚の翻訳(・・)方法は、回収した記憶の中にあった。きっと旨いだろう。

 そのための記憶容量を確保した、矢先。

――――激痛が、走った。


  ◇


 金属生命体群は、自らの内側をじっと観察していた。正確に言えば、体の端。銀河中心近くに配置した観測網のひとつをつぶさに注視していたのである。

 金属生命体群にとって、個々の金属生命体が細胞だとするならば、各地に存在するそれらの集団は臓器であり、その情報処理は無意識に相当する。人間には自身の無意識が何をしているのか図り知ることができぬように、金属生命体群にとっても、それを把握するのは不可能に近い。(逆に個々の金属生命体から見ても金属生命体群の総意は把握不可能である)もちろん臓器が痛みを訴えるように、集団そのものが大きな動きをすれば話は別だが。

 されど。どこかに異常があるのさえ分かっていれば、調べることは不可能ではない。不審な場所はたくさんあったし、多数の電子的攻撃の痕跡を辿るのは骨が折れたが。使い捨てのごく小さな(三センチ四方しかない!)通信機が亜光速で投射され、何百光年も離れたところから電波通信しているという事例すらあったのだから。有機生命体にしてはあまりに気が長すぎる。それも、金属生命体群にとっては内部からの攻撃を疑う材料になった。長かった調査は終了しつつある。あとは観察によって患部の症状(・・・・・)を確めればよかった。

 そして今。

 金属生命体群は、いよいよ手術(・・)を開始した。

 速やかに患部はるかを摘出するのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ