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銀河縦断ふたりぼっち  作者: クファンジャル_hir_CF
第一章 大事件は春風と共に
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第3話 ホーキングさんいらっしゃい

 時間は全てを解決する。

 いやまあ、できないものもあるが、だいたいは。


  ◇


科学法則は過去と未来を区別しない。

CTP。すなわち"粒子と反粒子()の入れ替え"、"全ての粒子の()動方向を逆にすること"、そして"鏡像を作ること()"。これらの対称性を組み合わせて行っても変化しないのだ。CとPの組み合わせによって科学法則が変わらず、そこにTを加えても変わらないとすれば、操作T、すなわち時間の向きだけを加えても変わらないはずである。なのに、普通の生活では、実時間の前向きと後ろ向きの方向の間には大きな違いがある。どうして我々は未来のことを思い出す(・・・・)ことができないのだろう?


「私たちの記憶野が、時間の向きに沿った形で進化したからじゃないですか?」


その通り。我々は未来から過去へと進む時間の流れの中で進化したわけじゃない。だから、過去の事しか記憶できないわけだ。

そして、時間の流れ。すなわち時間の矢というものは、秩序ある状態から無秩序状態へと進む向きに流れている。今のところは。

少し壮大な思考実験をしてみよう。

宇宙は拡大している。それと同時に無秩序が増大しているわけだ。ここで、逆を考えてみる。

宇宙が収縮し始めたらどうだ?無秩序も減少するんじゃないか?それはすなわち、時間の流れが逆転するということじゃないかね。


「それは少々ファンタジックな推論な気がしますよ、先輩」


科学の発展は極めてファンタジックなものじゃないかね。親愛なる後輩よ。

さて。話を戻そう時間が逆転すれば何が起きるだろう?

落として割れた茶碗が元通り、割れる前の姿に戻っていくかもしれない。録画の逆回しのように。あるいは明日の株価を覚えていて、ボロ儲けできるかも。

だが残念ながら、宇宙が収縮するとしても遠い未来の事だ。私たちには分かりようがない。


「ほんと残念ですよね」


うむ。

だが、手っ取り早く知る方法がある。

星が崩壊してブラックホールになる過程は、全宇宙の崩壊の末期によく似ている。そこで、もし宇宙の収縮期には無秩序が減少するのであれば、ブラックホールの中でも減少すると期待していいだろう。だとすれば、ひょっとすればブラックホールに落ち込めば明日の株価を思い出せるかもしれない。残念ながらブラックホールの中から脱出することは不可能だが。


「それどころかおもちみたいに引き延ばされちゃいます」


だな。

最新の研究結果では、ブラックホールの中から情報が形を変えて脱出することはできるらしいが。まぁ期待薄だ。そもそも行けるほど近くにブラックホールがない。


「私としては行けるほど近くにないおかげで安心なんですけど。先輩がブラックホールに飛び込みそうですし」


はは。それは確かにな。

さて。腹が減ったな。餅でも食べにいくかね?


「はい。先輩」


  ◇


 珠屋は三宮センター街、道路に面した側にある和菓子屋である。 大変に小さい店舗の前には赤い布がかけられた長椅子が置かれており、そこで買った食べ物を食することができるというわけだった。

 今、そこに座っているのは二人の少女。

 年の頃はどちらも十代後半と言ったところか。

 ひとりは和服。碧に近い色合いの衣を身にまとい、髪の毛は長かった。後頭部から一束のみ、白いひもで結ばれている。顔立ちは整い、生気に溢れていた。

 そしてもう一人。こちらも美しい娘である。腰まで届く黒髪。顔立ちは流麗であり、抜けるような白い肌。服装はブラウスにジーンズだった。

 爽やかな春風が抜けていく中、ふたりはぼーっと眼前の道路。そして道を挟んだ高架と、その向うに広がる山並みを眺めていた。

「そういえば今くらいの時期だったかな」

「何がですか?」

 ブラウスにジーンズの娘――――先輩へ、和服の後輩が訊ねた。

「ああ。私が小さいころ、六甲山の奥に迷い込んでな。何やら綺麗なお姉さんの幽霊と出会ったんだ」

「幽霊…………ですか?」

「ああ。ちょうど今の君と同じくらいの年恰好の女の人だった。すごい美人だったな。一緒に雨宿りをしていたんだが、気が付いたらいなくなってしまってた。不思議な人だった」

「そうなんだ…………」

 桜餅を、木の匙で切り取り上品に食べる後輩。

「名前はなんだったか…………つぐみ、だったか」

「それ、私と同じ名前(・・・・・・)じゃないですか、はるか先輩」

「うむ。偽記憶症候群というやつかもしれんな」

 やがて、柏餅を食べ終わった先輩――――遥は立ち上がった。

「さて。じゃあ私は帰るよ」

「はーい。お気を付けて」

「うん」

 挨拶を交わし、ふたりは分かれた。

 桜餅を手に座ったままの鶫は、先輩の背を見送りながら、一言。

「覚えていてくれたんだ…………」

 そんな言葉が、鶫の口から漏れ出した。

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