第38話 取り込み中
遥が目を覚ました時、まず目に入ったのは拳だった。
「――――うわぁっ!?」
反射的に仰け反った遥。鋼の拳はそこをちょうど掠めるように伸びていく。驚くべき身のこなしを発揮し、遥は回避してのけた。いや、体が勝手に動いたのである。
この段階でようやく彼女は、自分が今鶫の中にいること。そしてこの友人が取り込み中であることを悟った。
「ちょっと待っててください、先輩!」
横に目をやれば、狩衣を着た後輩の姿。彼女は随分たくましく、敵である少女型の巨体の攻撃をいなしている。
「う、うむ」
周囲は鈍色の複雑怪奇な通路。三十五メートルの巨人でも悠々と通れるここは、まるで「スターウォーズ」のデススターみたいだ、と黒髪の少女は思った。
さして危なげなく、鶫の攻撃は敵の胸板を貫通。撃破する。
「――――終わりました」
「お、お疲れ様。鶫」
背景が急速に流れていく。航空機並みの速度は出ているだろうに、よくぞ激突しないものだ。まぁ亜光速で格闘戦をこなす種族である。それくらいはお茶の子さいさいなのだろう。
「ここは二度目だが、しかしどうなってるんだ?」
「三度目です。今。先月。そして、十年前」
言われて、遥の脳裏に浮かんだのは過去の光景。春雷の降り注ぐ山中で出会った碧の幽霊!
「――――そうか。あれは君だったのか」
「はい。先輩が覚えてくれていて、嬉しかったんですよ?」
告げて、狩衣の少女は黒髪の少女を抱きしめた。優しくそれを受け止める遥。そこで気づく。
「…………これは」
いつの間にか、自分の服装が替わっている。あの代用の布ではない。学校のブレザーになっていたのだ。
「この空間はシミュレーションです。先輩自身も」
「つまり今の私は、鶫の想像の産物というわけだな」
なんだ、死んでも鶫の中にバックアップがあったのか、怖がって損した、とひとしきり納得する遥へ、鶫は告げる。
「そんなこと言っちゃダメです。先輩を再構築してから今日まで。先輩が過ごしてきた時間の記憶は私、持ってなかったんですよ?それは先輩が一ヶ月ぶん死んじゃうということです。いやです」
「…………そうだな。済まなかった」
人類最後の天文学部部長は、後輩の髪を撫でた。穏やかな一時が過ぎ去る。
「これからどうするかね」
「ここのひとたちを助けます。ですから先輩」
そして金属生命体は、宇宙に刻まれたことのない言葉を口にした。
「人類勢力として、黎明種族・学術種族連合軍を援護します。この場に存在する最高位の人類として、承認を」
「――――いいだろう。北城大附属高校天文学部部長として角田遥が命じる。
全知と全能を以て、敵を退けろ」
「はい」
そうして、碧の巨体は外の世界。熾烈な闘争の繰り広げられる、赤色巨星の内部へと飛び出した。




